第2話
深夜。
満月が二つ昇る正満月。二重写しの影が、石畳の上を踊るように駆ける。
逃げる影は女のドレス。追う影は男達の怒り肩。歩幅は広く、靴音は高く。翻ったスカートの襞を、パッと散った火炎が浮かび上がらせた。
一瞬身を伏せた男達は女を見失った。一際大きな怒鳴り声が、月を脅かす。
そのせいだろうか、路地に逃げ込んだ女の影が長く伸び、白く輝く石畳の上で手招きをしてしまった。男達は一目散に手を伸ばす。伸ばした。
「ほっほ!こりゃあ随分危ない橋を渡っておるようじゃなぁ。えぇ?」
男の指先を火炎が焼くのと、その手を紳士のステッキが叩くのはほぼ同時だった。
月を背に、しゃんとした紳士のシルエット。左手は腰の後ろに。右手はステッキを油断なく構え、男達の前に立ちはだかる。
「おじさまったら、白々しいわ。貴方が仰ったんですよ?正満月にだけ立つ市があるって」
「ほっほ!嘘は言っておらんじゃろう?」
火炎が男の額をかすめ、ステッキが脇腹を躊躇なく打ち据えた。
「嘘は言っておらんじゃろう?掘り出し物もあったろうに」
摑みかかる男をいなし、殴りかかる男を打ち倒し、また蹴りを浴びせようとする男の足を払い、紳士は女の元へ。
「えぇ確かに嘘ではありませんでしたわ。あんなに危険なところだとは教えてくだしさいませんでしたもの」
「まさか一人で行くとは思わんじゃろう……おじょうさん、あんたも随分生き急いでおるな……」
嘆息し眉間の皺を増やした紳士の肩口を掠めて、火炎が男の鼻頭を焼いた。
「おじさまったら、油断大敵ですわ」
「ほー!人のこと言えた口かぁ?」
路地を回り込んで後背を突いた男の鼻梁を、ステッキが強かに打ち据える。
「ふん、口ほどにもないわい」
あたりには、間の抜けた寝顔を晒す男達。紳士は女の手を取り、来た道を戻る。
「時にお嬢さん、強い男が好みと聞いたが……ワシなんか如何かね。今しがた見せてやったろう?」
「そうですわね……そんな風にひけらかさない方が好みですわ。それに、歳ももう少し近い方がいいわ」
白々しい事を言い合って、互いに歪めた笑顔を交わす。
「なんじゃつれないのぅ。まぁええ、ダンスのパートナーは別の知り合いに頼むとするか」
「まぁ!随分ですこと。でもまぁ、用心棒くらいには使って差し上げてもよろしいわ。おじさまったら腕っ節は確かですもの」
懲りない二人は、また市へ戻って行く。次の目当ては、力か金か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます