5章

5-1★ この格好って…

「…う~ん、これも、だめ?」

(……?)

 唐突にもごもごと何事か呟き、叶馬とおまは含んでいたたすくを吐き出した。

 下腹へ放り出されたものは唾液で濡れそぼち、くたりと横たわる。佑の渦巻く欲望は、いまだ治まらず宙ぶらりんとなった。

(おい、叶馬? おいって)

 こんな中途半端で唐突に放り出されるのは、佑にしてみればなかなか辛い。最後を迎えることはできないまでも、なんというかこう…、フィニッシュ的な、ナニかがなければ、いかんともしがたい。

「作戦変更かな」

(……はい――?)

 叶馬の言葉も行動も、佑にはまったくもって意味不明だ。

 むんずと伸びた手が、佑の二の腕をつかんだ。

「ちょっと向き入れかえるよ」

(…!)

 肩口から身体を引っくり返されて、今度は腹這いに寝かされた。

 首を背けることができず、佑はまっすぐに正面から顔をタオル地へ押しつけられて突っ伏す。詰まる息はとうにないが、鼻が潰されて痛むのがかなわない。

 それに気づいたか叶馬は佑の頭へ手をやり、一方へ倒すようにして首を傾けてくれた。おかげで佑は背後で動く叶馬を、姿までははっきり捉えられなくとも、視界の端に感じられるようになった。

(アンタ、今日はやけに気がきくな)

 邪険に扱われては、死体としてはもちろん困るのだが。生前の頃よりもかいがいしく世話を焼かれると、なんだか複雑な心境になってくる。

 普段ベッドでの叶馬は、佑の身体を我が物顔で所有物のごとく扱い、体位をかえるくらいでは声かけなんぞしやしない。

「は~い、動かすからね~」

(うわ…っ)

 荷物でも運ぶ口調で言って、腰を両側からつかまれたと思ったとたん、腹這いのまま、佑は無造作に脚方向へ引きずられた。

 叶馬がベッドから降りる影が視界をよぎる。

(おおおおい、痛いって)

 叶馬の唾液でしとどに濡れた前が、バスタオルだかシーツだかの布地を引きずって、こすりつけられる。そこに自身の体重が乗って移動するのだから、たまったものじゃない。

 前言撤回だ、もっと丁寧に優しく扱いやがれ。

 かつて、叶馬と抱きあって日も浅い頃だった。うつ伏せにされるたび、形状を大人めいたものにかえてまだ間もない先端がシーツにこすられて痛むのを、なかなか叶馬に告げられなかったものだ。佑にだって、そんな初心うぶな時期があった。

(くそ、痛いって言ってんじゃん、察しろって)

 今やすっかり佑も成長して、痛いものは痛いとはっきり訴えられる。したくないことはしたくないと、我慢もしない。気持ちよくない時は、さっさとどきやがれこの野郎、だ。

 ――ま、それも、昨夜までの話だが。

 どんな悪態も今となっては届かない。

 叶馬は有無を言えぬ佑を引きずり、腹部をベッドの端へ預けるかたちで脚を下へおろさせた。自重で腰が折れ、手を添えて膝を床へつけさせれば、自ずとベッドのふちに沿って尻ばかりを突き出した体勢となる。両脚の開き具合を整えて、叶馬の前には、無防備な佑の裸の尻が晒された。

 意外だ。叶馬がとらせた体勢に、佑はいささか驚いた。死後硬直にすっかりかたまってしまったとばかり思っていたが、まだこんな柔軟性が自分の身体に残っていたとは。

(この格好って…)

 初めての時、叶馬に無理やりとらされた姿勢と同じだと、佑はふと気づく。

 何気なく思いめぐらせば、当時の記憶がよみがえってきた。

 母屋の居間のちゃぶ台に身体を引き据えられての、初体験だった。

(…うぅ、やなこと思い出しちまったんですけど)

 あの時、頬を硬い天板へ押しつけられてぼんやり眺めていたのは、中断されて台無しになってしまった心づくしの晩餐だった。佑が取り落とし中身をばらまいて畳まで転がった飯茶碗が、なぜだか記憶に焼きついている。ぎしぎしと軋む音を耳にしながら、年代物のちゃぶ台の脚がいつ折れるかと、内心そればかりを佑は気にしていた。

 記憶に蓋をしているせいか、あとは痛い痛い痛い、ひたすら痛いことばかりの初体験だったと覚える。

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