7. お姫様抱っこ
「もう、いつまでもしょげていないでくださいよ。駅に着いたんですよ?元気出してください」
とんとんと背中を優しく叩かれる。
異世界からの日本帰還を果たし、喜び勇んでハッピーデートに繰り出したまではよかった。恋人同士からかったりからかわれたりのやり取りもよかった。幸せ満載の時間は、控えめに見て世界最高だった。
しかし、俺の恋人であるラミシィスの故郷で録音してきた記録は儚く消えてしまった。当のラミシィス本人によって消されてしまい、復元などはできない。
酒酔いラミィなどそうそう見られるものでもない。俺の彼女はあまり酒を飲まないのだ。本当に悔やまれる。軽々しく再生した俺がばかだった。
「…慰めなど
「うーん、慰めなくていいんですか?本当に?」
「慰めを欲する」
「盛護さんは本当に、欲望に正直ですね」
君に言われたくはない。だがその呆れ混じりの眼差しは嫌いじゃない。
「でも正直な人は好きなので、きちんと慰めてあげます」
どのような素敵プレゼントがもらえるのかと期待していたら、すすっと近づいてきておでこにキスをされた。
なんということだ。俺は再び恋に落ちてしまった!
「さあ、行きますよ。案内してくださいな」
瞬きした間に離れてしまった。彼女に笑いかけられて実感できたからか、やけに身体が熱い。これは羞恥心というものだろう。
ふ、この気持ちにも慣れたというものだ。しかし、俺がこれだけ恥ずかしいのによくラミィは平然としているな。…よく見たら顔が赤くなっている。照れているな、さすが可愛い。天使だ。
「わかった、行こう」
照れ隠しか急かしてくる恋人を連れ、家電屋に向かう。わざわざ乗り換えまでしてきた理由がこれだ。さっさと携帯を買ってしまおう。
「あ、盛護さん」
「なんだい」
「お姫様抱っこしましょう?」
「おう…ん?」
「やりました!さあお願いします!」
何も考えず答えたらお姫様抱っこをすることになった。驚愕である。
お姫様抱っこをすること自体は約束だからいいのだよ。個人的にもラミィの幸せそうな顔は見ていて嬉しいから、お姫様抱っこそのものはいいんだ。
ただ、場所が悪い。駅の出入口からお姫様抱っこで移動は注目度が高すぎる。母さんが言っていた、インターネットに投稿され拡散され、最終的に画像を加工されて遊ばれるような人間にはなりたくない。俺は人間ではないが。俺はともかくラミィがそうなったら…いや、顔を俺の方に向けていればそうはならないか。ならいいか。
「任せろ!」
よくラミィがやるように胸を張って言った。ここは自信を持っていかせてもらう。お姫様抱っことはいえ、相手は本物のプリンセスだ。下手なミスは許されない。完璧なお姫様抱っこを演出してみせようじゃないか。
「えへへ、じゃあお願いしますね。えいっ」
「お、っと」
俺が抱きかかえる用意をしたところで、ラミィが正面からジャンプするように抱き着いてくる。そのまま右手は彼女の膝裏に回し、左手でしっかりと背中を支える。ラミィの腕が俺の首に回されて、心地良い匂いが身体を包む。
髪の毛が首にあたって少しくすぐったい。
「きゃー!久しぶりのお姫様抱っこですー!!大好きー!!」
「どさくさに紛れて告白されると反応に困るな。なんにせよ、ラミィが嬉そうでなによりだ」
この笑顔を見るために俺は生きてきたのかもしれない。
「はぁぁ、ふふ、じゃあ歩きましょう?」
「了解、プリンセス」
とろけた様子で息を吐き、歩こうと続けた。歩くのが俺一人であることは置いておくとして、やはり人間からの注目を受けている。何の問題もないがな。
「んふふー、盛護さん」
「なんだい」
「今どこに向かっているんですか?」
「言っていなかったか?」
「はい。さっき聞きそびれました」
「そうか。今は家電屋だ」
「かでん…家電ですか?」
ちらりと横に目を向けると、至近距離にライトブラウンの瞳が輝いていた。艶やかな薄い赤の唇と綺麗な鼻が愛おしい。圧倒的な美人度に比例しないふわふわした表情が心に突き刺さる。
「そう、家電だ。ほら、その大きな建物だよ」
「あ、これですか。ええと…ゆる、みな?」
「ユルミナカメラな」
「ふむふむ、これが家電屋さん。盛護さんのお家にあった機械を売っているんですね」
「そう。なんでもあるぞ。俺も十年前のものしか知らないから、どれほど進化しているのか気になっていたんだ」
「ふふ、じゃあ一緒に見学ですね」
「ああ。ただ先に携帯だけ買うぞ。携帯はわかるよな?」
「あはは、それは私を見くびりすぎというものです。ちゃんとお義母様とお義父様が使っているのを見ましたから大丈夫ですよ」
「なら安心だ」
平和に会話をしながらも足は進み、堂々とした足取りで大型家電量販店、ユルミナカメラに入っていく。
"いらっしゃいませ"の声が途中で切れるのを耳に、一人の店員に歩み寄る。
「おはようございます。少々よろしいでしょうか?」
長身の男がユルミナカメラの男性店員に話しかける。
そのうえ、なんとその男、腕に美女を抱えているではないか。
今は男に抱えられているため全身は見えないが、それでもその美しさは光を放っている。濃いダークブラウンの髪はサテンのように滑らかだ。健康的な肌は髪に合うような濃い肌色をしている。薄紅色の唇は柔らかく、鼻筋は真っ直ぐ通っていて、美の女神を
ちなみに、長身の男とは俺のことである。この間およそ数秒。久々にラミィの素晴らしさを知らしめたくなったのだ。特に意味はない。
「は、はい。何かございましたでしょうか?」
「いえ、携帯コーナーはどこにあるのか知りたくてですね」
「はい、携帯電話のご契約でございますか?」
「そうです」
一瞬で動揺を抑えて冷静に対応してくるのは、さすが店員というところだろうか。
俺だったらラミィが気になってしょうがないと思う。
そのラミィを見たらにっこり微笑まれた。好きだ。
「かしこまりました。それでした、あちらのエスカレーターで二階に上がっていただきまして、右手すぐにございますので、担当の者に契約の旨をお伝えください」
「わかりました。ありがとうございます」
「はい、ありがとうございます。どうぞごゆっくりご覧ください」
丁寧な店員に見送られ、指し示されたエスカレーターまで歩く。
そして恋人をゆっくりと下ろして床に立ってもらう。エスカレーターでお姫様抱っこは危ないので、ここで終わらせてもらった。
「ふぅ、幸せでした」
満足げに息を漏らす。可愛い。
ラミィが幸せで俺も幸せだ。生きててよかった。
「それはよかった。また今度しよう。次は、そうだな。広い場所で二人っきりの時にしようか」
「ふふ、それは楽しみです。とっっても期待しますからね?」
「あぁ、任せておけ」
次がいつになるかはわからない。俺たちがエストリアルにいた頃だったら、それこそ本当に次が来るかどうかわからないときも多かった。しかし、今は違う。俺たちは地球の、俺の故郷である日本にいる。
何回だって二人っきりのデートはできる、何度だってお姫様抱っこはできる。俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。最高の時間を過ごせるよう、俺も頑張ってみようじゃないか。
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