19. 家路(空路)

 子供二人に防御魔法をかけ、ファミレスのドリンクバーとデザートで和気あいあいと話をし、時刻は19時近く。15歳とはいえ子供は帰る時間だ。少し遅いくらいだろう。


「望、ミシェル。そろそろ君らを送ろうと思う」

「はい。すみません、お願いします」

「お願いします」


 遅い時間であることと、二人が狙われていることを考えて送っていくことにした。行き先は望の家、勇者の一族の家だ。

 長距離移動に優れていて、瞬間移動やワープとも言い換えられる移動魔法。なかなか便利ではあるが、移動魔法は一度行ったことのある場所にしか使えない。そのため、今回は飛行魔法で望の家に向かう。

 席を立ち、お会計を済ませるために足を動かす。


「みんなは先に出ていていいぞ」

「わかりました。ごちそうさまです」

「はい、ごちそうさまですー」


 ちょうどすれ違った店員から"少々お待ちください"と言われ、受付にお会計表を置き財布を開いて待機する。

 望とミシェルが外に出て、ラミィも外に出るのかと思いきや。


「ふふ、ごちそうさまでした」


 言いながら俺の隣に立った。外に出る気配はない。


「…どうした?先に行ってていいぞ」


 ただお金を払うだけなのでいてもらわなくてもいいのだが。


「うふふ、私は盛護さんと一緒にいますよ」

「…そうか」

「はいっ」


 にこりと笑って俺の手に自らの手を添える。ラミィの好意が嬉しい。

 しかし距離が近いな。隣にいるというより寄り添われているようなものだぞ、この距離は。そして胸が当たっている。


「……うむ」

「ふふ、一緒にお会計って夫婦みたいですね」


 幸せそうにはにかむ。可愛らしく愛おしい。

 不純な気持ちなどかけらもなく笑うラミィに罪悪感を覚えた。


「…なあラミィ」

「お待たせいたしました」

「いえ、大丈夫です」


 服を着ているにしてはかなり柔らかな感触に動揺し、そのことについて話をしようとしたところで店員が戻ってきた。

 純粋な恋人とは裏腹な気持ちを抱えたままお会計を済ませる。


「…はぁ」


 美人と寄り添っていたからか、女性店員から羨望の眼差しを向けられた気がする。そそくさとお店を出れば、まだ少し肌寒い空気が肺に流れ込む。邪心に満ちた心を押し出すように息を吐いた。


「…?お疲れですか?」

「あぁ、いや…」


 こてりと小さく首を傾げて聞いてくる。

 ラミィに申し訳ない……言っておくか。脳内ピンク色のレッテルを貼られるのは甘んじて受け入れよう。事実なのだから仕方ない。


「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。ただ、少しラミィとの距離が近くて動揺しているだけだから」

「…あら」


 俺の言葉に目をぱちぱちと瞬かせて一言反応する。それからすぐ、言われたことを理解できたのかにんまりと小悪魔チックな笑みを浮かべた。


「んふふ、盛護さーん、そんなに私のこと意識しちゃってました?」

「…あぁ」


 楽しそうなラミィが可愛い。比べて俺はあまり楽しくない。楽しくないのに嬉しい。さっき以上に押し付けられる胸の感触に顔の筋肉が緩んでいく。

 男としての性に敗北である。


「うふ、ちょろいですねー。こんな胸を押し付けるだけで盛護さんドキドキしちゃうんですから。もっと前からやり始めればよかったです」

「…どうして前からやらなかったんだ」


 我ながら声が苦しい。上ずっているぞ俺。


「どうしてでしょう?…たぶん、エストリアルにいる頃はこんな風に外でくっついてお喋りなんてできなかったから、だと思います」

「そうか。…そうだったな」


 向こうにいるときはそうだった。

 まだラミィの国、エステリアが存在していた頃は、王族として彼女自身が敵国に狙われることもあった。敵国だけでなく、内部紛争による暗殺も多くあった。兄弟姉妹による殺し合いはなくても、各々おのおのの王族を旗印はたじるしとして担ぎ上げようとする貴族もいた。虚しい権力争いだ。

 結局、俺がラミィを連れ去って駆け落ちしたり、ラミィを嫁にして王族の血を入れようとしたやつをむしゃくしゃしてぼこぼこにしたり、ラミィを連れ去って人質にしようとした国に殴り込んで全員まとめてぼこぼこにしたりした。

