20. 姉との再会

 俺と俺の恋人であるラミシィス・エステリアがグレーという謎組織に追われる少年少女を助け、家まで送っていって少し。時間も遅いので二人で家まで帰ってきた。

 面倒だったのでささっと移動魔法を使い、ひとっ飛びで俺の家へ帰宅。魔法さまさまである。


「ただいま」

「ただいま帰りましたー」


 二人揃って玄関で挨拶をする。そして靴は魔力に戻してリビングへ。


「おかえりなさい」

「おかえり」

「ほ、ほんとに盛護ちゃんだ…」


 リビングルームに顔を出すと母、父、姉の三人がいた。母と父はテーブルに、姉はソファーに座っていたらしい。ソファーから立ち上がって唇を震わせる姉がよく目に映る。まさか今日帰ってくるとは思っていなかったので驚いた。

 懐かしい。懐かしい顔だ。あぁでも、昔より大人びている。姉さん、大人になったんだな。


「姉さん、ただいま」

「お、おかえりなさい…おかえりなさい!」


 "おかえり"と言い直しながらたったと駆け寄ってくる。そのままの勢いで飛びついてきた姉さんを抱き留める。

 大人になって記憶の中よりずいぶんと綺麗になったというのに、あまり性格は変わっていないらしい。つい笑みがこぼれた。


「盛護ちゃんが帰ってきたよぉっ、ぐす…うぅ、ひっく、おがえ"り"いぃぃ」

「あぁ、帰ったよ。ただいま」


 わんわん泣く姉の頭を撫でながら苦笑する。

 この人はまったく、本当に変わっていないな。母さんも父さんも、姉さんも変わっていない。俺の知っている、俺の家族だ。


「ずずるる、うぐぅぅ、ごべん"ね"えぇ」

「…仕方ない姉さんだなぁ」


 俺の服で鼻をかむくらいいいさ。魔力で作った服であることもそうだが、これくら気にしないよ。十年越しの再会、だからな。



 一日デートを終えて家に帰ったら姉さんがいた。感動の再会を経て、落ち着くまで待ってあげる俺。その間ラミィは父さん母さんと話をしていたようで、愛おしさあふれる笑顔を見せていた。

 話が弾んでいるようで何より。


「…あぅぅ、ごめんね盛護ちゃん。お姉ちゃん迷惑かけちゃったよね」

「いや、いいよ。久しぶりだからな。俺は気にしてないよ」

「うぅぅ、盛護ちゃんが優しいぃ!大好きー!!」


 我が姉ながら年上には思えない。

 十年経って、見た目は大人になった。身長は俺よりずいぶん低いため、おそらく160あるかないかといったところだろう。日本人としては平均的か。

 黒髪ミディアムロングヘアーも美人可愛い顔立ちによく似合っている。ラミィは毛先がふわりとカールしているが、姉さんはパーマでもかけているのか耳横から肩上にかけてふわふわとしている。

 既にお風呂に入ったのか、ふわりとシャンプーの香りが漂っている。


「えへへぇ、盛護ちゃーん」

「…うむ」

「えへへへぇ」


 軽く返事をすればとろけた声が聞こえてくる。幸せ満載な笑顔にこちらまで頬が緩んでくる。

 しかし姉さん、本当に成長したなぁ。


「なぁ姉さん、そろそろ離れないか?」

「えー、どうしてどうして?十年だよ?もっとお姉ちゃんとぎゅーってしようよ」

「…うむむ」


 姉さんを引きはがすのは忍びない。だがこのままくっついているのもあまりよくない。

 いくら実の姉とはいえ、お互いいい大人だ。しかも十年は会っていない。それだけの間会話すらしていないということは、家族を家族として部分的な認識が上手くできない可能性も否めない。

 しかも、俺の場合はまた特別だ。山川盛護という人間は、既に十年前とは根本的に異なる。多くの魔物共の遺伝子、魔法による遺伝子レベルの改変、肉体に組み込まれたナノマシン、血肉に染み込んだ魔法の数々。

 人間というくくりには到底入れられない存在が俺なのだ。見た目は人でも、それは"皮"だけ。中身は俺でさえよくわからない生き物となっている。その皮も、少し意識すれば色や質を変えることができる。

