4-3★ 死体としたい?

 そうか、そうだったのか!

 一条の閃光が、雷のようにたすくを貫いた、ような気がした。これは神の啓示か?

 そうか、だからこそ、佑は今こうして生と死の狭間で立ち往生しているわけなのだ。情けなく頼りない叶馬とおまの背後霊だか守護霊だかとなり、彼をバックアップしてやれという、これぞ天の配剤なのだ、きっと。

(叶馬、大丈夫だ)

 佑はすでに叶馬に憑きまとうと決めている。

(心配するな、俺が憑いててやるから)

 叶馬の一生涯を憑いてまわって、いついかなる時もサポートしてやるのだ。今ならば、あの屋敷に吹き溜まっていた元使用人たちの想いの深さもよく分かる。永久に離れられない重さだって理解できる。

 人生は終わっても、佑の愛は終わらない。

 寄ってくる女どもも蹴散らすが、かかる災難だってなぎ倒してやる。どんな脅威もどんと来いだ。もはや佑は無敵だ、すでに死んでいる奴は二度は死なないはずなのだ。

(……あれ、つか、もしか、道ずれってのもありか――?)

 ふと、佑はまたひらめいてしまった。

 そうか、手に手をとってあの世へ駆け落ちもありだ。

(…いや)

 いやいやっ、今のは無しだ。佑にとってあの世とやらは未知なるアウェイだ、危険を犯してまで突き進むメリットはない。黄泉比良坂よもつひらさかが見通しのいい一本道とはかぎらない。

 叶馬には天寿をまっとうしてもらおうと、佑は心を決める。そして叶馬の死したあかつきには、迷わないよう佑が枕辺に立って手を引いてやろう。

(アンタ、その頃はきっとよぼよぼの、本当のジジイかもだし)

 佑はもちろん享年のまま、ぴちぴちの十八歳だ。

 そうして三途の川のほとりで、ふたり一緒に渡し舟に乗ろう。行き先が極楽だろうが地獄だろうが、ふたり一緒ならば問題ない。叶馬を幸せにする自信が、佑にはある。

 よし、数十年にわたる長期計画だ、人生設計に抜かりはない。

(…叶馬?)

 ふと、佑の頬を行きつ戻りつしていた手の平が、思案げに止まった。

「……やっぱり、これはだめかなぁ」

(だめって何が?)

 これとは、なんのことだ?

 叶馬の手の平は、佑の口を覆うようにして唇を軽くなぞり、そのまま留まった。小鼻をくすぐり、滑らせた人差し指の腹で愛しげに唇の合わせ目を確かめる。風呂と含ませてくれた水分で少し潤ったとはいえ、触れられると、かさついているのが佑にも感じられた。

 佑を見つめる叶馬の眼差しが、涙の痕跡を残しながら、深い色を帯びた。

(……あ)

 このシチュエーションを佑はよく知っている。

 手を引くのと入れ替わりにゆっくりとおりてきた今度の口づけは、水を与えるためのものではなかった。

 差し入れられた舌先が、歯列をつるりと舐める。そのまま忍びこみ、前歯の並びの裏をなぞりだす。唇を閉じて拒むことも、舌で押し戻すことも、今の佑にはできない。さりとて応えることも、もちろんできはしない。上顎を舐めくすぐられれば、たまらないもどかしさが、さざなみのように寄せてきた。

 そうする間も叶馬の手の平は休むことなく、佑の腹筋あたりをすべすべと撫でていく。ゆっくりと肋骨を数えるようになぞりあげる。その手つきはすでに、風呂あがりの身体の世話をする類いのものではなくなっていた。叶馬の手がたどる道筋は、佑のよく知る、そう、これは愛撫だ。

 叶馬の言うだめなこれとは、のことだったのか!?

(叶馬…っ、やっぱ、やりやがったっ)

 佑は確信を深めた。間違いない、叶馬は死せる佑をさらってきたのだ。最初からこれが目的だったとは、思いたくないが。いや、そこは考えるのはよそう。

「…佑」

 熱をはらんだ叶馬の声に、ぞくりと佑は心でおののいた。たとえ身動きならずとも、背筋を走る痺れはいつもの甘い衝動だ。脊髄の存在なんて、普段はすっかり忘れているはずなのに、こんな時ばかり意識する。

 胸元へたどりついた叶馬の指先が、円を描きながら佑の乳首へ触れた。

(…っ)

 くっと、親指の腹で左右を押し潰される。

(叶馬っ、だめだって、よせっ)

 だめだ、これはだめだ。これはない。

 乳房もないのに、指を押し当てたまま丸く揺さぶられる。

 前夜までならそれだけで、佑の乳首は仕込まれた条件反射のように、硬くなっていたはずだ。けれど今はなんの反応も示していないことが、佑にも自覚された。それでも、受ける感覚だけはいつもとなんらかわりないのだ。まったく動けないぶん、それはむしろ鮮烈だ。

(早まるなっ、叶馬…っ)

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