11. 魔法のカヌレとプレゼント
「ラミィ、買うならどれがいい?」
「そうですねぇ」
お悩みお姉さん。真剣な表情がグッドだ。
日本観光という名のデートでやってきたデパート。現在地、食べ物エリア。
魔力を輝かせるお菓子屋さんを見つけたところで、特に何かアクションはない。驚きはしたものの、
それに、ここでわざわざ魔法的なものに対して俺たちが動く必要はない。干渉はできるだけしない主義でいくのだよ。
「…この、可愛らしい形のお菓子がいいです」
ちょこんと指差したのは筒型に近い、カップ状のお菓子。名前はカヌレ。透明なケースの表面にきちんと書かれていた。
「カヌレか」
「はい、それです。
「一度だけな。もうほとんど覚えていないが、名前だけ覚えてるよ」
十何年前かに母さんが買ってきてくれたような気がする。なんとなくの記憶。
味はまったく覚えていない。たぶん美味しかったはず。
「そうなんですか。盛護さんのお話は色々聞いてきましたけど、お
「いや、だからほとんど覚えてないと」
「ふふ、なんとなくでいいですよ。なんとなくで」
「む…。それなら美味しい、と思う」
くすりと笑って聞いてくるとは。相変わらず可愛いくらい可愛いな。言葉がおかしくなるくらいに可愛い。
「うふふ、じゃあ買いましょう」
「了解」
お姫様の要望があったので、ショーケースから目を移して店員を見る。日本人らしく黒い髪に黒い瞳の人だ。魔法使いっぽくはないが、意識して魔力感知を行うと薄っすら魔力を感じた。
魔法使いの店員はショートの黒髪が似合う愛嬌のある顔立ちをしている。接客業らしく俺と目が合ってすぐ微笑みを浮かべた。営業スマイルと呼ばれるものだ。
焼き菓子の匂いがとても良い。お腹はいっぱいだというのに、食欲がそそられる。
「すみません、このカヌレください」
「はいっ、カヌレですね。おいくつにしますか?」
「四つ、いや八つください」
「かしこまりましたー!」
テキパキとカヌレを紙のケースに詰めていく。
それを見ながら俺は財布を取り出す。小型の鞄は持ってきて正解だった。財布やら何やらをポケットに入れておくと鬱陶しいのだ。今朝知った。
「ラミィ、ラミィ?…どこ行ったんだよ…」
驚愕の一言に尽きる。
俺のお姫様が後ろからいなくなっていた。ほんの少し目を離した隙に消えた。迷子の迷子のラミシィスさんだ。探さなくては。
「お待たせしましたー。お会計は2200円になります」
「はい」
カヌレを受け取りお会計を済ませ、お釣りを受け取る。"ありがとうございました"の声に会釈を返して、迷子の婚約者を探しに向かう。地球の魔法使いとの接触でなにげに緊張していたが、相手が俺に気づいた様子はなかったので問題はなかった。認識誘導魔法を使っておいてよかったと、改めて思う。
カヌレ入りケースを包む袋は拡張した鞄の中に置いて、内心ほっとしつつ歩きながら思念魔法を使う。
『ラミィ?』
『あ、盛護さん。こんにちは』
『こんにちは』
脳内に直接声が響く。
美人さんの美人な声で挨拶をされて、つい挨拶返しをしてしまった。
『それより君はどこにいるんだ。大丈夫か?一人で平気か?誘拐されていないか?』
心配だ。姫を守らねば。
『うふふ、大丈夫ですよー。子供じゃないんですから平気です。それに誘拐だなんて、ふふ、おばかな盛護さんですね。ちゃんと証拠は残しませんから安心してください』
普段通りの笑みが目に浮かぶ。
"証拠は残さない"などと、物騒なことを言うお姫様だ。そのときは俺も手伝ってやろう。後始末なら任せろ。
『ならいい。しかし早く合流しよう。俺が寂しいぞ』
『あら、ふふ』
「寂しかったですか?」
軽く話をした途端に後ろから声が聞こえた。真後ろ、それもかなり距離が近い。
「あぁ、寂しかった」
嘘でもないのでさっさと本心を伝える。振り返れば案の定楽しそうに笑みを浮かべたラミシィスの姿が。
「ふふ、やっぱり盛護さんには私がついていてあげないとだめですねー」
「そうだな。頼む」
にこにこ笑顔が眩しい。
いつの間に後ろにいただとか、どこに行っていただとか、そういったことよりも重要なことは他にある。
「ラミィ、手を繋ごう」
「いいですよー、はいっ」
今はそう、デートの続きを考えよう。
