2. 説明と予想外の紹介
◇
色褪せた記憶の中でも、あの日、5月4日だけは鮮明に覚えている。俺が地球から次元移動させられた日だからだ。
「…ちょっと待て盛護。じげん…というのは一次元、二次元、三次元の次元か?」
「あぁ、そうだよ父さん。次元について…そうだな。そこも説明した方がいいか」
「悪い、そこから頼むよ」
この世界、一般的認識だと宇宙の中に地球があるというものだと思う。宇宙は膨張を続けているというが、それは置いておこう。ならその宇宙、外側はどうなっていると思う?
そう、宇宙の外には別の宇宙があるんだ。たくさんの宇宙がシャボン玉のように浮かんでいて、それぞれが大きくなっていく。そうした数え切れないシャボン玉をすべて包んだ袋、のようなものが世界なんだよ。
宇宙が膨らみすぎて、袋がいっぱいになってしまうと思うかもしれない。でも、そうはならないよ。袋、世界の大きさは宇宙一つがいくら大きくなろうとも米粒一つ程度でしかないからな。
スケール順で並べると、日本が地球の中にあり、地球は宇宙の中、宇宙は世界の中にあると、ざっくりこう考えてくれればいい。
「そうなのね…。スケールが大きすぎてイマイチわからないけど、それで次元移動、というものはなんなの?」
「あぁ、うん。今から説明するよ」
今話した宇宙の膨張だけど、ごく
普通だったら、別に接触しても問題はない。ただの小さなアクシデント。外を歩いていて、人とすれ違ったときに服がこすれる程度のことだ。普通だったら、な。
あのとき、刻歴2500年の5月4日は普通じゃなかった。偶然、本当に偶然だ。世界…ああいや、もう一つ世界のことを話しておかないといけなかった。
「世界のこと?」
「そう、世界のこと」
「世界というと、さっき盛護が言ったシャボン玉の袋のことか?」
「そう、その袋のことだよ」
宇宙がたくさんあるのだから、宇宙を包む袋が一つだけとは思わないはず。そう、当然袋、世界もたくさんある。ここで大事なのは、世界ごとに法則性が違うことだ。
俺たちがいる世界、便宜上この世界をアースとしよう。アースには多くの宇宙があるわけで、それぞれ生きている生物や進んでいる技術も違う。ただ、それでも同じ法則で動いていることには変わらない。
どの宇宙も科学技術を基礎としていて、発展した先にあるのは父さん母さんも知っているSFだ。宇宙によっては地球なんか目じゃないほど技術の進んだものもあるらしい。俺も実際に別の宇宙を見てきたわけじゃないから、詳しくは知らないんだ。
とにかく、アースにある宇宙は科学技術がメインなわけだ。
変わってアース以外の世界。それは、さっきも言った通り法則性が大きく違う。どれも宇宙があることには変わりないけれど、内部事情はまったく違う。
例えば、基本的な星の大きさがアースの数十倍から数百倍である世界。実物として神が存在し、星を支配している世界。科学ではなく魔法が発達し、魔法によって宇宙を旅できるほどに発展している世界。
そうした色々な世界の中で、俺がかかわることになった世界がある。
「…つまり盛護は、シャボン玉じゃなくて袋の外に出たってこと?」
「そういうこと」
「そうなのね…」
「そう簡単に袋の外へ出られるものなのか?」
「いや、普通は無理だ。そうなんだよ。普通は無理だったんだ」
あの日、刻歴2500年の5月4日は特別な日だった。
アースの中で二つの宇宙が接触したことに加えて、ある世界で大きなことが行われていた。その世界の名は"エストリアル"。さっき俺が言った、魔法の発達した世界の一つだった。
エストリアルの中で最も発展した宇宙、というより最も発展した星がある。それが"エステラ"。問題は、このエステラで行われた一つの魔法にあった。
俺たちがいる地球は、正直言うと技術力は低い。遠くの星に行くことはできず、俺が話した宇宙や世界のことは何一つ把握できていないはずだから。対してエステラは、宇宙のことも世界のこともある程度わかっていて、接触はできずとも別の宇宙や別の世界を観測することには成功していた。
