第5話
いつものカフェの、いつものテラス。
いつものように間違って置かれたグラスを、いつものようにそっと取り替える。
翁が瞬く間にクリームのたっぷり詰まったパフェを平らげる様を眺めながら、マルテナ嬢は深いため息を漏らした。頬杖をつき、どこか物憂げな表情。すらりと伸びる脚をふらふらと遊ばせて、またため息。
「……なんじゃお嬢さん、えらく艶っぽいじゃないか」
「私だって、乙女なんですのよ?素敵なあの方を想って、溜息をつくことくらいありますわ」
テーブルに伏せ、また。
淡い金色の髪が肩から流れ落ち、頬にかかる。翁はあからさまにうんざりといった顔をして、空になったグラスを脇に置いた。
「目は利く、腕も立つ、思い切りも良い。こりゃもう乙女というよりおと……!」
軽やかに話す翁の脚を、可愛らしい靴が思い切り踏んづけた。はずみでテーブルが揺れて、グラスがいささか大きな音を立てる。給仕たちがギョッとした顔で振り返るが、翁は一つ咳払いをし、素知らぬ顔で座っている。
「なんですのおじさま。何かおっしゃって?」
伏せたまま、首だけ擡げて翁を睨む。落ちた前髪の隙間から、恐ろしい上目遣いの瞳が刺すようだ。しかし、翁はいささかも動じない。
「いや、なんのなんの、男ならお嬢さんのような娘さんを放ってはおかんじゃろう。しかしそれほどに想われようとすれば、並の者ではあるまい。いったいどんな輩なのかと、気になってのぅ」
食後のコーヒーを味わい、パイプを咥えた。煙を丸く吐き出して遊びながら、マルテナ嬢の言葉をまっているようだ。
「はぁ……あの方は、そういうのではありませんわ……」
一度頬杖をつき、溜息。それから、体を伸ばすように椅子に体重を預け、後ろへ。天を仰ぐように仰け反った首筋はまるで彫刻のように美しい。
「あの方は、穏やかでお優しい方ですの。質素で、素朴で、誠実で……」
また遠い目で溜息を漏らす。
「なるほどのぅ……お嬢さんが夢中になるような者とはちぃと思えんが、まぁ、そういうものなのかのぅ」
「あら、ご不満かしら」
「いやいや!お嬢さんのお眼鏡に叶うなら、さぞや良い男なんじゃろうな」
芝居掛かった仕草で、大袈裟に笑ってみせた翁だったが、急に真顔になって、いいえ、と答えてマルテナ嬢にひどく驚いた様子だった。
「あの方ったら、いつもぼんやりしてらっしゃるの。この間も、私がお願いしたお使いを忘れてお婆さまと話し込んでしまうし、その前なんかは掃除をしながら書を読みふけって、バケツを倒して水浸しにしてしまって……昨日はパンを焦がしてしまったわ」
「……お嬢さん、そういうのが好みじゃったのか」
「えぇ?そんなわけありませんわ。私は、強くて、頼り甲斐のある、素敵な殿方をお待ちしておりますもの」
手を組み、瞳をキラキラさせるマルテナ嬢。翁はもう全くわからないといった顔で、手を上げて給仕を呼んだ。
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