4-2 死体は慕い
ひょっとして
佑は防腐剤まみれになって、シール容器へでも密封されるのか。それとも、アルコール漬けか、塩漬けか。よもや天日に干されて干物状態はあるまい。
そうか、てっとり早く冷蔵庫か! いつもたいして食材の入っていない大型冷蔵庫だ。庫内の棚をはずせば、膝を抱えて座らせて、コンパクトな佑ひとりくらいは軽く収容できる。
ぐるぐるとめぐる怪しい想像は留まるところを知らず、佑ははらはらしつつも、叶馬の次の出方をじっと見守るしかない。
「…あ、ちょっと待ってね」
(…!)
不意に叶馬が佑の視界から消えたと思いきや、ひやりと、冷気が傍らから漂ってきた。佑の肩口に、何やら冷たいかたまりが置かれている。
すわ冷蔵庫か! 早合点するも、いくらなんでもここまであの重量を運びはすまい。おそらくドライアイスなどの保冷剤だろう。せっかく湯で温まり少しほぐれた身体だが、また冷やされてしまうのか。また、硬く、何も感じなくなってしまうのだろうか。
(まぁ、それは、仕方ないよな)
あまり考えたくはないが、冷やさなければ腐敗が進むばかりだろう。なにせ佑は死体だ。季節柄、早くしなければすぐにでも腐ってしまう。
しかし、佑の上へ身を乗りだした叶馬に驚く暇もなく。ふたたび佑の唇は塞がれ、冷たい水が口移しに流しこまれた。ひりつく喉をじわりと潤して水分が通ってようやく、自分がひどく渇いていたことに佑は気づいた。
ともあれ口内も喉の粘膜も感覚があるようだ。
(死に水ってやつか、これ)
身近く置かれた冷気の正体は、どうやらミネラルウォーターのペットボトルだったらしい。佑好みにキンとよく冷えている。
「喉渇いてたでしょ、もっと飲む?」
(あぁ、もうカラカラだ)
佑の心の声が通じたかどうかは知らないが。叶馬はもう一口、二口と、佑の唇へ水を運んだ。
自分が思い描いた狂気の行く末を、彼は悔いた。この叶馬にかぎって、何があろうと、佑を傷つけるようなことはしないはずだ。たとえ死体となっても、身も心も、無下には扱わないはず。
(俺も、もっと色々と大事に扱ってやれば、よかったかもだ)
リサイクル品の分別作業中に発見される、かさこそと嫌われものの昆虫の死骸とか。子供の頃に隠れて飼っていた老猫がある朝、目覚めなかったこととか。その猫が咥えてきたトカゲとかも。道端に潰れている蛇やアマガエルの干物でさえ、こうして意識を保っていたかもしれないともっと早く知っていたら、もう少し丁重に接したろうに。
それとも、今の佑のこの状態は、ごく例外的なものなのだろうか。できればそうであってほしい。今まで食してきた焼き魚が心で泣き叫んでいたとは、考えたくない現象だ。
(叶馬…?)
佑の口元からこぼれた水を、叶馬は指でついとぬぐった。
「佑……」
手の平はそのまま頬へ滑り、愛しげに佑の顔の輪郭をたどりだした。髪を梳き、佑の頭を撫でさする。忘れないように、感触を記憶するように。
「佑、大好きだよ。俺はおまえがいなけりゃ、もうだめだ…」
もうひとりじゃだめなんだよ…と、ひどく悲しげな表情に、叶馬は顔を歪めた。
(…叶馬)
はらはらと、叶馬の眼から涙がこぼれだすのを、佑は見た。
声もなくぬぐいもせず、叶馬は佑を撫でつつ、ただ涙を流す。絶叫よりも深い、それは絶望的な悲しみだ。身も世もなく滂沱たる叶馬に、佑の心臓が、動いてやしないはずなのに、きゅうきゅうと切なく痛くなる。叶馬の誰より近くにいながら、何もしてやれないだなんて。
(叶馬、叶馬、叶馬…っ)
過去、最愛の人を失い打ちのめされた叶馬を、佑は見てきた。血しぶく魂が、本当には癒されていないとも知っている。なのに恋人をふたたび亡くす悲しみに、果たして彼はまた耐えられるだろうか。今度こそ、心狂わせどうにかなってしまうのではあるまいか。
こんな叶馬をひとり置いて、佑が逝けるわけがない。
(俺、アンタを、ひとりになんてできないって)
叶馬を残して成仏なんて、できやしない。
(俺はここにいる。ずっとそばにいて、俺がずっとアンタを守るから)
――!
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