23. 異世界人体実験の記憶
◇◇
魔法に対する知見をかけらも持たない
二人を捕らえたのはエステラという星で三番目の勢力を誇る"第三魔法国家エステリア"。星で三番目とはいえ、魔法国家に大きな優劣はなかった。どの国であろうと街どころか国や大陸、果ては星を消し飛ばすことが可能な魔法使いは属していたので、大っぴらに戦争など起こせるものではなかったのだ。小競り合いや水面下の争い、情報戦はあれど基本的には平和であった。
なぜ盛護とシルベスがエステリアに捕らえられたかというと、それは単純。二人が飛ばされた場所がエステリアという国の領土であったためでしかない。国家全体を包むように張られた結界内に超級のエネルギー反応があれば気づかないわけがない。そのうえ、エステラという星全体から選りすぐりの魔法使いが集められ協力して異世界に手を出したばかりだったのだ。もしや何か繋がりが、と考え行動してもおかしくはない。事実それが大当たり。当時、エステリア所属の魔法使いは
「…な、なあシルベス」
「何かな」
「俺たち、どうなるのかな」
「…どうだろうね」
不安を隠せずに硬い表情を見せる盛護と違い、シルベスは落ち着いていた。
今二人がいるのはエステリアの王都から東に遠く、魔法の研究を中心に行っている魔法都市の中であった。扱いは丁寧であり、広々とした部屋に案内されていた。洋風の部屋にオレンジの明かり。盛護が座る三人がけのソファーと、シルベスが座る四人がけのソファー。テーブルを斜めに挟んで座っているが、テーブルの上には飲み物も用意されている。
丁重な扱いとはいえ、もちろん魔法による警備は厳重であり、万が一にも他国の魔法使いに異世界人の存在が露呈しないよう強力な魔法で囲われている。それを異世界人の二人が認識できるかは、また別の話であるが。
「少なくとも、僕らが彼らにとって大事なことは間違いないみたいだし、すぐ殺されることはないと思うよ」
「殺され、ってやっぱやばいのか…」
びくりと肩を震わせて呟く盛護を横に見て、銀髪の少年シルベスは薄くため息をつく。ほんの短い間とはいえ、一緒にいただけでお互いにどんな人間なのかはだいたいわかっていた。シルベスから見て、盛護は本当にただの人間だった。それもずいぶんと平和な星出身らしい。まさかナノマシンが入っていない人間がいるとは…。
途中まで思うが、"魔法"などという非現実が存在する時点でおかしくないかと苦笑する。
未だ状況の把握ができていない盛護と異なり、シルベスはある程度のことを理解していた。自分が別の星どころか、別世界に来ていること。盛護もおそらく別世界出身であること。そして、自分たちがこの国にとって
さすがに宇宙や世界の仕組みまでは理解できていなかったが、彼にしては別宇宙だろうが別世界だろうが同じことであった。そのようなことを気にしているのはエステラの魔法使いくらいである。
「ま、安心しなよ。たぶん大丈夫だから。ただ――」
そこで言葉を区切る。暗い顔をあげて自分を見る同世代の少年と一瞬目を合わせ、すぐにそらした。少し憐れみを覚えてしまったからだ。
言うか言うまいか、迷ったのは数秒だった。
「――覚悟だけはしておいた方がいいよ。僕もそうだし、君もね」
「…うん」
盛護にしてみればイマイチよくわからない言葉だったが、なんとなくシルベスが重苦しい雰囲気をしているので、大事なことなのだろうと思って頷いた。先ほどの"殺される"という言葉も考えて、辛い目に遭うのかもしれないと。
今のシルベスの言葉を盛護が理解するのは、そう遠くない未来であった。
◇◇
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
頭が痛い。身体が痛い。胸が痛い。
「―――」
口を目一杯開けて叫ぶも、それは声とならない。ただひたすらに痛い。
今まで生きてきて、他に何も考えられないほどの痛みは初めてだった。平和な世界を生きてきた盛護には、そもそも痛みに対する耐性がなかった。
身体が暴れる。手足が跳ねて肉体を縛り付ける台とぶつかり音を立てた。すぐ近くのがたがたという音でさえ盛護には届かない。視界が明滅し、身体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられている気分だった。
空気を震わせることのない盛護の口から、真っ赤な液体が飛び散る。げほげほと吐き出す赤色にも感じるものはなく、頭がおかしくなりそうな痛みだけがすべて。
痛くて痛くて、ついには意識が消える。そしてすぐに覚める。痛みに叩き起こされ、飛んで戻っての繰り返しだ。
――痛い。頭が割れそうだ。身体が自分のものじゃないようだ。
どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのか、そんな思いも痛みに押し流されて薄れていった。
――痛い。内側が痛い。全身の内側が痛い。
かきむしろうにも手足は拘束されていて、盛護にできるのはただ暴れるだけ。それすらも短い間であり、心が折れるようにゆったりと動きが弱まっていく。
――気持ちが悪い。苦しい。
理解が及ばないまま、盛護の意識は薄れていく。それはまるで、深海に沈みゆくような。世界が真っ暗闇に閉ざされていくような。何も考えられず、一人静かに消えていく。
……。
「…………」
どれだけの時間が過ぎただろうか。今はただ頭が空っぽだった。時々鈍い痛みが走るだけで、凄絶な痛みはなくなっていた。何がどうなったのかよくわからなかった。
盛護はボロボロだった。身体はシルベスから受け取ったナノマシンと回復魔法で修復されるも、心が壊れかけていた。考えようにも何も浮かばず、自分がどうしてここにいるのかすらわからなくなっていた。
―――かつ、かつ
音を立てて男が歩く。盛護の横たわる術式台の周りは血に塗れていた。飛び散る血の量は優に人間一人分を超えている。その赤色をまき散らした少年自身もまた真っ赤に染まり、虚ろな瞳と血の気のない肌が死者を思わせる。
「死んではいないようだね。盛護君、大丈夫かい?」
「………」
ぴちゃりと音を立てて盛護の隣に立った男は、思案するように顎へ手を当てる。
上から下まで真っ白な服。茶色の髪に茶色の目。あまり特徴はなく、その瞳はただ冷静に目前の少年を観察していた。
「精神的な死は異世界人も変わらず、か。人間という枠組みは同じみたいだ。予想通りではあるけれど…とりあえず盛護君、起きようか」
言って術式台に刻まれた魔法を起動する。
人の精神というものは、結局のところ脳から派生している。人間の脳の仕組みは未だ不明な部分も多く、それはエステラであろうと変わらない。しかし、このエステラという星では既に魔法によって脳を刺激、再生することが可能となっていた。
つまりそれは。
「……ぁ」
エステラの人間にとって、精神の死は死ではないということになる。
「やあ、おはよう」
「……ぇ…あ、ぇ」
状況が理解できなかった。さっきまで痛くて痛くて痛くて――。
「げほ、ごほっ」
思い出した途端に吐き気がひどくなり、顔を横にして床に吐き出す。出てくるのは血の塊だ。赤黒い半液体のものが唾液胃液と共に流れ出す。ツンとする鼻に
「おっと、大丈夫かい?」
「ぐ…ごほ……は…ぁぁ…」
隣から聞こえる声に適当に頷いて答えた。
この男が元凶というのはわかっている。それでも怒りは湧いてこなかった。ただ疲れていた。身体がだるく、重く、身動き一つするのが
「そうか。それは何よりだよ」
ごく自然体で接してくる男を見て、どんよりした頭で思い出す。
これはそう、
世界の穴がどうとか、宇宙がどうとか。エネルギーの流れを通ってきたおかげで、盛護の身体は大きな器になっているとも。
「…お、れ…」
エステラの魔法使いにとって、盛護やシルベスという器はこれまでにない最高のものだった。大きく深く広く、普通なら壊れてしまうものでも簡単に入れられる。そのうえ、何も色がついていないためにどんなものでも入る。それが例え人を超えた強大な魔物であろうと、強力な魔法使いの血肉であろうと。
しかし、一度形が決まってしまえばなんでも、とはいかなくなる。魔法なら系統に沿った魔法のみ。魔物なら同種や近縁種の魔物のみ。それでも破格な器であるが、
「おれは」
ならば、柔軟性を持った器にすればいい。
「…俺は」
いるのだ、この世界には。何ものをも取り込む生物が。取り入れたものを自らの血肉へと変える生物が存在しているのだ。
名を"
話を戻すが、盛護の身体には生王獣の肉片が取り込まされた。当然身体は生王獣に犯され、食われていく。少しずつ少しずつ、身体が置き換わっていくのだ。本来なら完全に生王獣と成り果ててしまうが、ここで世界越えのエネルギーによる器が活躍する。
いくら生王獣とはいえ、超エネルギーの影響を受けている存在ともなればやすやすと取り込み切れない。その結果、山川盛護という器が生王獣と同化することになった。半分半分で拮抗していたところで、壁が崩れるようにぐちゃぐちゃに混ざりあった。
出来上がったのは生王獣でもなく、山川盛護でもない。人の形をした化け物。
「――俺は誰だ?」
はっきりと言葉を発する"元"少年を見て、エステリアの魔法研究都市代表、クレィス・ウェルツは明るく笑う。
「君は
鈍い思考の中で盛護は男、クレィスを眺める。明るく優しげで、嬉しそうな笑み。ただ、微笑むクレィスの瞳が狂ったように
◇◇
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