第7話

窓際に椅子を置いて、彼女はそこで、本を開いた。

淡い金色の髪が陽光に溶け、何処か物憂げな表情を縁取っている。

細い指がページを繰り、伏せられた目がラインをなぞって右へ左へ。落ちてきた前髪を耳にかけなおし、また一ページ。

「お嬢様……お嬢様?」

たった一人の職人であるところの青年が先程から声をかけているが、彼女はそれに気がつかないまま、また一ページ、物語の中へ沈んでいく。

青年の手には、湯気を立てるカップと、大きな瓶に入ったクッキーがあり、時間はちょうど昼下がり、ここで一つ休憩を、と言うところだろうか。

「お嬢様……?」

最後の方などは少し涙ぐみながらページを繰っていた彼女が、何処か晴れやかな表情で本を閉じたところを見計らって、青年は改めて呼びかける。一旦それを無視して、彼女はふぅっと息を吐き、それから、彼に顔を向けた。

「あら、どうかした?」

「お茶にしようかと。お嬢様もいかがですか」

「えぇ、頂くわ」

本を膝の上に置き、少し冷めたカップと大きな瓶を受け取った。青年は丸いテーブルと椅子を運び、ポットを置いた。冷めたカップと瓶を受け取り、代わりに、少し小さな、桜色のカップを差し出す。彼女は、保温されたポットから注がれた琥珀色の液体が満ちる様をじっと見ていた。

「さぁ、どうぞ」

「ありがとう」

そっと摘まみ上げ、まずは香りを。一口含んで、喉へ落として。

「ふふっ、やっぱり貴方のお茶が一番美味しいわ」

「え、そうですか?ありがとうございます」

瓶の蓋を取ると、青年はそのまま手を突っ込んで、二枚取った。一枚はそのまま齧り、もう一枚はカップに浸した。

「あぁ、それはちょっといただけないけれど」

露骨に嫌そうな顔をした彼女に、きょとんと目を見開いて

「そうですか?美味しいんですけどね……」

湿っぽいクッキーを頬張る姿を眺めながら、彼女はパッと表情を変え、さっきまでの、物語に浸っていた時のような、何処か物憂げな、それでいて満ち足りて、なのに寂しさを払えない、そんな目で。

「……?どうかなさいました?」

「え?いいえ。何もないわよ?あ……」

彼女は、空になったカップを差し出して言った。

「おかわり、頂けるかしら?」

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