8. 携帯やらVRやら
特に問題もなく携帯電話の契約は終わり、最新より少し前の機種を購入した。いわゆる型落ち物だ。
俺が知っている携帯電話は二つ折りの折り畳み式で、下側に数字、上側に画面というものだった。十年前はその折り畳み式携帯すら持っておらず、中学三年生の受験が終わってからもらえる
そして今、念願の携帯電話を手に入れた。
「ふ、これが時代の最先端か」
天(天井)に"それ"を
「型落ちですよね、それ」
「ぬ」
「それにかっつけるのもやめましょう?恥ずかしいです」
「ぐ」
なんて女だ。一言ならず二言までも突っかかってくるとは。
「何を言おうがこの携帯は最新式だぞ。名前からして最新だ。"スマートフォン"と、言うのだよ」
「知っていますよ。私も一緒にいましたし」
「あと、恥ずかしさでいえばさっきのお姫様抱っこの方が恥ずかしいからな」
「ふふ、お姫様抱っこは羞恥心を越えた先にあるんですよ?知らないんですか?」
くすくす笑ってよくわからないことを言うラミシィス。
馬鹿にされている気がすると言うのに、恋人が可愛くて頬が緩む。
「知らないな。それよりラミィ、あとで写真を撮ろう。自撮りとやらができるらしいぞ、このスマートフォンは」
「いいですよ。ばっちり抱き合った写真でも撮りましょう」
「いいな。色々撮ろう。もしかしたら魔法で撮影するより綺麗かもしれないぞ」
「どうでしょう?一長一短がありそうですけどね」
口元に人差し指を当てて会話を続ける。
考えるポーズの可愛さがすごいことになっている。あざとい、しかし可愛い。
「ほら、専用のカメラ?も売っているらしいじゃないですか。さっきお店の人が言っていましたよね?」
「ああ。どうなんだろうな。使ってみないとわからん」
二人で携帯を眺めながら移動する。とりあえずラミィの興味がありそうな音楽機器コーナーにやってきた。
「これは…なんですか?耳当てのようですけれど」
「ヘッドフォンと言う」
「それはわかりますよ。書いてありますし」
「ちなみに後ろの棚のものはイヤフォンと言う」
親指を自分の肩越しに立て、背後の棚を指し示す。
以前の俺はイヤフォンを使っていたような気もする。あまり使う機会がなかったのか、記憶が薄い。残念だ。
「それはわかりませんでしたけど、何に使うんですか?」
「音楽を聴くために使うんだよ」
「ふーん?わざわざ耳に付けるんですね」
「…魔法は目に見えないからなぁ」
テレビのように映像を見せるものや照明器具、調理器具などはエストリアルでもアースでも、そう変わらない。ただ、なんの道具も必要としない場合は、今のように新発見がある。
ラミィにとっては知らないものの知識、俺にとっては科学文明に興味を持つラミィの可愛らしさ。
お互い損のない、良い状況と言える。
「ラミィ、欲しいならプレゼントするぞ」
「え、いりませんよ?」
「そうか?」
「はい。普通に魔法でいいですし、音楽を聴くための機械を別に買わなくちゃいけないんですよね?お金の無駄遣いはだめです」
「そうか…」
「ふふ、ですから、別のプレゼントをお願いします。デートしながら一緒に探しましょう?」
「そうか!」
やっぱり俺の彼女は天使だった。
笑顔が眩しいよ、プリンセス。後光が差しているようだ。
「それで、盛護さんは何か見たいものがありますか?私はどれを見てもわからないものばかりなので、盛護さんの見たいものでいいのですけど」
「そうかぁ…」
「うふふ、もう。さっきから盛護さんってば"そうか"しか言ってませんよ?」
「そうか?」
危なかった。あやうく女神の微笑みに昇天させられるところだった。
「いや悪い。他の言葉が出てこなかったからつい、な。俺の見たいものでよかったか?」
「ふふ、そうですよー」
どうする。家にあるものを見るのもいいが、どうせなら二人で見て楽しいものがいいよな。楽しめる、楽しめる…ゲームはどうだろうか。
「わぁ、これがゲームというものなんですね!すごいです!さすがに魔法とは違う発展してきているだけありますね!!」
「そうだな。俺も驚いているよ」
本当にな。びっくりだ。
「きゃ!わ、わ、盛護さん盛護さん、私今すっごく高いところにいるんですけど、魔法使った方がいいですか?」
「それはやめておいた方がいいと思うぞ」
「魔法もなしにこんなのって、科学ってすごいんですねぇ」
VR(ぶいあーる)眼鏡とやらをかけてわぁわぁ騒いでいるのが、俺の恋人であるラミシィス・エステリア。冷静を装いつつも内心かなり驚いているのが俺、
