9. "妹喫茶とどまれ"

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、どう?美味しいかな?」

「ふふ、とても美味しいですよ。ありがとうございます」

「…うむ」


 "お姉ちゃん、大好き"とタルタルソースで描かれたオムライスを口に運ぶ女一人。テーブル席に着く女の正面に座る男もまた、似たようなオムライスを口にしている。男のオムライスには"お兄ちゃん、頑張って!"と書かれていた。 この男女、山川盛護おれとラミシィス・エステリアである。

 俺は"大好き"じゃないのな。解せぬ。にしてもオムライスが美味い。しかし、まったくどうしてこうなったのか。


「もー、お兄ちゃん反応薄いよー。ほんとに美味しいって思ってるぅ?」

「あ、あぁ。美味しいよ。うん、ありがとう」


 テーブルのそばで腰をかがめながら言う女店員に感謝を伝え、軽く笑顔を作る。

 にこにこ顔のラミィとは違い、完全に作り笑いだ。下手をすると苦笑いにすらなっているかもしれない。


「あはは、それならよかった。うんうん。お兄ちゃん身体大きいからちゃんと食べないとだめだからねー」


 俺(185cm)より小さく、ラミィ(165cm)よりも小さい。身長150cm程度と見える女店員は、ニックネーム"ルミ"。制服は淡い水色や桃色を基調として可愛らしく、それに伴うように可愛らしい顔立ちをしている。

 ポニーテールの髪が妹らしさの演出に一役買っているかもしれない。

 そう、俺たちがいるこの店、通称つうしょういもうと喫茶きっさである。



 ◇



 意気揚々とユルミナカメラを出た俺たちは、街中で立ち止まっていた。誰かに呼び止められたとか、何か事故が起きたとか、そういうことではない。

 単純にラミィが一つの看板に目を奪われたのだ。

 看板名称"いもうと喫茶きっさとどまれ"。


「ラミィ、君はあれに行きたいのか」

「え?はい。行きたいですけど、喫茶は…お茶屋さんですよね?」


 むぅ、と複雑そうな顔をして言う。

 これは認識の差というやつだろう。彼女にとって喫茶=お茶屋となっている。ある程度向こうの世界にいたときに話してはいたが、細かい部分は伝えていなかった。その弊害へいがいの一つと言える。


「悪いラミィ。喫茶だからといってお茶屋だけではないんだ。店によってはしっかりとした料理を出すところもある。色々あるんだよ」

「あ、そうなんですね。じゃあ盛護さん、あの看板のお店に行ってもいいですか?」

「いいぞ」


 こくこく頷いて聞いてくる恋人にすぐさま答える。

 答えた後に後悔した。俺はいもうと喫茶きっさなどに行ったことがない。年下もそう好きではない。俺は年上が好きなのだ。俺を包み込むような包容力、しかし子供っぽさもあるという二面性。つまりラミィが好きだ。

 後悔を好意に変換しつつも、表情にはまったく出さずラミィについていく。よほど行ってみたかったのか、歩き方がらんらんしている。可愛い。


「ふふ、妹喫茶なんて楽しみですねー。私、弟はいますけど妹はいませんから」

「そうだったな。おま」

「"お前禁止"ですよ?」

「君は女性陣の中だと一番下だったな」


 つい"お前"を口にしてしまいそうになり、振り向いて人差し指を立ててきた恋人に訂正された。

 気を付けよう。たまに出てしまうんだ。それはそれとして、ラミィの国、第三魔法国家エステリアは魔法国らしく王制であった。家族構成が王女三人に王子三人。六人兄弟とは恐れ入る。

 上から男、女、女、男、女、男という順で、ラミィは下から二番目の女の子(26歳)。


「…何か失礼なことを考えました?」

「いや別に。可愛いラミィが可愛かっただけだよ」

「そ、そうですか」


 ほんのり頬を染める。ちょろい。

 近しい関係になって既に何年か。少なくとも五年以上は経っているのに、昔と変わらず照れやすく可愛さが変わらない。


「ラミィ。足が止まっているぞ。行くなら行こう。俺もお腹が空いた」

「は、はい。行きます行きます。すぐ行きましょう」


 照れ隠しでぐいぐい手を引っ張る婚約者に頬を緩めながら、離れないよう早足で進んでいく。

 さて妹喫茶。どのような食事ができるだろうか。やはり俺は、美味しいものをお願いしたいな。



 ◇



 妹らしい妹からもてなしを受け、頼んだオムライスはこれが予想以上に美味しかった。

 この空間、この店員のせいで完全に楽しめるわけではないが、料理に関しては本当に美味しい。さすがオムライス専門店なだけある。

 入ったとき外看板に"妹喫茶いもうときっさとどまれ"と書かれていて、その下にはメニューが載っていた。オリジナリティあふれる創作オムライスの数々だ。実際食べて美味しさがよくわかる。料理は大当たりだった。


