17. 食事と状況把握
ファミレスで注文した料理を食べながら話は続く。
俺がカツ煮定食、ラミィがハンバーグセット、望とミシェルの二人はオムライス。俺以外はソースやら何やらを選び、全員にデザートとドリンクバーのセットを付けることになった。
「それで、あの灰色の人は誰なんですか?望君とミシェルちゃんは知ってる感じでしたよね?」
「ほれは」
「あぁ、すみません。ミシェル、ちゃんと飲み込んでから喋ろう。口元も汚れてるよ」
もぐもぐしながら話そうとするミシェルを制し、手拭きで口をふきふきと。まるで母親か何かのように手慣れた動きをする望少年。
俺が思っていたのと違い、ミシェルはうちの姫様と同じくポンコツなのかもしれない。
なんとなく隣を見れば、ハンバーグを口に入れて幸せそうに笑みを浮かべるお姉さんがいた。可愛い。さすがラミィだ。俺を悶死させようとしてくる。
「んん…ごくん…ふぅ、望君、ありがとう」
「うん。どういたしまして」
「ええと、さっきの男の人ですよね」
こちらを向いて尋ねてくるので、ラミィと二人頷く。ついでにカツと米を箸で食べる。美味い。
「それを話すには、まず私の素性から話さないといけません。少し長くなるんですけど、いいですか?」
「いいぞ」
「いいですよー」
「わかりました。あれは私が――」
ミシェルの話によると、やはり灰スーツ男は二人を追う組織の一員だったそう。
そもそもの発端は、ミシェルの生まれにある。彼女の名前はミシェル・ルビハート。ルビハート家ははるか昔、国を治めていたらしい。今でもその名残をとどめていて、ヨーロッパの国の一つに城が残っているとか。城が現存しているとはいえ王族、貴族としての暮らしはなくなり、実家は広い農園で果物を育てているそうだ。
今は果樹農家をしているが、昔から変わらず引き継いでいるものもある。それが魔法だ。単純な魔力やら魔法の使い方はもちろん、特殊な魔法も継いでいると言う。その特殊な魔法というのが問題だった。
聞いた話によると、引き継いだ特殊魔法のことを"ルビハートマジック"と言うらしい。この時点で胡散臭いが、こちらの世界、アースの魔法には個別で名前を付けることも多いとか。
エストリアルの魔法がほとんど無名なので、みんな適当に国家破壊ビームやら惑星破壊ビームやら呼んでいた。そのため魔法名というものにあまり馴染みがない。
話が戻って、このルビハートマジック。用途はどこぞの封印及び封印の解除と来た。他に使い道はない。しかも、ルビハートマジック以外に三つの魔法を重ねることで封印を作り上げるものらしい。四つ使わないと封印効果もあまりなく、エフェクトがかっこいいだけの無駄な魔法になると言っていた。ミシェルがどんよりとした目になっていたので、実際に試したことがあるのだろう。
ここでわかったのが、ルビハート家以外に似たような王族の家系が三つもあるということ。一応名前は聞いた。トルダイヤ、サードフィア、エクロラ、そしてルビハート。灰スーツの組織は、四つの魔法を使って封印を解くために動いているらしい。
封印を解いた先に何があるのかは誰も知らない。それだけはルビハート家の書記にも載っていなかったそうな。なぜ組織が狙ってくるのかというと、どうにも封印を解除すると邪神か何かが出てくると思っているからとかなんとか。
結局、組織の正確な目的も何が封印されているかも不明なまま話が終わった。
「あの灰色の人が所属している組織はみんな灰色の服を着ているんです。だから私と望君はグレーと呼んでいます」
「そうか、グレーな。わかった。しかしどうして日本にいるんだ?話を聞いた限りヨーロッパが舞台だろう」
「はい。グレーが襲ってきたのは日本に来てからなんです。私が日本に来ることを知っていたんだと思います」
「あら、ミシェルちゃん日本に来る用事なんてあったんですか?」
「ありました。望君が勇者の一族だって話はさっき本人がしたばかりだと思うんですけど、その一族と私の家系に繋がりがあるんです。私も小さい頃から望君とは会う機会があって、年に一度は話してきました。今年は私が日本に来ることにしていたので、やってきたはいいんですけど…」
「いきなり襲ってきたと、なるほどー」
タイミング悪くというか、最初から組織、グレーに知られていたなら仕方ないか。なかなか大変そうだ。