 他にも、家に帰れるかどうかわからないため俺に余裕がなかったことが大きいかもしれない。

 さらに言うと、惑星間バトルに発展したときは、どこにどの星の魔法使いがいるかわからなかったこともある。エステラが宇宙内最強の星だとしても、宇宙魔法連合VSエステラは厳しかった。普通にエステラまで侵入を許していた。

 まあ、そうは言ってもそこは宇宙一の惑星エステラ。銀河破壊ビームで大勝利だった。


「波瀾万丈な生活だったからな、本当に」

「ええ。だからこそ、です。今はこうやってぎゅーってしたりもできちゃうんですよ!」

「ぬぅ」


 過去を思ってしんみりしていたら、腕を抱きしめられた。また柔らかさの段階が上がった。至福。


「いやしかし」


 我に返る。いつまでも胸の感触を堪能しているわけにはいかない。


「はい、なんですか?」

「ラミィ。君の胸が柔らか過ぎやしないかい」


 これを伝えたかったのだ。

 俺のお姫様であるラミシィス、彼女の胸が貧しいことは周知の事実であろう。以前測った数値アンダー70にトップ81。推定Bカップに見せかけたAカップ。このバストサイズでは今のような柔らかさを感じることはできないはず。素肌ならまだしも、ブラジャーを付けているとなるとありえない。いや、そんなまさか。


「ふふ、そうですか?それは何よりですね。ちゃんと外しておいてよかったです」

「なん…だと…!」


 ばっと俺の腕に押し付けられている胸に視線を送る。

 長袖とはいえ薄手のブラウス。軽くフリルがあしらわれた服は肌の色が透けて見える。限界まで思考を早めて見てみると、はっきりとその艶やかな色合いが――。


「――ん?」


 おかしい。見えない。肌の色は透けて見えるのに、エロスあふれる色が見えない。


「…盛護さん、いくら私でもそんなに見られたら恥ずかしいです」


 はっとして顔をあげる。そこには頬を染めて上目遣いになっているお姫様がいた。


「悪い。だが」

「あの」

「…なんだ?」


 声が聞こえた方に目を向ける。今はラミィとの話で忙しい。というよりラミィの可愛さを目に焼き付けておきたいというのに。


「すみません、そろそろ家に帰らないといけなくてですね…」

「「……」」

「あ、いや。お二人を邪魔するつもりじゃなかったので離れなくても大丈夫です」

「いや、気を遣わせてしまったな。すまない。ラミィ、二人を送ろう」

「はい。私たちの方こそごめんなさい。望君、ミシェルちゃん。急ぎますのでもう少しだけ辛抱してくださいね」


 申し訳なさいっぱいな表情で俺たちを見る望に、急ぎ話と足を進める。

 ラミィとの話だとか、現状がどうとかはいったん終わり。今は二人を望の家まで送っていかなければならない。


「あ、ええと…ラミシィスさん。さっき山川さんとどんなお話をしていたんですか?」

「…ふふ、内緒です。さ、いっきに飛びますからしっかり私に掴まっていてくださいね」

「え、きゃ、きゃあああ!」


 すぐ側で女子二人の楽しいやり取りが聞こえ、俺もそれにならおうと望に声をかける。


「望、俺たちも行くぞ。さあ楽しい空の旅の始まりだ」

「ええ…。空の旅って楽しいんですか?」

「二人なら空で待っているだろうから、さっさと行こう。勇者なら空くらい飛んだことあるだろう?」

「それはありますが…ってわあああ!」


 あるのかよと思いつつ、望の手を取り胸を叩いて飛行魔法を発動する。

 本来は一度相手に触れればそれでいい。ただ、手を掴んでいた方が魔法の通しがいいので俺はどこかしら相手に触れたまま魔法を使うことにしている。

 空に上がっていくと、予想通りラミィとミシェルが待っていた。


「待たせたな。行こう」

「はーい、道案内は望君にお願いしますか?」

「そうだな。望、頼む」

「は、はい。わかりました」


 ふわふわと浮かんでいる女性陣の近くでいったん止まり、望に頼んで目的地まで空を飛んでいく。これ以上時間をかけるのもよくないので、会話は思念魔法で済ませ急ぎ飛ばしていった。

 俺の恋人がブラジャーをしているかしていないかという疑問は空の果て。誰一人知ることのない、魅惑のベールに包まれたままである。

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