3. 甘やかな朝

 異世界エストリアルから俺の故郷、世界アースの地球、日本に帰ってきて一日。家まで着いてある程度両親に話をした後、懐かしさあふれる俺の部屋で眠らせてもらった。

 ぐっすり睡眠を取れて目覚めも良い。さすが現代の布団。惑星エステラの、第三魔法国家"エステリア"にあった布団とは違う。魔法で固さ調節ができる水布団もよかったが、やはりそこそこ固くて柔らかさも兼ね備えたこちらの布団はとても良い。


「う…うぉぉ…」


 身体を起こして、ぐいっと伸ばせば自然と声が漏れた。

 昨日は床に布団を敷いて寝たため、少しだけ身体に違和感がある。向こうエストリアルにいたときもベッドだったから、慣れというものがあるのだろう。

 本来はこの日本の俺の部屋にもベッドはあったのだが、普通にラミィが使ったので俺は床で寝た。

 そのラミィ、俺の彼女婚約者ことラミシィス・エステリアはというと。


「ん…すぅ…」


 すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。もちろんベッドの上で。

 布団はしっかり乾燥機にかけた(母さんがかけてくれた)ため、乾燥剤の匂いはしないはず。ただ、それにしてもよく寝ている。ここまで警戒心がない女性ではなかったはずなのに。俺がそれだけ打ち解けているからだと思うと、それはそれで誇らしいが…。

 彼女を見ていると、本当にいつまでも眺めていたくなる。

 肩甲骨下まで伸ばしたダークブラウンの髪が美しい。色黒で健康的な肌とよく似合う髪色だ。今は下ろされているまぶたの下に、トパーズの橙色を柔らかくしたようなライトブラウンの瞳が隠れている。優しさに満ち、それでいて厳しさも併せ持つ眼差しは目に見えなくてもすぐ思い浮かぶ。それに加えて、二人っきりのときだけ見せる幼さ交じりの甘い表情もよく覚えている。というより、脳裏に焼き付いている。

 まるで本物のお姫様のようだ。


「…ん、ん…」


 つい髪を撫でてしまっていた。俺もそうだが、ラミィも俺のことを心配して気を張っていたのだろう。なにせ十年来の帰宅だ。自分のことではないとはいえ、恋人の、婚約者のこととなれば他人事ひとごとではいられない。

 心優しいラミィなら尚更のことだ。

 労う意味も込めて撫でつけていると、彼女の表情がほんのり緩んだ。


「……」

「……ふむ」


 手触りの良いプリンセスヘアーを撫でながら思う。

 この女、起きたな、と。


「……ん」


 寝たふりを続けているのは可愛いからいいとして、相変わらずごまかすのが下手な人だ。たまに年上であることを忘れてしまう。やけに可愛いから仕方ないか。

 そもそも寝息が聞こえなくなったこともあるし、口元がもにょもにょ動いているのもわかりやすい。どうするか…。

 時刻は朝の7時。父さんと母さんのことだ。この時間にわざわざ起こしに来ることもないだろう。このまま二人っきりの時間を楽しむのも悪くない。完全な意味で気兼ねなく恋人との時間を過ごせるのは初めてなわけだし、それも悪くはない。

 ただ…。ただ、少しこの十年で変わったことを知っておきたいと思う。エストリアルの法則がこちらの世界でどの程度適応されているかも知っておかないといけない。魔法が使えないなら戦闘方針も色々変わってくるから。魔法がなくともそうそう怪我するような身体はしていない…あぁ、そうだ。父さんと母さんに伝え忘れてた。


「…もう」


 小さく聞こえた声に意識を戻す。視線の先には拗ねた表情の恋人が一人。

 俺がベッドに腰掛ける体勢だから、自動的に彼女は見上げるような形になる。頬が薄っすら赤く染まったうえにいじらしい表情は卑怯だと思う。惚れ直した。


「ラミシィス、おはよう」

「盛護さん、おはようございます」


 挨拶を投げれば律儀に返してきた。可愛い。

 さすがにお姫様だっただけあって、その辺の礼儀正しさがきちんとしている。俺だったら寝起きで挨拶されても「おう」程度しか返さないだろう。当然相手がラミィだったら別だが。


