24. 半年後、友人との記憶

 ◇◇



 異世界の住人である盛護せいごとシルベスがエステラという星に落ちて幾日か。数か月は経った。その間、二人仲良く人体実験の日々。自分をきちんと"人間"として見る存在は互いしかいなかったため、親しくなるのも必然であった。


「そういえば盛護ってさ、もう人間じゃないよね?」

「お前もだろ」

「あはは。そうだけどほら、僕と違って君は見た目も変わったし?」


 魔法研究都市という街に来て最初に連れてこられた部屋で会話をする。それぞれ個室が与えられているが、たいていの話はこの部屋でしている。窓からは未だ降りたことのない街が見え、広い青空に明るい日が眩しい。

 揃ってテーブルで水人形を遊ばせながら会話を進める。


「見た目か。俺も覚えてはいるんだが、どうも自分の記憶だと思えないんだよ。シルベス、お前から見て俺ってどうだった?」


 山川盛護はすっかり様変わりしていた。

 家族のことは思い出せる、友人のことも思い出せる。生まれ育った街もはっきりと自分の故郷だと言える。しかし、自分自身は別だった。山川盛護という少年の外見から性格まで、何一つ自分のものだとは思えなかった。


「うーん、役立たず?」

「は?」

「わー怒らないでよ。事実なんだから仕方ないじゃん」

「貴様、言うに事欠いてこの俺に役立たずと言うか。その口、引き裂いてやろうか?」

「お?やんの?この僕に対してその言い草、肉片残さず消し飛ばしてあげようか?」


 ソファーに座ったまま二人して水人形を変形させる。片や全身から青い燐光を散らす大男。片や長杖を持った少年。杖の先に真っ青な魔力光が灯っている。サイズは極めて小さいものの、込められた魔力は強大だ。


「……」

「……」

「「はぁ…」」


 揃って水人形を元に戻し、ため息をついて柔らかなソファーに身を預けた。


「なぁシルベス。元の俺はどうだったんだよ。そんな何もできない無能に見えたのか?」

「うーん、まあね。というか君自身の方がよくわかってるんじゃないの?その辺さ。ちゃんと記憶持ってるんでしょ?」

「そう、なんだがなぁ…」


 自前の銀髪を揺らしてテーブル上の皿から黄色のフルーツを一切れ手に取り、口に放り込む。

 そんな友人の姿を見ながら、盛護は歯切れ悪く言葉を返した。

 いくら考えても、元の山川盛護と今の山川盛護は一致しない。

 外見からしてまったく違うのだ。アースにいた頃は中肉中背の平均的な子供だった。比べて今はどうだ。

 15歳とは思えない180を超えた身長。肩は広く強靭な骨格はその辺の魔法じゃびくともしない。身を包む筋肉は強大で、魔法一つ、刃一つ通すことはない。

 顔つきは大人顔負けの鋭さを備え、瞳は黒より灰色に近い。

 日本人と言えばそうだが、じっくり見ると日本人などと到底言えない。元と完全に同じなのは髪の色くらいだろう。

 これらの旨をシルベスに伝えると。


「それだけわかってるならいいんじゃない?前の面影はあるし、元の盛護の十年後とか言えば通じると思うよ。筋トレしましたとか言えば大丈夫だって」

「…十年後か」


 面影があると言われて少しほっとした。しかし、と思う。

 十年後など、まったく考えられない。いつ帰れるのか、そもそもこの身体になって帰ってどうするのか、もし帰れたとして、たった半年足らずで姿形どころか精神性まで変わってしまった自分を理解してくれるのか。

 そう、問題は見た目だけに留まらない。


「俺が地球に帰れると仮定してだ」

「うん。エステリアから運良く逃げられてね」

「そう、帰れるとしてだ。お前が言った十年後やら筋トレやらで外見はいいとしよう。よくはないが仕方ない。この際いいことにする」

「うん、で?」

「俺の性格はどうする」


 純朴で心優しい、と記憶の中の山川盛護はなっている。当たり前に人に優しく、当たり前に良いことをしようとする。悪いことはせず、それでも軽い悪戯程度ならする平和な国で育った普通の子供だ。