「実家の方に連絡はしたんですか?」
「はい。でも向こうも大変みたいで、すぐに切れちゃいました。少しだけ聞いたのは、こちらと同じで実家にもグレーが襲ってきたとか」
「それは…どうなんだ?大丈夫なのか?」
「はい、お父さんもお母さんもすごい魔法使いなので大丈夫です」
意識して魔力の感知を強めれば、はっきりとミシェルから感じる魔力の気配。ラミィの言う通りエステラでよく見た強さの青色だ。望は本人も言った通り体内魔力がない様子。そして隣のお姉さん、神々しいほどに青い燐光を発していた。魔力が背に一対の翼を形どり、青色の
「ラミィ。わざとらしく魔力で遊ぶのはやめよう」
「ふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと外に漏れないよう封じてますから」
「そういう意味じゃない」
「え?じゃあどういう意味ですか?」
ぱちぱち瞬きをして問いかけられた。何一つ含むものがない純粋な眼差し。この女、真面目にわかっていない。しかしそこも可愛い。ぽやぽやお姉さんがとても可愛い。
「そんなに魔力を流していたらもったいないじゃないか。今は魔法装甲として使うつもりもないんだろう?」
「それはそうですけど…」
「いらないなら俺にくれ」
「…はっはーん」
何か思いついたのか、いやにむかつくしたり顔で頷く。にやにやした顔がまた可愛くて腹が立つ。だが良い。良い表情だ。
「さては私とちゅーしたいんですね?もー、そうならそうと言ってくださいよ。キスぐらいいくらでもしてあげますから」
「……ふむ」
どうするか。頬に手を当てて微笑むラミィは可愛いし、ここで普通に口付けをしてもらうのも悪くない。しかし、俺がキスしたいと思われたのは心外だ。事実だが。
「ラミィ、君ならキスなどしなくても俺に魔力を渡せるだろう?」
「む…」
少し膨れた。可愛い。
「渡せません」
「ん?」
「キスじゃないと魔力は渡せません」
「…そうなったのか」
「そうなりました」
「なら魔力戻していいぞ」
そもそもの話、ラミィほどの魔法使いだと外に流した自分の魔力を体内に戻すことくらい余裕でできるのだ。俺がもらうとか、もったいないとか、言っても意味のないことだった。
「むー!」
おっと、より膨れてしまった。
「そんなこと言う盛護さんにはもう何もしてあげません!ちゅーもしてあげないんですからね!いいんですか!?」
「わかった。わかったから離れてくれ」
「嫌です」
よくわからない脅しをしてくる割に顔が近い。とても近い。それこそ目と鼻の先に彼女の顔があるほどだ。ラミィの吐息が顔に当たる。
ついつい見惚れていたら俺の頬に柔らかな手が当てられる。何を言うかと思って彼女の唇を見ていると。
「嫌です」
「俺にどうしろと」
繰り返されても困る。
「私に言わせるんですか?」
何を言いたいのかはわかっていた。真っ直ぐ俺を見つめるライトブラウンの瞳に答えを返す。軽く腕を振って素早く隠蔽魔法を使った。
返事はわかりやすく、はっきりとした行動で。
「わかったよ……」
「あ…ちゅ…」
…うむ。
「ん…んふ、んふふー」
ずいぶんと嬉しそうに笑う。
頬ゆるゆるになってるぞ。…本当、いつまで経っても慣れないもんだな。
「これで満足か?じゃあ魔法解除するぞ」
「えへへ、どうぞどうぞ」
ラミィから了承をもらったので、隠蔽魔法を解除して元に戻す。先ほどのキスシーンは誰にも見られていない。当然同じテーブルに着いているミシェルと望にも見られていない。
「わ、わ、わぁ…」
…見られていない。
「ミシェル、大丈夫?顔赤いよ?」
「な、なんでもないよなんでも。うん、うん。キスシーンなんて見てないから大丈夫」
「え?キス?」
前方からまったくもって意味不明な会話が聞こえてきた。
「ラミィ」
色々と自信がなくなってきたので、癒しを求めて恋人に声をかける。
「えへへ、なんですかー?」
その恋人は、とことん可愛い表情でゆるゆると緩み切っていた。
ラミィは可愛いなぁ。癒される。でもなぁ。本当になぁ。
「俺、魔法使い引退しようかな」
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