「さて、と。そろそろラミィのプレゼントを選ぼうか」
いくつかの階を見回って、ある程度デートを楽しんだ後に話を切り出す。現状、一階から上に上がっていくことでファッションフロアを見回ってきた。お姫様が瞳をきらめかせて洋服を見ている中、逐一似合うかどうかの感想を話す最高に楽しい時間だった。
魔法で服を構成している今、服を買うことにオシャレ、デザイン的な意味はない。しかし、本物と魔法由来は手触りや着心地が大きく違うのだ。そのうち金を稼いで上質な服を着てもらおう。
「私はさっきの服でもよかったんですよ?」
「それはそうなんだが、服は俺の金で買ってあげたいんだよ」
「あら、ふふ、それはありがとうございます」
高貴な微笑みが年上を感じさせて照れる。
なぜ洋服にこだわるのかというと、それはラミィがお姫様であることに繋がる。異世界エストリアルで、彼女はお姫様らしくオーダーメイドの服を着ていた。当然高級な素材を使っていて、触り心地も最高だった。まったく不満を言わないラミィだが、着心地について一つも気にしていないということはないだろう。以前と同じような、着ているとリラックスできるような服を渡してあげたい。
結局はただの俺のわがままなわけだが、可愛い彼女の可愛い姿が見たいというのはおかしいことではないだろう。
「…とにかくこの階を見回ろう」
ふ、っと恋人から目をそらしてフロアを眺める。ここは四階。ジャンルとしては雑貨が多いため、プレゼントとしても悪くはないはずだ。
「はいはーいっ」
くすくす笑いながらついてくる。俺の考えていることなどすべてお見通しといった様子だ。
仕方がない。なにせ身も心も、本当にお互いのことを知り尽くしているのだから。
「…んー、雑貨もいいですねぇ。やっぱりエストリアルとは全然違います」
「ああ。向こうの雑貨は魔法が込められているものばかりだったからな」
「はい。種類も多くてほしくなるものばかりです」
「ふ、いいぞ。なんでも買ってやる」
俺の金ではないがな。
「…それ、盛護さんのお金じゃありませんよね?」
「はは、それがどうした?」
「いえ別にー?ちょーっと格好悪いなぁとか考えてませんよ?」
「……本気で金策考えないといけないか」
そんな目と言い方をされたら、真面目に金稼ぎを考えたくなる。
不満と呆れの混じった表情は厳しいよ、ラミシィス。半分冗談とはいえ、俺の心が痛む。調子に乗っている場合ではない。働かなければ。
「ふふ、私も仕事探ししないといけませんね」
「ラミィは働かなくてもいいぞ。家でぐーたらしていてくれ」
「う、恋人の純真な瞳が痛いです。盛護さん、本気で言ってますね」
「ん?あぁ、もちろん」
手に取っていたマグカップを置いて頷く。
本気以外の何物でもない。ラミィには家でごろごろしていてもらおうかと考えていた。お姫様であることもそうだし、単純にここまで苦労してきた彼女に楽をしてもらいたいから。
「うにゃぁ、優しい、優しすぎますよぉ。そんなこと言われたら本当にごろごろしちゃうじゃないですかぁ」
俺に引っ付いて頭をぐいぐい押し付けてくる。指通りの良い髪に手を置き撫でれば、とろりと表情が緩んだ。
「可愛いお姉さんだな。よし、決めた」
周囲に幸せオーラを振りまきながら目的のものを探す。ラミィをくっつけたまま歩くため、少しだけ歩きにくい。しかしこれもまた色々と良いものがあるので問題ない。このお姫様、色々と柔らかいのだ。胸はないのに全身ふにふにしていて触れていると気持ちいい。もち肌とは彼女にこそ似合うのではなかろうか。
「んふー、盛護さん何を探してるんですか?」
「ふふ、君に似合うものさ」
「えー、教えてくださいよぉ」
「もう少しだけ待ってくれ、サプライズというやつだよ」
「うふふ、はーい、わかりました」
ただでさえ可愛い恋人をもっと可愛く彩るものをプレゼントしよう。
彼女のダークブラウンな髪を見ていて思ったよ。今の俺なら最高に似合うものを渡せるとな。なにせ、この俺こそが彼女、ラミシィス・エステリアのことを世界中の誰よりも知り尽くしているのだから。
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