10. 魔法、会話、お菓子

「じゃあねー!お兄ちゃん、お姉ちゃん。また来てね!絶対だからねー!」

「了解、また来るよ」

「ふふ、また二人で来ますねー」


 "妹喫茶いもうときっさとどまれ"の店員妹ルミの見送りを受けながら、ゆるゆると外を歩きだす。

 お腹はいっぱい、気分も最高、いい食事ができた。完璧だ。


「ラミィ、次はどうしようか。時間はまだまだあるぞ」


 腕時計を確認すれば時刻は13時前。今朝母さんから渡された腕時計だが、既に大活躍している。ありがとう母さん。


「んー、どうしましょう。私としても色々なものが揃っている場所でお買い物をしたいのですが」

「なるほど」


 人差し指を唇に当てる考える仕草。ラミィがやると、美人の中に可愛らしさが混在して大きな魅力にしかならない。

 なんでも揃っているところ、と言ったな。このお姫様を連れて行く、というより彼女へのプレゼントと考えたら見た目良さげなものを販売している場所の方がいいだろう。なら決まっている。


「ラミシィス、デパートに行こう」

「え?はい。デパート…前に聞いたショッピングモールと同じものでしたか?あと、どうして本名を?」

「あぁ、似たようなものと考えてくれていい。今度ショッピングモールにも行くから、そのとき比較してくれればいいよ。それと、呼んだことに意味はない。なんとなく呼びたくなっただけだ」

「ふふ、そうなんですね。わかりました」


 今のは二つの意味で"わかりました"だろう。大人っぽい笑みがよく似合っている。身長だけなら俺の方が20cmほど高いが、今のような大人な笑みを見せられると完全にお姉さんでしかない。

 妹喫茶で妹もいいなと思ったのは気の迷いだった。やはりお姉さんこそが俺の心に息づいている。ラミィ、君はお姉さんのままでいてくれ。


「あ、そういえば盛護せいごさん」

「なんだい」


 次の目的地も定まり、駅の方へ足を向けたところで一言。俺への質問か何かがあるらしい。


「さっき会ったルミちゃん、魔法使いですよ」

「…ん?」


 少し意味不明な発言を聞いた。


「さっきのルミちゃん、魔法使いですよ」

「いや、それはわかった」


 繰り返して、という意味で聞いたわけではない。だから困った人を見る目で俺を見るのはやめてくれ。


「ルミが魔法使いだとして、なぜ彼女がそうだと?」

「普通に魔法の痕跡駄々洩れでしたし」

「あ、そう」

「はい、気づきませんでした?」

「まったく」


 アース、というより日本に帰ってきてから一度も魔法の残り香は感じたことがない。自分で魔法を使ったものはともかく、他人の魔法はゼロだ。そもそも魔力を感じ取れないので、わからないのは当然なのだが。


「うーん、結構不便かもしれないですねー」

「そう、かもしれないな」


 むむっと考え込むラミシィス。

 彼女の言う通り、不便なのは確かだ。この世界で俺を狙って魔法攻撃を仕掛けてくるやつがいるとは思えないが、備えておいて損はない。何事も準備が大切なのだ。命大事にで行かねばならない。油断は即、死である。


「あ、ふふ、盛護さん」


 ぱっと顔を明るくさせてラミィが俺を見つめる。

 どうした、そんなに見つめて。名前呼びながら見つめられたら惚れるぞ。


「どうした?そんなに見つめて」

「うふふ、見つめているのはいつものことですよ?」


 つい口が滑ったことに対して、軽くカウンターを受けた。俺は大人なお姉さんの笑みに弱いのだ。


「そうか。ありがとう」

「どういたしまして。それでですね、魔法のことです」

「あぁ、魔法な」


 俺の感知能力が低すぎてやばい、という話だった。


「はい。私、思ったんです」

「そうか」

「感じ取れないなら感じ取れるようにすればいいのだと」

「…うむ」

「それじゃあ少し我慢してくださいね」

「いや待て」

「待ちません」

「落ち着こうラミィ」

「えいっ」

「ぐあああああああああ!!!」




 恋人のラミシィス・エステリアから身体に魔法を打ち込まれ、アースの魔力環境へ強制的に適合させられた。

 似たようなことをこれまでもたくさんされてきたとはいえ、痛いものは痛い。大人げなく声をあげてしまった。認識誘導魔法がなかったら周囲の注目を受けてしまっていただろう。魔法さまさまである。


「この星、こんなにも魔力にあふれていたのか」

「ふふ、だから言ったじゃないですか」

「驚いたよ」


 視界には薄っすら明るく青色の粒子が映る。ふわふわと漂うそれは、異世界エストリアルで"体外魔力"と呼ばれていた。まるで無数のきらめきで世界が輝いているような、そんな景色。