ゲーム機でプレイするものを想像してゲームコーナーにやってきた俺たちを待っていたのは、なんと不思議眼鏡をかけることで非現実を現実っぽく感じることができるVRであった。
十年という期間で、ゲームもここまで進化するのかと実感してしまう。俺もそのVRやってみたい。早く貸してくれラミィ。
「ふぅ、面白い経験ができました」
「はいっ、ありがとうございましたー。次は彼氏さんがお試しになられますよね?」
「はい、お願いします」
「彼女さんは、VR体験中の人を見てみるのも楽しいと思いますので、じっくり見てみてください」
「ふふ、そうですね。わかりました」
満足そうな顔を見せるラミィとバトンタッチするように入れ替わる。今度は俺がVRを体験する番だ。
「盛護さん、頑張ってください。怖いからって飛んだり跳ねたりしちゃだめですからねー」
「任せろ、華麗にこなしてやる」
恋人からの応援を受け意気込んだはいいものの、店員の"始めますよ"の声を聞いてすぐひゅんっとした。
現状、ユルミナカメラのゲームコーナーでVR体験会に参加中。そして、認識誘導の魔法を使いながらラミィに続いて俺がプレイに至る。
「盛護さん、現実逃避はやめて前に進みましょう。さっきから身動き一つしてないですよ」
「くっ」
認識誘導で"魔法"やらなんやらの会話に違和感がないようにしているのはいいが、普通に飛行魔法を使いたくなってきた。これは飛びたい。危険だ。危険が危ない。頭痛が痛くなってくる。
…よくないな、冷静さを欠いているぞ、俺。
「…ふぅ」
たらりと冷や汗が流れる。息を吐いて汗を拭った。
視界には広い大空。目前には一本の足幅程度の細い道。歩いた先に虹色の玉。たった数メートル。十歩も必要ない距離が遠く感じる。
「盛護さーん、高いところなんていつもは全然平気なのにどうしたんですか?もしかして怖いとかですか?うふふ」
ひどく俺をばかにする声が遠くから聞こえる。風の音に混じって煽られた気がした。
しかし、それを気にする余裕が俺にはない。俺は行かねばならないのだ。
人には、逃げていい時と、逃げてはいけない時がある。今この瞬間は、逃げてはいけない時だ。そう、俺がラミィのために命を懸ける覚悟を決めたときと同じ。
「……なにか、すごくひどいことを思われた気がするのですけれど」
歩き、歩き、歩き。慎重に歩みを進める。吹き付ける風と視界のすべてが恐怖を強くする。あと一歩、もう一歩で手が届く。
「盛護さん」
「ぬあっ!?ああああぁぁぁぁぁ……あ」
「あっ」
ほんの一歩のところで、先ほどまで遠かった声が耳元で聞こえた。そして、その声に驚いた俺は当然のように足を踏み外した。
冷静になって考えてみると、なぜ高いところを歩く程度でこんなにも汗をかいているのかわからなくなった。そもそも、空くらい魔法で飛べるのだから怯える必要などないのだ。
「…ふむ」
「…えへへ」
VR体験コーナーに設置された短い木の板の側で尻餅をつく大男と、ごまかし笑いを浮かべる美人。そして、気まずそうに目をそらす女性店員。
「すみません、ありがとうございました」
「あ、は、はい。ありがとうございましたー!」
そそくさと立ち上がり、店員に礼を言う。そのままラミィを手招きしながら場所を移す。
「ラミィ、俺は怒っている」
「う…ご、ごめんなさい」
しょんぼりと眉を下げて謝るラミシィスお姉さん。相変わらず表情豊かな可愛い人だ。
わざとらしく怒りの声と表情を作ったというのに、まったく気づかないのはラミィの純粋なところだろう。こういうところも好きなのだ。俺は。
「ラミィ、君を許そう」
「…ん、はい」
「許すから、代わりに今日帰ったらいやらしいことをしよう」
「はい…は、はい?」
「よし決まりだ。どうだ?お腹は空いてきたか?」
「え?ええ、少しはですけど…いえ、そうではなくてですね」
「なら食事場所探しと行くか」
困ったようななんとも言えない表情の恋人を連れ、ユルミナカメラを離れる。
次の目的地は
さぁて、帰るのが楽しみになってきたな!
「…別に、やらしいことするのはいいんですけど、もっと雰囲気をですね…もう」
「はは、聞こえてるぞラミィ。夜はちゃんと雰囲気作りするから大丈夫だ。任せておけ」
「あなたの"任せておけ"は信用できないんですっ。まったく…私以外には絶対言っちゃだめですからね?」
「あぁ、大丈夫だよ。それこそ"任せておけ"」
少し拗ねたような、けれど照れ気味な恋人に頬を緩めつつ、伸ばしてきた手に自分の手を重ねながら歩いていく。
この世界初の外食、何を食べるか考えないといけないな。
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