18. 目指せ、女体マスター

 その辺にいそうな北欧美少女に魔法的敗北を喫した俺、山川盛護。魔法使いの称号は捨て、恋人のラミシィスに普段の魔法を頼りきることにした。

 それから少し話を進めたところ、敵組織グレーは日本に集まってきている四人の姫を捕らえようと動いていると知った。そのうちの一人がミシェル。残り三人も何故か日本に来ているそうで、しかも四人が引き継いでいる魔法封印先は日本にあるとか。

 これが偶然なのか、何らかの意図が働いた結果なのか、俺たちにはわからない。


「これから二人はどうするつもりだ?」


 ある程度現状を話し終えたところで、今後の動きを尋ねる。

 食後のデザートで頼んでいたティラミスを口に入れた。この甘さ、極上である。


「どう…しましょう」

「俺はミシェルについていくのでなんとも。できれば俺の家に行きたいところです。ミシェルの実家は…さすがに遠すぎますから」

「…はい。私もそうしたいです。今はラミシィスさんの魔法で場所がばれていないみたいですけど、ここに来るまで何度か襲われていますから。望君の家なら安全だと思います」


 望の家というと、勇者の一族の家か。どの程度武力を持っているかわからないが、弱いということはないのだろう。そうか。…そうだな。


「むー、私たちがずっとついているわけにもいきませんよねー」

「そうだな。俺たちも家で色々あるし、明日には姉さんと弟も来るだろう。話すことは多い。だからラミィ、頼んでもいいか?」

「ふふ、任せてください。二人とも、ちょーっとちくっとしますよー」

「「え?」」


 超天才魔法使いのラミシィスお姉さんに頼んで防御魔法をかけてもらう。何故ちくっとするかというと、彼女の防御魔法は複数種にわたるためである。一つはわかりやすく身体の線に沿うような形のバリア型。もう一つは身体に魔法を染み込ませることで肉体そのものの防御力や治癒力を上げる強化型。こちらはバリア型よりかなり高性能で、長持ちするのが特徴だったりする。

 強化型は他人の魔力に慣れていないとそこそこ痛いので、ちくっと。

 どうでもいいがラミィのちくっとが可愛かった。


「いったぁ!」

「うにぃっ!」


 なかなかに痛そうだ。二人して顔が歪んでいる。目尻に涙が見え隠れしているほどとは、やはりそこそこ痛かったらしい。


「はいおしまいですよー。ふふ、これで大丈夫です。お腹ちぎれたくらいじゃ死ななくなりました。おまけに反撃用の魔法も仕込んでおいたので、二人に死んじゃうくらいの攻撃してきた人は全裸になって近くで人が一番多いところに放り込まれます」

「ええ…」

「わー、ありがとうございます!」


 また微妙にえげつないことを。そしてミシェル。目を輝かせて喜ぶな。


「ちょっと飲み物取ってくる。君たちは何か欲しいか?」


 望から向けられる困惑の眼差しを避けるため、席を立った。ついでに全員からリクエストを聞いておく。


「あ、盛護さん、私はリンゴジュースでお願いします」

「はいよ」


 グラスを手渡された。両手で持って渡してくるところが可愛い。お姫様の上品さがよく表れている。


「俺は大丈夫です。まだありますから」

「私は野菜ジュースでお願いします」

「はいよ」


 グラスを手渡された。片手で渡してきた。

 片手なのが普通とはいえ、うちの姫様の勝利だ。やはりラミィは可愛さレベルトップだよ。

 無駄なことを考えながら機械まで歩いて飲み物を注ぐ。ここで唐突に後ろから刺されるような展開が待っているのはエストリアル。日本にそんな――。


「……まあ、ないな」


 地味に加速して後ろをチラ見しても何もない。ラミィの認識誘導魔法が色濃く使われているのだから、本来は人違いでもなければ刺されることなどないのだ。これが当たり前。さっきのグレーが異常だった。

 無駄な考えは終えて、グラス三つを持ってさっさと席に戻る。俺が戻ったことにいち早く気づいたラミィが顔を明るくして小さく手を振る。意味不明な可愛さにあやうく飲み物をこぼしそうになった。


