12. 幸福と共に遠き空を想う
「どうですか?似合います?」
目の前の美人が顔を傾けて髪を揺らす。彼女は俺に背中を向けているから、何が変わったのかよくわかる。
今、俺の恋人であるラミシィス・エステリアは髪型を変えた。お手洗いから戻ってきてお披露目タイムだ。なぜ髪型を変えたのか、それは俺がヘアアクセサリーをプレゼントしたから。
「あぁ、似合ってる。綺麗だ。可愛い」
普段は下ろしている髪が後ろで結ばれ、大人ポニーテールとなっている。ダークブラウンの髪に薄いイエローのフラワーアクセがよく映えている。毛先がふわふわしているため、結んだ部分より下がふんわりと柔らかく膨らんでいるようにも見える。
ヘアゴムにフラワーヘアフックをつけることで、普段とはまた違った魅力が現れた。しっかり耳が出ているという点で少し心臓が跳ねてしまったほどだ。
「ふふ、ありがとうございます。盛護さん、本当にありがとうございますね。私、やっぱり盛護さんが大好きです」
「…俺もラミィが好きだよ。ありがとう」
微笑むラミィから目をそらしそうになるが、なんとかこらえてお礼と好意だけ伝える。また顔が熱くなってしまった。
「えへへー、ふふ、盛護さん。次は何を見ます?」
「そうだな…」
現在地が四階で、ファッションから雑貨までは見終えた。時刻は15時を過ぎたところ。
化粧品は三階に置いてあったが、ラミィの"まだ早い"発言によって見ないことに。二階と三階で洋服を見回り、四階で雑貨。五階はレストランフロアとなっているため、寄るかどうか悩む。
「ラミィはどうしたい?休憩したいか?」
「え?うーん、別に休まなくて大丈夫ですよ」
「そうか。なら少し歩こう」
「はーい」
まだまだ元気な様子のラミシィスの姿に頬を緩めながら、駅デパートを出る。向かう先はそう、映画館である。
「なぁラミィ」
「なんですか?」
「これから映画を見ようと思うんだが」
「おー!!何度も盛護さんから聞いてきた映画ですか!」
「そう、その映画だ」
「ふふふー、いいですね、いいですね!何を見るんですか?」
「それは行ってから決めようかと思ってな。まずは映画を見ることについての是非を問おうかと」
「ふふ、堅苦しい言い方しなくていいですよー。私が嫌って言うと思ってたんですか?」
ころころと心地の良い笑い声が耳をくすぐる。
ここで思っていた、と言ったら怒るんだろうな。このお姫様は。まあ言わないんだが。
「思ってはいなかったよ。ただ、日本初めてのデートで映画だと楽しめないんじゃないかと思ってな」
「うふふ、全然楽しめますよ?だって盛護さんとの映画ですから。日本が、と言いますけど、私からしたらこの世界の文化そのものが初めてなんですから全部楽しいに決まってます」
「そうか。それならよかった。一緒に映画を見よう」
「ふふ、楽しみましょうね」
天使、いや女神の微笑みと共に慈しみあふれる言葉をもらった。
これはもう、心温まるハートフルムービーを見るしかない。頼むぞ現代の日本の映画。いい映画を放映していてくれ。
「あ、盛護さん。さっき買ったスマートフォンで映画とか調べられないんですか?」
「おお。そういえばそんなものもあったな」
すっかり忘れていた。
ラミィの言葉に従って鞄から携帯を取り出す。おぼつかない指使いでインターネットに接続し、現在地の映画館を調べる。上映作品を見ると、それなりに種類はあるらしい。
「どうですか?」
「割と多いぞ」
すーっと俺の肩に顎を乗せる形で密着してきたラミィに携帯の画面を見せる。
鼻孔に広がるシャンプーの香りが良い。
以前の俺だったら、こうしたスキンシップで動揺していただろう。しかし今の俺は違う。この程度で動じることはなくなったのだ。今はただ愛おしさが募るのみである。
「ふむふむ、みたいですねぇ。あ、恋愛。恋愛映画もありますよ」
「恋愛ものが見たいのか?」
「ええ。見たいです」
さくっと告げられた。
このお姫様、案外恋愛脳なのだ。暇さえあればイチャイチャラブラブとしたがるのだよ。やれやれ、困ったものだ。
「今イチャイチャしたいなぁとか考えました?」
「あぁ、考えたぞ」
ちなみに俺も恋愛脳だ。暇さえあればラミィとイチャイチャラブラブすることばかり考えている。やれやれ、どうしようもないなまったく。
「えへへ、じゃあ一緒に恋愛映画見ましょうね。面白くなくても手繋いで見ていれば楽しいはずです」
「そうするか」
話も決まったところで携帯をしまい、恋人らしくイチャイチャラブラブと映画館まで歩いていく。
あぁ、俺たちは今デートをしている。
「ん?どうかしました?」
「いや、俺がどうかしたか?」
「んー…顔がすっごくゆるゆるしちゃってるので、何か楽しいことでも考えたのかと」