 魔法の存在しない地球で…訂正、一般的に魔法が知られていない地球では俺のことを人間と言う人の方が少ないだろう。

 結局何が言いたいのかというと、普通に姉さんに欲情する。


『助けてくれラミィ。俺が変態すぎてやばい』

『ええ…。突然すぎて意味がわからないのですけど。盛護さんが変態なのはずっとじゃないですか…』


 その言葉は傷つく。が、それよりも今は現状の打破が優先だ。


『君が楽しくお喋りに興じている間にも、俺は姉から肉体的接触をもたらされているんだ』

『それは、つまり?』

『我が姉に性的興奮を覚える』

『一大事じゃないですか!!?』


 ガタリと椅子を引く音が聞こえた。姉の肩越しにラミィと目が合う。とりあえずぎこちない笑みを浮かべておいた。


「お母様、お父様、少し失礼します」

「うん?ええ、どうぞ」

「うむ」


 素早くこちらに歩いてくる婚約者殿。

 急げ、俺の身体は既に限界だ。


「姉さん、そろそろ離れよう」

「やだ」

「…むぅ」


 ひしっと抱きついてくる力が強くなった。柔らかいやらいい匂いがするやらで心が弾む。

 男とは、なんとも愚かな生き物であるな。欲望に弱すぎる。


「むぅ、じゃありませんよ!離れてください!そこは私の居場所です!!」

「お、っと」

「わっ!」


 離れるつもりがない姉を見て取り、すっと手を払って俺たち姉弟を引き離す。これくらい物理でどうにかしろとも思うが、マジカルプリンセスに言っても意味はないだろう。なにせ魔法の国のお姫様なのだから。


「ははは、ラミシィス。そこまで俺を愛していたか」

「ええ、愛しています」

「…むぅ」


 軽く流そうと思ったらこれだ。直球で"愛しています"はずるい。何も言えなくなる。


「…いや、なんだ。助かったよ、ありがとう。だが姉さんに悪気はないんだ」

「もう、わかってますよ。あなたが見境のない変態さんなのも知ってますからいいです。ちゃんと私に教えてくれたので許してあげます。でも」


 小さく呟いて、そっと俺の耳元に口を寄せる。


「…あとでいっぱいハグしてくださいね」


 小声のまま、そう続けた。


「……おう」


 一言だけ言葉を返すのが精一杯で、今すぐ恋人を抱きしめて抱き上げて愛を紡ぎたい衝動を抑えるのに苦労した。

 なんとか気持ちを落ち着けようと、数歩分離れた距離で驚いている姉に声をかける。


「あー…姉さん?」


 動揺を隠しきれない言い方になってしまった。これくらいしか言葉が出なかったのだ。


「え、盛護ちゃん?ね、ねえ今変な感じしたよね?」

「そう、だよな…。そこから話さないといけないな」


 姉さんの反応を見て冷静さが戻る。

 俺がどこにいたのか、何をしてきたのか。色々と話さないといけない。


「母さん、姉さんにはまだなんにも話してないんだよな?」

「ええ。後で盛護からまとめて話してもらおうと思っていたから。話したことは盛護が帰ってきたことと、ラミちゃんも一緒に来たことくらいよ」

「わかった」


 魔法のことも異世界のことも。俺が何を失って、手に入れて、奪って奪われて、生きてきたのかを話さないといけない。姉さんはもちろん、母さんと父さんにも、な。


「姉さん、父さんと母さん含め、三人に話があるんだ。二人には昨日少しだけ話したから、姉さんには改めて話すよ。時間もかかるだろうし、席に着いてもらえるか?」

「う、うん。わかったけど…えっと、盛護ちゃん。そちらの方がラミシィスさん、かな」


 両親の方に手を向けて座ってもらうよう促すも、返ってきたのは別の話。俺から離れて冷静になったからか、ラミィのことが目に入ったらしい。

 どうやら我が姉殿は、お姫様の紹介をご所望のようだ。いいだろう、完璧かつ完全な紹介をしてみせよう。


「ふ、そうだ。この――」


 言葉を短く切って、隣でぽやーっとたたずんでいた恋人の肩を抱き寄せる。小さく"きゃっ"と声が聞こえた。


「――この世で最も可憐かつ優美な女性こそがラミシィス・エステリア。第三魔法国家エステリアの第二王女にして、この俺、山川盛護と永遠の愛を数多の星々に誓った生涯の伴侶である!」

「え、永遠の愛!?」

「うふふ、伴侶ですかぁ。いい響きですね!」

「「第二王女!?」」


 微妙なところに驚く姉さんと最高に可愛いラミィの反応はいいとして、父さん母さんが王女という部分で驚くとは。

 いやしかし…そういえば、二人にはラミィが王族ってこと伝えていなかったか。

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