13. プロポーズ(仮)と定番魔法

 映画。それは人の心を惹きつける物語。

 映画。それは人の心を引き込む世界。

 映画。それは人の心を動かす魔法。


「思ったより普通でしたねー」

「…そうかい」


 映画を鑑賞し終えた異世界帰りの俺たち。隣を歩くラミシィス・エステリアの要望によって恋愛映画を見ることになった。が、しかし。

 ラミィは泣かず、俺が泣く。強い眼差しを携えて涙を流す、男泣きであった。そんな俺を見つめるラミィが微塵も泣いていないことをよく覚えている。我が婚約者殿は微笑みすら浮かべていた。


「うふふ、盛護さんは可愛いですねぇ。前から思っていましたが、盛護さんって涙もろいですよね。すぐ泣きますし」

「そうだな。俺は弱い生き物だ。だからラミィ、これからもずっと側にいてくれ」

「ぷ、プロポーズですか?」


 話を変えるために言ったことが、俺の意図通りに伝わった。ぱっと隣にいる俺を見る。驚きと期待に満ちた瞳からよく感情が読み取れる。


「ああ。前にも似たような話をしただろう?」


 少しは驚くだろうと思っていたが、予想以上の驚きよう。

 ここまで俺との関係について考えていてくれているとは、男冥利に尽きるというものだろう。


「え、ええ。そうですけど…結局向こうでは結婚式なんてできなかったじゃないですか。それに、ちゃんと日本に、盛護さんの故郷に帰るまではしないって二人で決めましたし」

「そうだ。ラミィ、俺たちは帰ってきたんだよ」


 映画館を出て見える世界は夕日が彩りを加えることで大きく様変わりしていた。眩しかった太陽は消え、綺麗で優しい、だけどどこか寂しさも見せる夕焼け空が視界に広がる。

 まばらになった人影と街の景色から目をそらし、たった一人の恋人を見つめる。


「ラミシィス、君はさっき言ったな。俺たちの子供を作りたいと」

「はい…言いました」


 いつもより緊張しているらしいラミィの肩に手を置き、軽く撫でる。そうすればすぐにリラックスした表情に変わった。

 そう、それでいい。今君が緊張するような話じゃない。もっと気楽にいこう。


「そのとき思ったんだよ。子供は大事だ。将来のことは大事だ。だけど、それ以上に今も大事だって。ラミィ、ちゃんと結婚しよう。まずは結婚式だ。そこから、そこから始めよう。日本での新生活は、恋人じゃない。婚約者でもない。夫婦として、妻と夫として、ちゃんと日本に戸籍を作って一緒に暮らそう」


 魔法さえあれば戸籍なんてどうとでもなる。必要最低限のことくらい魔法で済ませよう。それくらいのわがまま、通させてもらう。


「…えへへ、ずるいですよ。私、全然そんなこと考えてませんでした。そうですよね、ちゃんと夫婦にならないとですね。あぁ、でも」


 嬉しそうに、幸せそうに微笑んでラミィは言う。


「私、ちゃんと結婚式挙げられるんですね。嬉しいです。本当に、ありがとうございます。盛護さん」


 ほんのり目尻に涙をにじませ、心の底から柔らかな笑みを見せる。

 こちらこそありがとうだよ、ラミィ。ここまでついてきてくれてありがとう、一緒にいてくれてありがとう、俺を愛してくれてありがとう。本当、俺の方こそありがとうばかりだ。


「でも、ふふ」

「どうした?」


 改めてお礼を伝えていたら、くすりと笑って言葉を投げかけられた。


「こういうの、向こうだったらいきなり私か盛護さんが刺されたりしてましたよね、きっと。それを考えたら少し笑っちゃいました」

「あー…まあ、そうだな。うん。向こうだったらそうなりそうだ」


 まったく、とことん物騒な世界だったよ。当然刺される前に反撃して血の一滴すら残らないよう消し飛ばしていたが。主にラミィがな。俺の場合刺されても問題ないから意味がない。毒だろうが魔法だろうが魔人には効かないのだ。だてに繰り返し遺伝子取り込んだりナノマシン入っていたり魔法取り込んだりしていない。

 しかし、こちらの世界で同じようなことが起こらないとも限らないか。例えば今――。


「――え?」


 鈍い痛みとともに、胸からやいばが生える。じんわりと赤く滲む色は、わかりやすく命の色を示している。

 どうやら俺は刺されてしまったらしい。


「…ぐぁ」

「わ、わー盛護さーん」


 恋人の気の抜けた声がはっきりと聞こえる。

 生々しい液体の音を響かせながら刃物が引き抜かれ、後ろから蹴りつけられた。相変わらず痛みは薄く、しかし蹴られたために体勢を崩してしまった。地面に倒れる。


「ガードは殺した。対象を連れて引き上げる」


 低い声でよくわからないことを呟く男。倒れながら身体を捻って上手い具合に仰向けになったわけだが、当然知らない男だ。この時間、いてもおかしくないようなグレーのスーツに短い髪。そしてサングラス。

 身長は170中盤といったところだろう。俺より低いな。勝った。


『おい、こいつ俺より小さいぞ。雑魚だ』

『あのですね。いつもそうですけど、身長で勝ち負け判断するのやめましょう?それで何回死にかけたと思っているんですか』

『死にかけてはいないだろう。身体欠損は死ではない』

『はいはい、そうですね。それで?どうするんですか?』


 少し思考速度を早めて思念魔法を使う。エストリアルの魔法使いにとってこれくらい朝飯前である。現実ではスーツ男がのろのろとした動作で携帯をしまっている。スローモーションとは面白い、日本では今こういうものが流行っているのだろうか。

