14. 少年少女と魔法使い二人

 超絶最強魔人の俺、山川やまかわ盛護せいごと超絶可憐美姫であり俺の彼女のラミシィス・エステリア。二人でしんみりと未来予想図を描いていたらナイフで刺された。俺が。

 追加で蹴られたし痛いような気がしなくもしなかったので、いい感じに倒れ込んだら知らない少年が割り込んできた。いったいどういうことだろう。平和なはずの日本で危ないことに巻き込まれしまった。

 認識誘導魔法がかかっているおかげで、目撃者はナイフの男と割り込んだ少年と、その後ろのお嬢さんの三人だけだ。


『どうするラミィ。消し飛ばすか?』

『私たちの平和のためです。消しましょう』

『……』

『……』

『冗談だよな?』

『冗談ですよね?』


 状況が変わったので急ぎ思考を早めた。

 ノリのいい恋人だ。あやうく本気にしかけた。半分冗談だったとはいえ、本気にされるとは思わなかったよ。物騒だな、ラミシィス。


『ああ、冗談だよ。真面目な話どうしようか?あの少年少女、いきなり割り込んできたようだが…何の用意もしていなさそうだぞ』

『みたいですね。遠くから私たちのこと見ていたようですけど、まさか来るとは思いませんでした』

『…気づいてたのか』

『え?気づいてなかったんですか?』

『……』

『ええ…。ちょっと盛護さん、鈍くなってません?さっきのナイフもですけど、ちょっと気を緩めすぎです。油断は即、死ですよ』

『…悪い』


 眉を寄せてきつい目を向けてくる。素が美人なだけに、そこそこ迫力がある。まあ俺からしたら可愛いだけだが。

 しかし、今回はラミィが完全に正しい。反省しなければ。まさか身近に魔法的武装をした存在がいるとは思わなかったし、わざわざ危険に飛び込む子供がいるとも思っていなかった。

 俺の知っている地球は、日本は魔法の魔の字もない科学一辺倒な平和に満ちた世界だったはずなのに。


『ん、まあいいです。ナイフに関しては私も気が緩んでいましたし、反省です。お互い気をつけていきましょう?というか防御魔法くらい張っておきましょうか。少なくとも盛護さんの身体がアースに適応するまでは危ないみたいですし』

『あぁ、そうだな。そうしよう』


 思考と同じく身体も加速させ、さっさとラミィに魔法をかけてもらう。俺自身が魔法を使ってもいいが、本当の意味で魔法のエキスパートである彼女にやってもらった方が効率がいい。魔力効率しかり、魔法の練度しかり。

 手早く右手を光らせたラミシィスは、人差し指を滑らせるように動かして小さく円を描く。


「はい終わりです」

「ありがとう。悪いな」

「ふふ、どういたしまして」


 超一流の魔法使いともなると、ほんの一瞬で魔法を発動できる。それぞれ発動方法は違うが、ラミィの場合は指や手を使うことが多い。本来は必要ないらしいが、つい癖でやってしまうらしい。あと使う魔法の種類が多いから、手癖があるとイメージしやすいとかなんとか。

 俺の場合は、ものによって様々だ。今ラミィが使った防御魔法だと、軽く胸を叩いて発動する。隠蔽魔法は腕をクロスさせて使う。意味はない。ただかっこいいからやり始めたら癖になった。


「ふむ、しかし動いてしまっていいのだろうか」

「別にいいんじゃないですか?」


 スーツの男も少年少女も、全員がほとんど止まっている世界。今のところ俺がラミィの隣に立ったことには誰も気づいていない。スーツ男と少年が向かい合う形を取ったおかげで、俺たちから視線が外れたからだ。

 さっさと胸の血の染みを取り除いて、ついでに破れた部分も再生魔法で直す。倒れ込んだ拍子についた汚れを払えば完璧だ。


「なぁラミィ」

「はいはい」

「この間に逃げようか?」

「いいですよー」

「でもまた狙われるのも嫌だよな」

「ですねぇ。記憶弄ります?」

「そうしようか」


 ぽんぽんと話は進み、二人で逃げることにした。

 駄賃代わりにスーツ男からナイフをいただき、いざその場を離れようとしたとき、ふと思った。


「…俺たちがいなくなったら、この少年少女はどうなると思う?」

「…どうでしょうね。見たところ男の子に魔力はなさそうですし、女の子も魔力量は一般的です」

「なに?一般的?それは"向こう"基準か?」

「はい。それが――ってそうですね。言われてみればそうです」


 ちょうどラミィが記憶操作の魔法をかけようとしていたところで止まった。

 魔力量に関して気になることはあるが、それは後にしよう。


「その話は後でしよう。ラミィ、君に迷惑をかける。いいだろうか?」


 気づかなければそのままにした。けれど気づいてしまった。

 ここはエストリアルじゃない。命の危険に満ちた世界じゃない。俺たちも力をつけた。確かにやることはたくさんある。これからの生活基盤を整えるためにやらなければならないことは多い。

