第6話

いつものカフェの、いつものテラス。

その日、そこに座っていたのは、いつものお嬢さんではなかった。

若い男。身なりはしっかりしている。赤みがかった金髪をぴったりと撫でつけ、硬い面持ちで、対面に座った翁がパフェを平らげるのを待っている。

翁がスプーンをグラスに投げ入れる音が合図だった。


男は、懐から小箱を取り出し、翁の前に置いた。翁はそれをさっと手に取り、蓋の隙間から中を覗いただけで、投げて返してしまった。忌々しげに溜息を漏らしながら。

「贋物じゃ」

「えぇっ、そんなはずはありません、ちゃんと鑑定書もここに……」

「そんな紙切れが役に立つものか!」

男が続けて取り出した書状は見ようともしないで、そのまま突き返す。給仕を呼び止め、紅茶とスコーンを注文した。

「お前は一体私から何を学んだんじゃ。この程度の目利きも出来んとは」

箱を覗き込む男に、吐き捨てるようにそう言うと、翁は前かがみになってさらに続ける。

「良いか、理力結晶はただ純度が高ければ良いと言うものではない。確かに純度が上がるほど透明度も増し、色も鮮やかになる。しかし重要なのはカットじゃ。妙な癖があったり、力のかかった痕があれば、それは全て質を損ねてしまう。表に見えないそれを──」

「あら、おじさま?」

偶然に通りかかったのは、マルテナ嬢だった。熱っぽくかたりはじめた翁を見て、声をかけたのだろうか。

「こちらは?」

「あぁ、これは……」

「甥のミッチェルです。お嬢さん」

男は立ち上がり右手を胸に当て、徒手の礼を取った。騎士の出なのか。マルテナ嬢はそれに、軽く膝を折って答える。

「メディラの次女、マルテナですわ」

「あぁ、貴女が。お噂は聞いています。若くして工房を構えられたとか」

「ふふ、父の気まぐれですわ。おや……」

花のような笑顔に一瞬棘のような鋭さが覗く。さっと箱を手に取り、中の石を摘み上げた。紅く輝く、理力結晶、その原石だった。

「素敵な石ですわね、これ、どこかのバザーへお持ちになりますの?」

「あぁ、いえ、これは、シャーリーズの競売にかける物で……」

「まぁ、そうでしたの……」

さっきまでの笑顔は何処へやら、酷く落胆した顔で石を箱に戻し、男に返してしまった。

「南部で買い付けたものです。組合直取引で、鑑定書もありますから、きっと良い値が付きますよ」

「そう……」

男が差し出した書状に目を通しながら、マルテナ嬢は声を低くして言った。

「……差し出がましいようですけれど、これをシャーリーズへ持ち込むのは、およしになった方がよろしいですわ」

「何故です?これ程の純度でこの大きさなら……」

「鑑定書が偽物ですわ」

書状を丁寧に畳んで、男の胸ポケットに差し入れながら、彼女は畳み掛けるように続ける。

「この石、きっと元は純度の低い、粗石だったんじゃありませんこと?それを濃縮して、還元しているもの。見分けがつかないように、丁寧に割ってありますわ。その角から刃を入れて、ぱきっと」

石を割る、可愛らしい手つき。それを見た翁は破顔一笑、テラスどころか、道行く人々までもがふりかえるほどの大音声で笑うのだ。

「見事じゃお嬢さん。私もそう見ておった」

「あら、おじさまも?ふふ、それは嬉しいですわ」

「どうじゃお嬢さん、もしよかったら、お茶でも飲みながら、この未熟者に一つ目利きを仕込んでやっては貰えんか、一杯ご馳走しよう」

「それは素敵ですわね。でも、今日は人を待たせていますの」

「おぉそうか、それは残念じゃな。またの機会を待つとしよう」

マルテナ嬢はまた軽く膝を折る、清女の礼をとり、足早に街道を行ってしまった。それと入れ替わりに、給仕がトレーを運んできたが、翁はテーブルにコインを投げると、ステッキを手に席を立ってしまう。

「公爵?」

「それはお前が食え。私はもう良い。石は好きに処分しろ。もしその気があるなら、セビンの取引所で、もう一度見て貰え」

不機嫌に去っていく翁を見送る男。背を向けていて顔は見えなかったが、さぞ、酷いものだっただろう。

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