「それと…ちゃんと呼んでください」


 可愛らしい恋人を見つめていたら何かしら言われた。

 呼ぶというのは、俺たちが二人でいるときによくあることのアレだ。それなりに付き合いも長いのだから、わからないはずがない。


「あぁ、おはよう。ラミィ」

「ん…えへへ、せいくん、おはようございます」


 単純なことで、呼び方が変わるだけ。俺の場合は普段から愛称で呼んでいたりもするが、ラミィは違う。二人っきりで雰囲気あるときじゃないと"盛くん"とは呼んでくれない。これがまた可愛かったりするのだが、まあいい。

 にっこり笑った恋人の髪を軽くひと撫でし、腰を上げる。


「さあ行こうかラミィ」

「ええ、行きましょう!」


 ずいぶんと楽しそうなラミィと手を繋いで部屋を出る。

 ダークブラウンの髪が揺れていて魅力度が高い。あと寝間着が可愛い…と思ったらいつの間にかブラウスとスカートのシンプルスタイルに変わっていた。


「いやおかしい。ラミィ、今魔法使ったか?」

「え?ええ、使いましたけど」


 "何かご不満が?"とでも言いそうな表情を浮かべる。

 おそらく俺と彼女で考えていることが違う。俺はラミィが魔法を使ったことそのものへの理解が追い付いていない。対してこのプリンセスはきっと。


「お気に召しません?あまりこちらの服装は見ていないので、昨日外を歩いている人を真似たのですけど…。盛護さんが変えたいなら好きなものを教えてくださらないと」


 お、盛護さんに戻ってる。部屋を出たからだな。…そうではない。やはり服装のことを気にしていたか。ラミィ、そこじゃない。魔法のことだよ。


「そこはいい。服は似合っているよ。素敵だ。それより魔法を使ったんだな?というか普通に使えるのか?」


 俺は試していないからわからなかった。普通に使えるならかなり楽になるぞ。本当に色々と。


「んふふー、ありがとうございます。もっと褒めてくださってもいいんですよ?ね?ね?」

「…おー、よしよし。可愛い可愛い。いつも可愛いけど、今日も可愛いよ」

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう?あなたの大好きなラミィさんはとっても可愛いんです」


 むふむふ言って薄い胸を張るお姫様。どうやらまだ心が緩んだままらしい。

 もう敵はいないことだし、いくらでも緩んでくれて構わないが。…個人的にこの可愛さを他に見られたくない独占欲はある。適度にゆるりとしてほしいものだ。


「あぁ、まったくラミィの可愛らしさには勝てないな。また惚れ直したよ」

「うふ、ふふふ。そうですよねー。盛くんがいっぱい私に好き好き言ってくれたんですもんねー。どうですか?今はどれくらい好きですか?」


 呼び方が戻ったな。まだ起きたばかりで頭が回っていないのかもしれない。それか部屋を出たばかりで、俺たち以外の人がいない判断をしたからか。

 どちらにしろラミィが安らぎに安らいでいるのはわかる。この家の中でそう思ってくれただけで俺は十分嬉しいよ。


「どれくらいか。わからないよ。ラミィが俺の隣にいることが当たり前になっているから。いてくれないと困るくらい、これじゃあ答えになっていないか?」

「ん…ま、まあ及第点ですね。私も盛くんが隣にいないと変な感じしますし、同じです」


 調子に乗っていたのが一転、照れりとはにかむラミシィス。可愛い。

 これで年上だと言うのだから、人は見かけでわからないものだ。見た目だとそこまで年下のような感覚はないのに、性格は子供っぽさも大きい。普段が大人なだけあって、その二面性がまた良いんだよ。

 惚れた弱みというやつだろうか。日が経つに連れて彼女に弱くなる自分がいる。


「それじゃあ行こうか。母さんも父さんも起きているだろうし、今日は一日観光しよう」

「ふふ、そうですね。盛くんも十年越しですし、一緒に歩きましょう」


 とりあえず、下に降りて母さんと父さんに話をしよう。二人が仕事なら話は昨日と同じで夜にすればいいし、空いているならラミィには悪いけど観光は後回しだ。

 何があったか言わないといけない。俺もそうだがラミィのことも、な。

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