 それでも、今の俺たちには余裕がある。誰かに手を差し伸べるくらいの余裕はあるんだ。


「うふふ、いいですよー。もう、わざわざ了解取らなくていいです。盛護さんがこの二人に目を向けた時点で私も気づきましたから。少しくらい人に目をかけたって罰は当たりませんよ」

「そうだよな。ありがとう」


 俺たちの視線の先には、先ほどから姿勢を変えない少年と少女。

 学校帰りなのか、紺のブレザーにえんじ色のネクタイを締めている少年。少年らしく短い髪は逆立ち、おでこが完全に見えている。なかなか意志の強い目をしている。

 少女の方は一目で外国人とわかる金髪紅眼だ。ルビィのように赤く、だけれど太陽の輝きを見せる瞳が美しい。金色の髪もふわりと輝いていて、お手本のような美少女と言える。しかし、瞳からの力が弱く感じる。

 うちのお姫様をお転婆と表現すると、この子は令嬢とでも言えそうだ。


「じゃあラミィ、ちょっと移動しよう。場所は…ファミレスにでも入るか」

「ファミレス!!」

「…うむ、どうかしたか?」


 唐突に声を大きくされて驚いた。肩がびくりと反応してしまった。


「だってファミレスですよ?ファミリーレストランですよね?よく盛護さんが言っていたあの」

「そう、だな。そうだ。そうか、ラミィはファミレスも初めてなんだよな」


 俺も十年ぶりだが。

 "はいっ"と元気よく頷く恋人に頬を緩め、少年の手を掴んで加速を解く。事前にラミィが拘束魔法をかけておいたので、俺たちの言う通りにしか動かないようになっている。もちろん声も出せない。騒がれるのも面倒なので魔法をかけさせてもらった。こういった部分は何も言わずとも動いてくれるラミシィス、さすが俺のパートナー。

 スーツの男に関しては、記憶を弄って俺たちの姿は忘れてもらった。同時に催眠をかけてお家に帰ってもらったので問題ない。時間稼ぎにはなるだろう。他にも監視はいたが、全部同様に対処させてもらった。


「少年よ、悪いが少し付き合ってもらうぞ。一方的になるが自己紹介からしよう。俺は山川盛護。見ての通り日本人だ。そして彼女が」

「はい、ラミシィス・エステリアと言います」

「俺は彼女のボディーガードをしている」

「え、そうだったんですか?」

「……はぁ」

「え…」


 ぽやぽやした顔で言ってのけたラミィに天を仰いでため息をつく。

 なんでもわかってくれていると思った俺が馬鹿だった。忘れていたよ、このお姉さんは基本ポンコツだったんだ。

 なんとなく少年少女から不審な目を向けられている気がする。気のせいではないか。ただでさえ言葉も出せなくしているのだから、警戒されても仕方ない。


「嘘だ。俺は彼女のボディーガードなんかじゃない。これでも俺たちは婚約者でな。そのうち結婚式を挙げる予定なんだ」

「きゃー!もう人に言っちゃうんですか!?嬉しい、嬉しいですけどちょっと恥ずかしいです!!」

「…と、ラミィはこんな感じの人だ。可愛いだろう?」


 同意を求めるように少年を見ると、こくこく頷いた。先ほどよりも警戒心は薄れたようだ。

 見る目がある少年じゃないか。俺の好感度が上がったぞ。


「それと、もう気づいていると思うが俺たちは魔法使いだ。さっき倒れたのは演技だよ」


 はっ、っとした様子で俺の胸元を見つめる二人。ラミィはさっきから嬉しそうにやんやん腕を振っている。結婚式でも妄想しているのだろう。わかりやすいお姫様だ。

 ラミィに連れられている少女には悪いが、もうしばらくそっちに付き合ってやってくれ。


「本来なら巻き込まれたくなかったからそのまま逃げ出すつもりだったんだが、まあ、なんだ」


 どうにも言いにくいものがある。助けに来てくれた人を見捨てたくなくて手を出した、だなんて言いにくいにもほどがある。こういった話をするのはあまりなかったから、なかなかに照れくさい。


「ふふ、二人とも。盛護さんはですね、わざわざ助けに来てくれたことが嬉しくて、だから見捨てられなかったんですよ。あんまり人助けとかしたことないから照れてるんです。可愛い人ですよねぇ、うふふ」

「ぐ…」


 恥ずかしさが増した。全部言う必要はないだろうラミィ。

 少年少女からの目も妙に優しくなったし、まったく嬉しくない。ただ俺が羞恥心にまみれただけじゃないか。


「すぅ…はぁぁ。よし、話は終わりだ。もうわかっただろう?色々話をするからついてきてもらうぞ。いいな?」


 深呼吸をして気持ちを切り替えた。

 二人に問いかければ、最初の頃とは打って変わって素直に頷いてくれた。警戒心を解いてもらえたのはよかったが、変に距離が縮まってしまった気がする。

 隣と後ろから届く優しい眼差しを見なかったことにして、それでも優しい俺は一番小さい少女に歩調を合わせながらファミレスに向かっていった。

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