21. 異世界転移直後の記憶

 家族揃ってとはいかないが、父、母、姉、俺、嫁、と五人も揃ったので十分だろう。全員でテーブルに着き、長い話の準備はできた。

 金曜日の夜、ようやく落ち着いて時間を取って話ができる。これから話すのは、俺の人生だ。異世界に渡ってから何があったのか、どうしてこんな高身長マッチョメンになってしまったのか。どのように究極的可愛さを持つお姫様を手中に収めてきたのか。

 すべてを話すときがやってきた。


「…話を始める前に、一つだけ聞きたいんだ。俺の弟、泰毅たいきは…元気か?」


 両親の顔は見た。姉の顔も見た。三人とも元気で、内心ほっとした。正直、十年あれば何が起きても仕方ないくらいには思っていたから。

 俺が生きてきた世界がそうだったから、こちらでも、と。


「あぁ、泰毅か。元気だぞ。お前が帰ってきたことは伝えたから明日にでも来ると思うが、詳しい時間はわからん」

「そう、なのか…そう、かぁ。元気かぁ」


 こぼれるように言葉が漏れた。

 安心したと同時に、手に温かな感触があり視線を落とす。何かと思えば隣に座る恋人から手が伸ばされてきていた。無意識で握りこんでいた手に柔らかな手が重ねられ、固まった指が解けていく。

 軽く横を見ると、優しい瞳と目が合った。感謝と共に気恥ずかしさもあり、ごまかすように目前の家族三人に目を向ける。


「父さん、ありがとう。泰毅には明日かいつまんで話すことにするよ。じゃあ、そうだな。話そう。姉さんもいることだし、まずは昨日話したことを改めて――」



 ◇◇



 山川盛護にとって、それは理解の外側にあった。

 いくら誕生日とはいえ、突然倒れ、目を覚ますと平原であった。なんて冗談にもほどがある。

 背の低い草が地面を覆い、遠くに山も見える。普段の登校で見える山とはスケールが違う。とてつもない高さを誇り、天辺が空高く遠く雲に隠れてしまっている。山のふもとがここから遠くにあるはずなのに、まるですぐ側にでもあるような錯覚を覚えた。


「すげぇ…」


 年頃らしく感嘆の声が漏れる。

 山川盛護、15歳、中学三年生。頭、そこそこ。運動神経、そこそこ。身長体重平均的。とりたてて優れた点はなく、かといって劣った点もない。死に物狂いになれば何らかの形で上に立てる才能は持っているが、現代日本を平和に生きてきた少年に言っても意味のないことだろう。


「……うん」


 雄大な自然に目を奪われて十数秒。我に返って一つ頷く。

 見たことのない景色に感動してしまったが、そんな場合ではなかった。盛護は今の状況を何一つ理解できていなかったのだ。

 朝は普通にご飯を食べた。着替えて家を出て、いつも通り学校に向かっていたはずが――。


(そうだ。いきなり眩しくなって、倒れた…んだ。たぶん)


 地面に倒れ込んだような記憶がある。頭を打ち付けた気はしないが、なんとなく頭全体を触る。特に痛みもなく、腫れているところもない。

 眩しくて倒れて、目が覚めたら草原。


「…なんなんだよ」


 やっぱり意味がわからない。愚痴るように声が漏れたが、それに応える者はいない。聞こえるのは風に揺れる葉音だけ。

 思ったよりまずい状況なのかもしれない、漠然とした不安が盛護の頭を埋めていく。


「だ、誰かー!!」


 とにかく誰かと話をしたくて声を張り上げる。一秒、二秒、三秒…。十秒ほど待って何も反応がなく、もう一度声をあげようとしたそのとき。


「…ふぁぁぁ…なんだよもう…」


 すぐ近くから声が聞こえた。まるで寝起きのような、けれど盛護にとってそんなことはどうでもよかった。一人で心細く、ここがどこだかもわからない状況で誰かと話をしたかったのだ。

 声が聞こえた方を見ると、この大自然にはまったく似合わない服装の人がいた。盛護自身、登校途中だったため上から下まで真っ黒な学ランを着ていたが、それにも増してその人間の服装はおかしかった。


「…えっと」


 まるでSFにでも出てきそうなぴっちりしたタイツスーツ。服の両サイドにラインが入っていて、きらきらと光っている。腰に巻かれたベルトと身体のあちこちに目立つ薄いアーマーのようなもの。半透明に光るアーマーは厚みもなく、タイツスーツに重なるように張り付いている。

 盛護からしたら映画に出てくる人間ではあるが、それでも先ほどの独り言を聞く限り言葉は通じる。何を言おうか迷い、まずはと言葉を吐き出す。


「お、おはようございます」


 唐突に耳に届いた挨拶。つい数分前の盛護と同じく現状の理解ができていないのか、胡乱うろんな眼差しを声に向ける。

 目が合ったことで気づいた。盛護は日本人らしく黒髪黒目であるが、そのSFの人は銀の髪にエメラルドのような緑色の瞳をしていた。しかも、見たところ自分と年齢が近い。十代半ばではなかろうか。少なくとも二十代には見えなかった。


「…あぁ、おはよう」

「お、おお…よかった。その、俺は山川やまかわ盛護せいごって言うんだけど、君は?」


 予想通り言葉が通じることに安堵し、話を続ける。変な服装とはいえ、年齢も近そう。悪い人じゃなさそうだと、盛護なりにひとまず結論付けた。


「…僕は」


 SFから飛び出てきたような少年、事実彼は盛護から見たらSFの住人だった。星を出て、宇宙を駆ける船に乗り世界を広げていく。空飛ぶ人や車、光の速度で進む船、空間を飛び越えるワープ。科学の発展の先を行く場所に住んでいたのだ。

 少年から見て、山川盛護はただの人間だった。服装からエネルギー反応はなく、自分に悪意を持っている雰囲気もない。それこそ本当にただの子供のようで――。

 ちらりと周囲に目を向けても何もわからない。草原に山に森に。超エネルギーに巻き込まれ、空間跳躍くうかんちょうやくが起きただろうという推測だが、それしかわからない。

 考えてもどうにもならなさそうなので、軽く頭を振って目前の盛護と名乗る少年と話をすることにした。


「僕はシルベス。君は盛護、と言ったよね。色々聞きたいんだけど、いいかな?」

「う、うん。いいよ。って言ってもわかんないことしかないけどさ。俺の方こそ色々聞きたいんだよ」


 これが最初の、この"エストリアル"という世界における一つの始まりであった。

 世界の枠を超え、本当の意味で別の世界で別宇宙の存在同士が出会う。現存するすべての世界において前例のない出来事であった。

 一方は争いのない平和な日常を生きる少年。もう一方は宇宙を旅する盗掘者サルベージャーの少年。


「そうなんだ。とりあえず、ここってどこかわかる?」

「いや、わかんない。俺が聞きたいよ」


 お互いの答えを聞いて揃って肩を落とす二人。

 この二人がいつの日か"星守り"と呼ばれることになるとは、今はまだ星も、宇宙も、世界でさえも知るよしがなかった。



 ◇◇

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