「ところでルミさん」

「あは、もう。ルミって呼び捨てでいいって言ったでしょ?お兄ちゃんってほんと丁寧だよねー」

「…ならルミ。一つ聞いてもいいか?」

「ん、いいよー。お兄ちゃんの質問ならなんでも答えちゃう」


 やけに楽しそうなルミ何某へ言葉を投げる。

 この見た目少女な女、距離が近い。物理的ではなく、精神的な意味で。他にも幾人か客が入っているが、それぞれ店員妹の対応が異なっている。おそらく上手く人柄を見極めて口調を選んでいるのだろう。妹喫茶、なかなか侮りがたし。

 というか、店員妹とはなんだ。我ながら意味が分からん。


「そうか。ならルミ、このオムライスを考案した人を教えてくれるか?」

「あ。それ私も知りたいです。どうせなら料理した方に美味しいって伝えたいですね」


 俺に便乗する形で話すラミシィス。にこりと微笑んでなんとも素敵なセリフを吐いてくれた。

 やはり君が天使か。


「んふふー」


 俺たち二人から尋ねられた妹は、にまにまと笑みを浮かべる。これがまた年下っぽさが高い。妹がいたらこのようなイメージなのだろう、というのをそのまま形にしたようだ。


「どうした」

「どうしました?」


 二人で顔を見合わせて、再度ルミに向ける。


「いやいや、さすがあたしだなーって。お兄ちゃんお姉ちゃん、なんとそのオムライス、あたしが作ったのです!」

「ほう」

「おー、すごいですね!ルミちゃんお料理もできたんですか」

「うん。実はできたんだよねー。美味しかったでしょ?」

「はい。とっても」

「ああ、すごく美味い」

「えへへー、どうよどうよ?褒めてくれてもいいんだよ?」


 自慢するように言ってから、今度は照れくさそうにする。

 表情豊かなところはラミィに少し似ているな。そう考えると、ラミィも妹として悪くないんじゃなかろうか。もともと兄と姉がいるわけで、妹であることは疑いようがない。

 それはつまり…俺、妹も悪くないと思うよ。


「褒めると言っても、どうします?チップでもあげましょうか?」

「おいおい、それは違うだろうラミィ」

「あはは、そうだねー。ちょっと違うかな?まあチップはもらうけど」

「そこはもらうのか…」


 いつの間にか手にしていた五百円玉を手渡すお姫様。俺にウインクをしながらも受け取る妹ルミ。

 なんともしたたかな妹だ。


「ふふ、ほんとは普通に言葉で褒めてくれるだけでいいんだよ?あとは、次来たときにあたしのこと呼んでくれたらいいなぁーってくらい。もらえるものはもらっちゃうけどねー」

「なるほど、次か」

「うん。お兄ちゃんたちとはまた会うような気もするし、よかったら呼んでね?はいこれ、あたしの妹カード」


 言いながら俺に渡してきたのは一枚のカード。薄っぺらな紙とは違い、そこそこしっかりした作りをしている。プラスチック加工されているようで、値段も安くはなさそうなもの。

 妹カードという微妙ネーミングについて考えていたら、正面から視線を感じた。


「…むぅ」

「どうしたラミィ」


 我が家のプリンセス。ラミシィスお姉さんが不満そうにむくれて俺を、というか俺の持つ妹カードを見ていた。


「私にはないんですか?そのカード」

「あぁ、そういう…」


 相変わらず超絶可愛いお姫様なだけであったと。


「どうなんだ?ルミ」

「え?うーん。渡してもいいけど、お兄ちゃんたち二人で来るでしょ?絶対恋人同士だもん」

「あー、そうだな」

「ん…そ、そうですね。ええ、恋人同士です!そうでしたね!一緒に来るから大丈夫でした。えへへ、盛護さん。恋人同士ですって!えへへ」


 幸せそうなとろけた笑みがこぼれている。

 あぁ、神よ。なぜ俺の姫様はこんなにも愛おしいのか。これが愛、これぞ愛。

 彼女の笑顔を守ると、俺は今数千回目の誓いを立てた。俺は愛に生きる、愛の戦士だ。

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