6-2 トラップ
「捨て罠、って?」
う~んと唸りつつ思案しているかと見れば、
「ターゲットや時期を限定せず、無効になることも見越して、仕掛けるトラップってとこかな」
「どゆこと? それ」
ことこうしたことには興味深々で、
「そうだね、たとえば落とし文とかさ」
行きずりに何気なく拾ったノートの切れ端にでも、『助けて』なんて尋常ならざる文面が記されてあったら、拾った者はなんらかの行動をとりもするだろう。もしそのまま見過ごされたなら、それはそこでおしまいだが。アクションを起こした者の目につくよう、隅や裏、紙質でもいい、出所を追跡できる痕跡を同時に残しておくとする。すると時にはそれをたどって、獲物は自らやってくる。行動を操られているとは思いもせず、仕掛けた者の手に落ちるのだ。そうして気づいた時にはもう、逃れられない罠に絡めとられているという寸法だ。
使い方次第では、個人を特定しない限定のカテゴリーの人々へ、働きかけることもできる。ネットの書きこみなど、不特定多数へむけて罠を仕掛けることだってある。その気のある者は、これ幸いと乗っかるはずだ。
場合によっては、個人から団体、それこそ政治経済まで動かすメッセージだって発信できるだろう。
「あ、ほら、ガード下とか、公衆便所の落書きとかさ」
メッセージ性強いのあるよね…と、叶馬は的外れなことに感心してしきりと頷く。
「汚ねぇ例えすんなっての」
叶馬の頭をはたいてやろうと、横あいから伸ばした佑の手は、傾げる首の動きですんなりかわされた。
「今回のは、記された文字列を解読するのが、鍵だったんだろうね」
あの手の罠はたいてい、ただそこにあるだけでは無害なのだ。たとえば箱なら蓋を開ける、リボンならば結びめをほどくといった具合に、受ける側が火蓋を切って初めて、効力を発揮する。
「けどさ、それならあれは意味ないじゃん。あんな個人宅の、もう誰も見ないような古文書に挟んで、それってなんの目的があったわけ」
「それは、本当のとこは仕掛けた当人に訊くしかないよね。きっともうこの世の人じゃないだろうけど。なんらかの大きな意図があったり、けっこう無意味だったり。国家的陰謀かもだし、単なる気紛れな暇つぶしだったかもしれない。それこそ昔々の人が未来の誰かに向けて、気の長いいたずらを仕掛けたのかもだよ」
現にこうしておまえは引っかかった…と叶馬にあげつらわれ、佑はもう一度、彼の頭へ素早く手を伸ばした。
「…あ痛っ」
軽くだが今度はうまくヒットした。
だがそんないたずらに仕掛けられた罠くらいで、人は死線をさまようものなのだろうか。
「それはきっと、場所柄のせいでしょ。あそこ、やっぱりすごい吹き溜まってたみたいだしね。
佑が疑問を口にすれば、叶馬はたやすく謎解きをした。
「おまえ、思いこみ激しいタイプだからさ。周囲の状況次第じゃ、あの世くらい拝んじゃうでしょ。今回だってそんな勢いだったんじゃないの」
佑の痛いところを叶馬は指摘する。
(はいはい、あの世じゃないけど、この世の果てくらいまでは、ピクニックに行って帰ってきた気分だし)
そうだ、叶馬の説もごもっともだ。家主が孤独死していた邸宅だと、予備知識を刷りこまれて訪れた現場だった。そんなところで怪奇現象が起こらないわけがないと、はなから佑は思っていた。この世に未練たらたらの有象無象も、佑が自ら必要以上に呼び寄せたとも考えられる。無いものも有ると感じれば、本人にとってはすでにそこに在るものとなる。
「だからさ、清め塩ちゃんと持ってけって、言っといたのにね」
清めの塩が真実、あれやこれやのモノに効力を発揮するわけではない。要は自分の気持ちを改めるためのアイテムだ。
これ以上、叶馬に詳細を求めるのはやぶ蛇のようだった。
ともかくも、叶馬が遺体相手に不埒な行為に及んだ疑いは、これでめでたくきれいに晴れたのだが。同時に、死してなお身をさらってくれるほどに想われている愛の暴走の幻想も、これでついえたわけだ。
普段は隠している本音やら、自分でも気づいていなかった真実やらが垣間見られる臨死体験も、なかなかどうしていい経験だったと思えるのは、こうして復活できたからこそか。
死のむこうがわにある違う生き方(?)も、もしかしたらけっこう悪くないかもしれないと、佑は思う。鉄壁の決意を胸に、大切な人を守り抜く無敵の存在となるのだ。もちろん、今となってはこれは他言無用、己れの胸の内にだけ秘めておくつもりだった。
「そういやさ、アンタ、電話で誰かと、お通夜とか葬儀とかの話してたじゃんか」
「…あぁ、あれ」
ふと思い出し佑が問えば、叶馬はまた呑気に欠伸をもらした。
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