 才能も努力もそこそこに、毎日楽しく生きていた。それが山川盛護という人間だった。


「今の俺はなんだ?いくら魔物とはいえ、生き物を軽々しく殺す。他人などどうでもいい、もしも家に帰れるならすぐにでもエステリアの魔法使いを殺して回るだろう。そのことに何も思わず、必要だからやる。それだけしか思わない。敵意には相応の敵意を、俺に害を与えるなら死をもって償わせてやる。こんなことを平然と考える俺はなんだ?なぁシルベス、俺は、まだ人間か?」


 盛護の表情には諦観ていかんが浮かんでいた。元の自分を自分であると認識できないのと反対に、今の自分は完全に自分自身であると認識できてしまっていた。こんな人を人として思わないやつが自分なのだと、他の誰でもない自分が理解してしまっていたのだ。


「面倒くさいなぁ。でかい図体ずうたいしてグチグチ言わないでよ」

「ぐ…」

「君が住んでた場所とここじゃ何もかも違うよね。聞いた感じだと変わって当然だと思うよ」

「…お前は変わってないよな」


 平然と言ってのけるシルベスに暗い目を向ける。盛護からしてみると、自分と同じ目に遭っているのに変わった様子がないシルベスもまた得体が知れなかった。


「あはは、そりゃ僕の身体はナノマシン以外にも色々入ってるからね。ほら、僕の宇宙の話したじゃん?」

「ああ」


 この数か月の間に、お互いのことはだいたい話し終えていた。生まれた宇宙に星に国。育った環境から家族のこと。好きなものや趣味嗜好まで。同じ実験体という境遇であり、まともな話し相手が他にいないからこそ"友"と呼べるほどまで親しくなっていた。

 シルベスの生きていた世界は、盛護目線でSFそのもの。当然生まれからして単純なものではなく、遺伝子操作を受けて誕生した。シルベスの星では遺伝子操作そのものが一般的であるため、特に違法であることはなかった。

 生まれる時点で人の手が加えられ、成長の過程でも当然手が加えられた。ナノマシンの注射に始まり、人工筋繊維や人工血液の投入。様々な星や宇宙環境に適応するための肉体強度を得る手法であった。それに加え、シルベスには一人で宇宙を探索するための人並外れた能力が必要だった。星の核を奪い自らの血に溶かし込むことで、生物としての力が飛躍的に向上した。

 山川盛護とシルベスという二人の少年。同年代であれど、生きて積み重ねてきたものの重みの差は大きかった。


「いくら魔法生物だからって、僕の身体をそう簡単に変えられるわけないって話よ」

「でも痛いのは痛かったんだよな?」

「…思い出したくもない。殴らせてもらってもいい?」

「いいわけないだろ。馬鹿かお前は」

「は?僕が馬鹿って?能なしの君に言われたくないんだけど」

「あ?殺すぞお前」

「それはこっちのセリフ」

「……」

「……」

「「…はぁ」」


 不毛な言い争いに二人でため息をこぼす。

 盛護は自分の攻撃性に。シルベスは自分の変化に。目前の大男と異なり変化が少ないとはいえ、やはり精神面で影響は受けているなと思う。それだけ生王獣せいおうじゅうが異常な生き物だったと割り切るしかないが、急激な内面変化に戸惑いは隠せない。

 軽く銀の髪を振って思考を止めた。盛護よりましだと思えば、それだけで少し気が楽になったからだ。


「まあ、どうせそう早く帰れるわけないんだし、真面目に十年後目安で考えてみたらいいんじゃない?」

「あぁ…そうするよ」


 言ってみてお互い苦笑いを浮かべる。

 今の状況から抜け出せる方法なんて、まったくこれっぽっちも思い浮かばなかったのだ。



 ◇◇

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