4章

4-1 もはや完全にBL

 やわらかいバスタオルに全身をくるみこみ、叶馬とおまは向かいあわせにたすくを抱きかかえた。佑を揺らさぬよう気をつかって、ゆっくりと歩む廊下は薄暗く狭かった。ぎしぎしとここの床も軋んでいるところをみると、かなり年季の入った建物なのだろう。今度こそ、佑は処置室へ運びこまれるのに違いない。

 叶馬の肩にまっすぐ突きだし預けた両腕が、温められたせいか少々柔軟性を取り戻し、ぶらぶらと揺れているのを、佑はぼんやりと眺めた。

(……あれ?)

 伸ばした腕の先で遠ざかる、今いた湯灌場とおぼしき一角を眺めやり、佑はふと違和感を覚えた。内からの外光が漏れるガラス戸は、なんだか見たことがあるような気がする。

叶馬ん家うちの、風呂場のドアと似てなくね?)

 というより、はっきり言ってそっくりだった。むしろどう見てもそのものずばりだ。ガラス部分の下半分を覆う紙は、叶馬が足をぶつけて入ったヒビの保護用に佑が貼ったものと、まったく同じではないか。

 こんなことになる日の前夜も、佑はその風呂で汚れを落とした。もうあがろうとしたところへ乱入してきた叶馬に、不埒なイタズラをしかけられもした現場だ。佑が見間違うはずがなかった。

(ここ、って――…)

 先ほどまではぼうっとしてあまり見えず気づかなかったが。この壁この床あの天井、途中に吊りさがる電灯も、柱に刺さる古釘まで、揺れる視界に映る何もかもが、佑には見覚えのあるものばかりだった。

 こんなにそっくりな場所が、ふたつとあるわけがない。

 信じがたいことだが。

(まさか――…)

 これも見知ったドアを引き開けて、叶馬が佑を運びこんだ部屋は――。首をめぐらして周囲を確かめることはできないけれど、漂う空気だけで佑には分かってしまった。注意深くそっと仰向けに寝かされたベッドが、どこなのかを、佑は確信を持って察した。

(…ちょ、マジっすか)

 もはや疑う余地もない。

(ここ、叶馬の部屋じゃん)

 この天井は、数え切れないほどの夜と朝、佑が見あげた天井だ。時には叶馬の肩ごしに、また時には叶馬の腕を枕にしながら。節目の数も色褪せた箇所も、寸分たがわずそのままだ。高すぎる位置に掲げられたあの壁時計は、佑がこの部屋へ初めて連れこまれた時から、ずっと止まったままだった。

 そう、ここはまぎれもなく叶馬の家わがやの、叶馬の自室だった。

 そして横たえられたこれは、もちろん叶馬のベッドだ。慣れた叶馬の匂いとシーツの肌触りに、佑は包まれた。

(つか、なんで…?)

 佑が運ばれてきたのは、最初から自宅だったのか。とすると、先ほど入れられた湯は、叶馬が疲れを癒し佑が汚れを流す、いつもの浴室だったわけだ。どうりで、使い慣れたシャンプーの香りがしたはずだ。ガラス戸のヒビ割れを覆う紙が、先月のカレンダーだったはずだ。

 しかし、分からない。これはどういうことだ? いったいいつ、家まで連れてこられたのだろうか。

(あれか、あの時か…?)

 通りすがりの元医者だか元看護師だかのモノたちに、くだらない寸劇を耳元で演じられた時だ。ごうごうと走行音らしきものを聞き、運ばれる感覚があった。あの時は、ストレッチャーで医療施設へ運ばれているのだと思っていた。けれどおそらく、あれは自宅へ連れ帰られる車の中だったのだろう。

 先刻まで安置されていた場所は、音の響き具合からして地下にある一室と、佑は考えていた。ならば、病院の霊安室か、それに付随する施設とばかり。

 だがなんのことはない、住み慣れた叶馬の家わがやの佑の部屋だったのだ。

 佑は、この家に住まうと決まって以来、改装した古い蔵を自室として使わせてもらっている。分厚い壁に囲まれて、夏涼しく冬暖かく、なかなか快適だ。佑に近づこうとする人ならぬ不穏なモノも、叶馬が守るこの家のほぼ真ん中に位置するそこまでは、押し入ってはこられない。

 外部から隔絶された蔵の部屋は、音の響きもたしかに地下室と似ていた。

(もしかして、アンタ…)

 やっちまったか叶馬…と、佑は青ざめた――心だけで。

 もしや叶馬は、とんでもないことをしでかしたのではあるまいか?

 遺体としてなんの処置も受けずに自宅へ連れ帰るのは、あまりに不自然だろう。

(ヤバすぎるって、それ)

 たとえ死体になったとしても、俺のものだとさらってもらえるくらいには、叶馬に執着されている自信が、佑にはあった。つい先ほど見せられた叶馬の嘆きようからして、大いにありえることだろう。

「佑…」

(…叶馬)

 タオル片手に、広げたバスタオルの上に寝かした佑の身体を、隅々まで撫でまわす叶馬の眼差しは、そう思ってみるせいかうっとりとし、狂気の色を帯びてやしないか。

(おいっ、おいおいっ、目っ、ヤバいだろその目っ)

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