「あー…」
見てわかるほどだったか。仕方ない。これは不可抗力というやつだ。
「なんというか、思ったんだよ。こんな穏やかに楽しく、何も気にせずデートを楽しめるのが本当の"デート"なんだな、と」
「あぁ、そういうことですか」
納得したように頷いて、前を見つめながら穏やかに微笑むラミシィス。
恋人に
流れるように歩く人の波。並び立つ建物は太陽の光を反射したガラスがきらきらと輝いている。舗装されたコンクリート道路を走る車に、ガードが作られた歩道。信号や横断歩道できちんと止まる人たちを見れば、皆がルールを守っていることがよくわかる。
空は青く、太陽は明るい。既に夕方が近いとはいえ、まだまだ沈む気配はない。
物音や人の話し声にあふれた景色は、それだけで平和の印だ。
「向こうは危ない場所ばかりでしたからねぇ」
「…それでも俺は好きだよ、エストリアルの、エステラの。ラミィの国のことが」
魔物(魔力を持った動物)との戦争、内紛内戦に国同士の戦争、惑星規模の戦争。戦争が終わったと思いきや犯罪者との争い。落ち着いていられる時間は少なかった。魔法使いの多くに異世界のサンプルである俺の身体を提供し、そのぶん強くなった。誰にも負けない、何にも負けない、強く強く強く、人体実験に改造を重ねて俺は強くなった。
そのおかげでなんとか死なずに今ここにいる。向こうの世界はようやく宇宙統一に進んだところだから、今でも苦労の連続だろう。ラミィの国も争いに巻き込まれて消滅した。文字通り魔法で一息に消し飛ばされた。
そんな争いまみれでお世辞にも平和だとは言えない世界だった。それでも、俺はあの世界が好きだ。
ラミィと出会い、ラミィと絆を育み、友と出会った世界。帰るところを、国を失っても希望の光を目に宿した人々。惑星級の魔法にも負けない魔法植物の生命力。争いに負けず逞しく生きる数多の生物。
俺の第二の故郷と言ってもいいエステラという星。醜いものだけじゃない。たくさんの煌めきにあふれていた。
だから俺は、あの世界、エストリアルがどうしても嫌いになれない。
「ありがとうございます。またいつか、行きましょうね」
「そうだな。いつかきっと」
二度と行けないわけじゃないんだ。単純にエネルギーが足りないだけ。
こちらにも魔法があるなら、そう難しいことじゃないはず。問題は魔法使いだが…。
「ふふ、盛護さんったらもう」
「うお、なんだよ」
頬を手のひらで挟まれた。柔らかい。あと顔が結構近いぞ。
「考えなくていいですよ。いつかの話です。ずっとずーっと先。帰ってきたばかりじゃないですか。今から先のことを考えてどうするんです?私が行きましょうって言ったのは、子供の顔を見せに行くくらいの気持ちだったんですから、もっと楽に構えてください」
「お、おう」
姫。それはそれで別の意味で構えてしまうぞ。
子供って…子供ってお前…いや君か。お前はだめだったなお前は。しかし子供、子供か…。
「…俺ももう25なんだよなぁ」
「私も26なんですから、生活が落ち着いたら子供作りましょうね」
「…大胆なお姫様だなぁ」
「えへへ、褒めても何にも出ませんよー」
笑顔でよくわからない反応をするお姉さんの頭を撫でながら、遠く思っていた案外近い未来を考える。
俺たちの子供は魔法使いになるのだろうか。それとも普通の人間…いや、ないな。俺の身体に遺伝子的変化が起きている時点で普通はありえん。これは大変だぞ。上手くできるかわからん。そうだ、ちゃんと子作りの練習もしておかなくては。
「はは、今日の夜が
「…何かすごくやらしいことを言われた気がしますが、聞かなかったことにします」
「ふ、今日の夜が俄然楽しみになってきたぞ」
「な、なんで言い直すんですか!」
「ははは、照れるラミィを見たかったからだ!」
なぁ、友よ。俺はお前に言った通り、ちゃんと世界に帰ったぞ。ラミィを連れて帰ったぞ。ありがとう。お前のおかげで俺は生きている。もう謝らないって決めたな。だから感謝だけをするよ。ありがとう。いつかまた、お前に挨拶しに行くから。俺たちの子供を連れて行くからさ、それまで待っていてくれ。
「うう、もう!ムードを考えてください!まったく!」
「悪い悪い、夜はちゃんとするから許してくれ」
顔を赤くして照れる恋人をなだめながら広い空を見る。
思い出すのは友の言葉。"幸せになれよ"、いつまでも胸に残っている。今なら胸を張って言える。俺は、俺とラミィは幸せだぞ、幸せになったぞ、と。
向こうで得た亡き親友の笑みを思い浮かべ、軽く苦笑しながら幸せを胸に足を進めていった。
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