 しかしどうするか…。


『つい流れに乗ってしまったが、ラミィの演技は下手だったな』

『う、し、仕方ないじゃないですか!いきなり盛護さんが刺されるなんて思いませんよ!普通!!というかなんですか?日本ってそんな危ないところなんですか!?』

『いや、どうだろう。母さんはそんなこと一言も言っていなかったが』


 異世界では日常茶飯事でも、日本じゃありえないと思っていた。

 現実はこれだ。普通に争いに巻き込まれた。


『しかもそのナイフ、あれですよねぇ』

『ああ、そうだよな』

『魔法ですねぇ』

『魔法かかってるよなぁ』


 ナイフから感じる魔力的に、かかっている魔法はそう難しいものでもなさそうだが。


『ラミィ、どんな魔法かわかるか?』

『うーん…刃の通りをよくする魔法、ですかね。あと認識誘導魔法です。私が今日使っているものほど強くありませんけど、魔法使いじゃない人にはしっかり効きますね』

『そうか。ありがとう』

『ふふ、どういたしまして』


 魔法ナイフと来たか。これは闇に潜む魔法使いの組織とやらに狙われてしまったパターンだろうか。いやしかし、ラミィの認識誘導魔法を見破ることができる者がいるとは驚いた。


『なぁラミィ。君の魔法を破れる人間がこの世界にいると思うか?』

『え?いないと思いますけど?』


 つい恋人の顔を見てしまった。にこりと笑みが返ってきた。目をそらす。そらした先には相変わらずのろい動きのスーツ男。

 俺やラミィともなると思考加速と同時に身体も素早く動かせるので、常人とは話にならないレベルで戦闘が行える。まあ、エステラの魔法使いは最初に加速魔法を覚えるから、ほとんど全員使えるが。


『言い切るんだな。ならどうしてその男には見破れたんだ?』

『ふふ、見破られてないですよ。その人、たぶん人違いであなたのこと刺したんです。私を誰かと間違えたんじゃないですか?盛護さんはボディガードとでも思われたのかと。だって先ほど"ガード"と言ってましたし』

『そういえばそうだったか。しかし俺の身体を貫通するナイフって、向こうでもそう聞かなかった気がするんだが』

『んー、たぶんですけど、盛護さんの身体がこちらの世界に適合しきれていないんだと思います。明日になればエストリアルにいたときと同じくらい、武器も魔法も弾く変な身体になりますよ』


 魔力適合不足か。なるほど、それなら納得だ。

 俺の身体は様々な魔法や生き物の遺伝子を取り込んでできている。鱗が生えていたり皮膚が特別硬いわけではなく、周囲の環境に対して柔軟に対応しているのだ。それが今回、世界の移動、魔力の変化によって急速な対応を求められた。

 簡単に言うと、今まで「あー、はいはい。これとこれね。高魔力攻撃なら耐性もっと上げるよー」といった緩いノリでいけていたところ、「ばぶばぶぶー!」となってしまったわけだ。なんだこれ。


『つまりあれか。いっきに環境が変わったせいで俺の身体がついていけてなかったってことか』

『ええ、そうです。あと、盛護さん自身が急いでいなかったこともあると思いますけど』

『…そうか』


 病は気からと言うもんな。俺が適合を急いでいなければ身体の方も急がないか。悪かったな、マイボディ。


『身体についてはだいたいわかった。話を戻すぞ。さっき、この世界にラミィの魔法を破れる人はいないと言ったよな。この世界、そんなに魔法のレベルが低いのか?』

『そうですねぇ。魔法の種類によってはわかりませんけど、基本的に世界レベルで魔法最先端だったエストリアルと比べるのは間違いですよ。アースという世界は、盛護さんが考えていたような科学一辺倒ではなかったわけですよね。一応科学と魔法の混合世界だとは思うんです。けど、少なくともこの星、地球の魔法レベルはそこまでじゃありません』

『ふむ、エストリアルの、というよりエステラの魔法使いと地球の魔法使いを比べるとどうだ?』

『んー、エステラの魔法使いが一人で超必殺技の銀河破壊ビームを打つのに対して、地球の魔法使いはみんなで集まって超必殺技の惑星破壊ビーム打つぐらいですかね』


 それは確かに差が大きい。

 あと表現が馬鹿っぽくて可愛い。ラミィらしい可愛さだ。


『単純な威力でそれくらいですし、魔法技術の差も大きいんじゃないですか?地球外にはあんまり魔法の痕跡ありませんからね。地球はもちろん、他の星から魔法使いが出てきている線もないみたいです』

『なるほど、地球の魔法使いはまだ宇宙に出られていないわけか』

『たぶんですけどね。地球を包む隠蔽魔法が惑星外から地球を守るためかもと思いましたけど、実際は魔法が露見しないようにするためなのかなぁ、と、だいたいの予測です。これまでの歴史で魔法使いが迫害にでもあったんじゃないですか?あるあるですね』

『そうかそうか。ちゃんと考えていたんだな。さすがラミィだ。俺のお姫様だ。可愛い、すごい、知的だ。凄腕魔法使いっぽいぞ』

『え、えへへー。褒めても何にも出ませんよ?でも嬉しいです。あとで撫でてくださいっ』

『おう、任せろ。それじゃあ捕まえて前後関係聞き出すぞ。いいよな?』

『はいはーい、私何かしますか?』

『あぁ、通信妨害だけしておいてくれ』

『わかりました―』


 俺の生まれ故郷である地球と、ラミィの生まれ故郷であるエステラ。二つの星の魔法的比較をしてもらったところで、さっさと下手人を捕らえることにした。ぱぱっと終わらせて家に帰ろう。

 加速をある程度落として、男に話しかけようとしたそのとき。


「待てよ!」


 スーツの男とは別の声が耳に届く。

 またか、と思いつつラミィと二人、目を合わせて苦笑いをこぼした。

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