見て知ることができたら、手を出そうとするのが知的生命体の考えなのだろう。事実、エステラにいる魔法使いたちは手を出そうとした。世界を越えようとした。
「世界を?宇宙じゃなくて?」
「世界なんだよ。どちらにしろ宇宙の外に手を出すんだからってことで、世界越えをしようとしたんだ」
魔法使いたちにとって、同じ法則が働くエストリアルの中は興味が薄かったんだろうな。だから異世界に手を出そうとした。
その記念すべき日が地球で言う刻歴2500年の5月4日。俺の誕生日だった。
エステラでは5月4日が"星の日"と言われていて流星群が一晩中見られるんだよ。この流星群には魔法の世界ならではのエネルギー、魔力が多量に含まれているんだ。エネルギー量で言えば…そうだな。太陽まるまる一つ分でも足りないくらい、といえばいいかもしれない。
それだけのエネルギーがある上に、魔法による力の増幅を行って世界越えをした。しようとした。
まあ普通に失敗に終わったからいいんだけど。でも、失敗したように見えて、ある意味成功していた。世界を越えて何かアクションを取れたわけじゃなかったけれど、世界の袋に小さな穴を開けることには成功していた。しかも、エストリアルに穴を開けるだけじゃなく、近くにあった世界アースにも穴を開けた。
結果、一時的にエストリアルとアースを繋ぐエネルギーの道ができた。
話が戻ってアース。さっき5月4日にアース内の宇宙二つが接触したと言ったと思う。宇宙二つの接触と、世界二つの接続が同時に起きた。そのせいで、接触点にいた生き物がエネルギーの道に放り込まれてしまった。
そう、俺だ。山川盛護が偶然そこにいた。俺と真反対の接触点にも人がいたわけだけど、それは今はいい。
山川盛護という人間が、突然消えたことの理由がこれだ。本当に、ただ運が悪かった。奇跡のような確率で事故に巻き込まれてしまった。現実なんて、そんなものだ。
◇
「すごい話を聞いた気がするけど…でも、盛護が帰ってきてくれてよかった。本当に。それだけで私はもう…十分よ」
「あぁ、そうだな。俺もだ。それだけで十分。帰ってきた。それで十分だ」
「母さん、父さん…」
無駄に長い説明をして、それから返ってきた微笑みに頬が緩む。
あの日に何があったかはだいたい説明できた。あとはエステラに行ってからのことだし、今日はもういいだろう。俺も疲れたし、父さんも母さんも疲れただろうから。家に帰ってこられた、それだけでいいんだ。
ひとしきりゆるりと笑って、ひとまずの話を終えた。
「さて、お話も終わったようですね。それなら私の紹介をしてもらえます?ね、盛護さん」
「「え?」
「…そうきたかぁ」
後ろから聞こえた声に呟く。同時に口角が上がってしまうのを抑えられない。
こちらに来ているとは思っていなかった。"彼女"とはエステラで別れ、来るのは明日になると言っていたから、まさか今日両親に紹介することになるとは想定外。
驚きと、それ以上の喜びで胸が満たされる。
「ふふん、ほら盛護さん。私のこと紹介してくれるってお話だったでしょう?」
椅子に座っている俺の両肩に手を置いて、ぽんぽんと諭してくる。顔を見ずともわかる。今彼女はとても機嫌がいい。
だいたい俺といるときは機嫌がいいわけだが、いつも以上にご機嫌らしい。
「あぁ、わかってるよ。あー…なんていうか、父さん、母さん。この人は俺の…俺の、婚約者なんだ」
ぽけっとした目で彼女を見る両親を前に、椅子から立ち上がって彼女の隣に移動する。
ちらりと横を見れば、嬉しそうな瞳と目が合った。一瞬手を繋がれて、ぱちりとウインクが投げられる。可愛い。惚れ直した。
「ふふ、ご紹介に
堂々と、本物のお姫様に足る立ち振る舞いで挨拶をする。きらきらとした笑顔が眩しい、文字通りパーフェクトプリンセスな彼女だった。
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