「覚えてるなぁ。俺がエストリアルに飛ばされたとき見える景色に感動したこと」

「ふふ、聞きました聞きました。盛護さんの転移初期は私も知りませんでしたから、聞いてて面白かったです」

「あぁ、ラミィと会ったのは半年後だったな」

「ええ。私の国で…色々あった時期でしたから」

「そうだったな。もう十年前だよ。ラミィ、後悔はないか?」


 歩きながら深く考えずに聞く。答えがわかっていることでも、たまに聞きたくなる。これはきっと、俺が彼女に対する負い目を持っているからだろう。


「いいんです。盛護さん」


 ぎゅっと手を握られて、隣を見る。ラミィは一瞬目を合わせて微笑んでから、手を引っ張るように足を進めた。


「私があなたと選んだ道です。国の再興は兄や姉がやってくれていますし、別にお姫様じゃなくなったって構いません」

「…そうだな」


 いつもと変わらぬトーンで言う。

 終わったことでも、過ぎたことでも、乗り越えたことでも、それでも俺は――。


「――まったく」


 ぐ、っと手を引かれる。俺の前には"しょうがないなぁ"とでも言いたげな表情を見せる彼女がいた。

 考え事に沈んでいた頭がラミィのことでいっぱいになる。


「いつまで経っても変わりませんね、あなたは」

「…悪い」

「いいですよ別に。そういう人だとわかって一緒に行こうと決めたんですから」


 柔らかな笑顔が心を解していく。彼女の言葉そのものもそうだが、何より俺に伝わる表情と体温がすべてを物語っている。


「それに」


 続けて何かを言う前に、言葉を区切って悪戯っぽく笑う。繋いだ手が離れて、軽く跳ねるような仕草で半歩分距離を取った。


「私はあなたにとってのプリンセスであれば、それでいいですから」

「…あぁ」


 これは、まったく。本当にな。ずるいぞ、ラミシィス。


「ははっ」


 空を仰いで小さく笑う。

 あふれそうな気持ちを抑えて、青い空に想いをせる。


「ラミィ」


 彼女の名前を呼ぶ。

 今、俺は誰よりも、何よりも君のことを考えている。


「はいっ」


 嬉しそうに返事をする恋人を見て、改めて思う。


「ありがとう」


 やはり俺は、どうしようもないほど彼女のことが好きらしい。



 心晴れやかに、俺たちカップルは駅に着いた。貝殻のように合わさった手が恋人として、いや愛に生きるものとしてのすべてを表している。


「盛護さん、どこから見ます?」

「そうだなぁ」


 先ほどから頬がゆるゆるとしていて困る。それはそれとして、この駅デパートは大きいから見る場所も多い。レストランはいいにしても、雑貨からファッションフロア、ラミィのためにもお化粧ゾーンは見ていきたい。個人的なことを言えば、総菜フロアで色々買いたいというのもある。


「順にこの階から見ていこう」

「ふふ、はーい」


 楽しそうなラミィを見ていると俺も楽しい。

 二人で笑いながら人の波を抜けて駅直通のデパートに入る。この階は通りすがりの人も多いためお土産が多い。例えばクッキーやケーキ、シュークリームにおにぎり。お弁当類もそれなりにある。お店が小さく乱立していて、通路左右にたくさん並んでいるような状態だ。

 俺の曖昧な記憶よりお店の数が多いようにも思える。昔と今がどうとかはともかく、選択肢が多いのは喜ばしい。


「盛護さん盛護さん。どれを買いましょう?」

「何か食べたいものでもあったのか?」


 金のことは心配いらん。母さんからもらったから大丈夫だ。最悪引き出せばいい。パスワードは…たぶんなんとかなる。それこそ魔法の出番かもしれん。問題はない。


「うーん、食べたいは食べたいんですけど、あんまり入ると思えないんですよね。さっき食べたオムライス、結構大きかったじゃないですか?」

「そうだったな。なら持ち帰りはどうだ?」

「そうなるんですよねー。でも全部買うわけにもいきませんし、迷います」


 真剣な顔でお店を吟味している。可愛い。

 ラミィは基本的に甘いもの全般が好きだから、洋菓子でも和菓子でも気に入るとは思う。俺はラミィが好きなものならなんでも好きだから参考にならないし、ここで聞かれることも。


「盛護さんは何がいいと思います?」


 ないと思ったが普通に聞かれた。

 このプリンセス、思考の裏を読むとはさすがだ。


「十年ぶりだからほぼすべて知らない製品ばかりだぞ。似たようなものは食べたことあっても同じではないし、それでもいいか?」

「いいですよ。盛護さんの好きそうなものでいいので」

「そうか。なら…」


 ここは洋菓子で行こう。タルトの気分だ。


「帰りにタルトを買おう」

「あら、タルトですか?」


 ラミィもご存知タルト。向こうの世界にも同じ名前でタルトが存在していた。厳密にいうとタルトゥになるからあれだが、同じでいいのだ。


「ふむふむ、タルトですか。…いいですね。認めてあげます」

「おお、ありがとう姫君」

「ふふ、おふざけはいりません。行きますよ?」

「ああ、わかった」


 "おふざけはいらない"などと、それこそ本物の姫君じゃないか。そんな言葉は飲み込んで一緒に歩いていく。別に買うものは一つと絞るわけでもないので、ラミィの買いたいものがあればその都度買う形だ。


「ん、あれを買いたいです」


 早速何かをご所望ときたので、ラミィの視線の先を見る。そこには綺麗な青い輝きを見せる焼き菓子が並んだお店があった。


「…そうきたかぁ」

「はい。そうきちゃいました」


 "青い輝き"、それはつまり魔力の光。

 可愛らしく答えるラミィは置いておいて、要は魔法のこもったお菓子である。

 魔力を感知できるようになってすぐ、山川盛護、日本にて初めての現地魔法発見であった。

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