「おかえりなさい」

「ただいま。ほらリンゴジュースだよ。たんと飲みな」

「うふふ、はーい」

「はいよ、野菜ジュースだ。好きに飲め」

「ありがとうございます。…望君、私、露骨な扱いの差に微妙な気持ちになったんだけど」

「俺に言われても…。山川さんにとってラミシィスさんとミシェルじゃ扱いが違くても仕方ないよ。もうすぐ結婚するって、さっき言ってたしさ」

「それはそうなんだけど…。なんかこう、もやっとしたの」


 言葉通り複雑そうな、もやもやした顔で俺たちを見るミシェル。当事者の俺は特に何も、普段通りの顔。もう一人の当事者であるお姉さんはというと。


「んふふー」


 にこにこ笑顔を浮かべていた。どことなく自慢でもしそうな、調子に乗っていそうな雰囲気。しかしそれでも可愛いと思える俺。惚れた弱みである。


「ま、これが大人ってやつですよ。ミシェルちゃんも私の盛護さんみたいな夫を見つければわかります」


 訂正、"しそうな"ではなく"する"であった。当たり前のようにドヤ顔で煽っていった。

 ぐぬぬ、とでも言いそうな表情の金髪少女。おとなしそうな美人と美少女が揃って見た目と真逆な表情を浮かべている。


「ぐぬぬ、どうしよう望君。ラミシィスさんに勝てるところがなんにもなくて言い返せないよ」


 これも訂正、実際に"ぐぬぬ"と言った。

 最初の印象とは大きく変わったよ、ミシェル。俺はそっちの方が好きだがな。人間感情的じゃないともったいない。感情こそが人間の本質なんだから。


「競う意味ないよね。野菜ジュースでも飲んで落ち着こう」

「ごくごく…ふぅ、美味しい」


 さらっと望の言葉に従って落ち着いた様子。


「ミシェルちゃんっていくつでしたか?私、まだ聞いていませんでしたよね」

「私は15歳です」

「あ、俺も15です」

「俺は25だ」

「どうして盛護さんまで言うんですか」

「なんとなく」

「なら仕方ないですね」

「ちなみにラミィは?」

「私は26です!」

「「え?」」


 テンポよく年齢開示式を進めたら、子供組二人が揃って声を上げた。

 それにしてもこの二人、15なのか。若いと思っていたが、当時の俺と比べてずいぶんと大人びているな。魔法の世界に通じていると、精神的にも成長するのだろうか。


「む、なんですか?その反応」

「い、いえ。思っていたより年上だったので。ね、望君」

「は、はい。もっと若いかと思っていました」

「あら、うふふ、どんなところがですか?お姉さんに教えてくださいな」


 ちょっぴり不機嫌そうだったのが一転、口元を緩めてにこやかに問いかける。

 これだけは言える。わかりやすく単純な女性は可愛い。


「どこがと言いますと……肌、ですかね」

「望君…」

「え?何か変なこと言った?」

「あはは、いえいえ、全然変じゃないから大丈夫ですよー」


 くすくす笑うラミィと、困り顔の望に微妙な感じのミシェル。

 まあ、なんだ。望。大人な俺が教えてやるか。純情少年よ、女を学べ。


「望、俺の女に対していい度胸じゃないか」

「なっ!違います!そういう意味じゃなくて、普通に言っただけですよ!」

「ラミィの露出した腕や足、胸でも見ていたんだろう?」

「ち、違いますって!」

「えー、望君そんなところ見てたの?見るなら私にしておいた方がいいよ?私なら警察に捕まらなくて済むからね」

「ふふ、若いですねぇ」


 わかっていないのは望だけ。ラミィはお姉さんらしく柔らかく微笑んで、ミシェルは適当に茶化している。今の状況で望がそんなことに意識を避けるはずがないとわかっているからこその言葉だろう。


「だから違いますよ!だいたいラミシィスさんに見る胸なんてないじゃないですか!」

「あ…」

「お…」

「………」


 焦りか勢いか。悲しい一言が少年の口から飛び出した。

 この思春期小僧、何もわかっていない。胸は大きければいいというものではないということを、わかっていない。


「…望君、人には言っていいことと悪いことがあります」

「あ…は、はい。すみません」

「何に対して謝っているんですか?」


 これは…雰囲気の割にそこまで怒ってないな。

 そもそもラミィ自身胸の小ささをコンプレックスに思ってなどいないんだよ。昔は確かに色々と気にしていたが、そこはほら。俺があれこれしたから完全になくなった。女性の身体への劣等感など男の熱量で解消可能なのだ。実例は俺とラミィ。


「俺が、その…ラミシィスさんに失礼なことを言ってしまったことに対してです」

「ん、わかっているならよろしい」

「…いいんですか?」

「はい。今後は女性の身体に対する発言は気をつけてくださいね」

「はい」

「じゃあ少し講義してあげます」

「はい…え?」

「例えばさっき望君が言った胸、あとお尻もですね。胸はありがちですが、結構お尻を気にしている人もいるんですよ?他にも手足の長さや太さ、体型ですね。髪質や肌質を気にしている人もいます。人によって気にしている部分は違うので、ふとしたことがきっかけで喧嘩になってしまうこともあるかもしれません。注意しましょう」

「あ、はい」


 突然始まった講義に雑な返事しかできない望少年。

 頑張れ少年、負けるな少年。目指せ、女体マスター。

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