3章
3-1 遺体といたい?
車に乗せられるとばかり考えていたのだが、
両親の時はどうだったろうかと思い出してみる。たしか病院の霊安室へ黒いスーツの大人たちが現れ、ワゴン車に乗せられた。そのまま直接、葬儀場の控え室へ向かったはずだ。
あの時は、さして親しく付き合ってもいなかった親戚に付き添われ、両親の亡き骸とともに眠れぬ夜を佑は過ごした。場所柄か、蠢くモノたちは引きもきらず佑を訪れ取り囲み、通夜の夜は悪夢のようだった。黙って佇むだけの両親の変わり果てた姿に、それでも一緒に連れて行ってくれと、佑は懇願したものだ。居合わせた親戚連中が、ショックのあまり佑はおかしくなってしまったと、悪意を持って囁きあっていたことを覚えている。 幻も現実もそれら全部を引き受けて、消し去ってくれたのは、弔問に訪れた
もっとも、佑は幼かったので、記憶違いをしているのかもしれない。
「よっこらせ…っと」
(ジジイかよ)
叶馬はいったい、佑をどこへ連れてきたのか。
ごつりと、佑の後頭部で音がした。どこかの壁へでも凭せかけて、佑を座らせたらしい。
(…ちょ、丁寧に扱ってくれ。怪我したらもう、回復しねぇんだからさ)
せわしなく叶馬が立ち居する気配がし、聞き馴染んだ音を佑は拾う。なんだったろう、あぁそうだ、ジーンズのファスナーをおろす音だ、これは。
(おい…?)
佑はどうやら、叶馬に衣服を脱がされているらしい。
(ちょっと待て)
別に今更、裸を見られたからといって、佑はどうということもない。叶馬の前でもすっぽんぽんで踊るくらい、わけないことだ。今までだって、表に裏に好きなように引っくり返されて、アクロバティックに折り曲げられたことだって幾度もあった。佑の身体の届く範囲で、叶馬が触れていない箇所など、考えても思い浮かばないほどだ。
問題はそこではない。
(つか、叶馬が、すんの…?)
古物商許可は無論のこと。叶馬が、他にも色々と免許皆伝なのは耳にしたことがある。だがよもやそこまで専門的な技術を有しているとは、ついぞ聞いたことがない。死者を火葬する日本では欧米にくらべて、エンバーミングの技術は発展していないらしいが。本当に大丈夫なのだろうか。
これはひょっとすると、佑を誰にも触らせたくない…との、困ったわがままではないか? たしかに叶馬ならば、大人げなく言いだしそうだった。
(アンタ、いくらなんでもそれはヤバいって)
佑はそこはかとない不安に駆られた。
死体損壊、死体遺棄、埋葬法違反に――…何やら怪しい聞きかじりの語彙が、佑の脳裏(?)をぐるぐるしだす。
だいたい遺体の防腐処理とはなんぞやと、ふと考える。詳しくは知らないが、日本でも体内に防腐剤などの薬品を入れたりするのだろうか。
(そっか、歴史チャンネルでやってたじゃん)
かつて見たテレビ番組を佑は思いだした。
遺体から血液を抜いたあとは、腹を切り裂いて内臓を取り出すはずだ。それらは専用の壺にそれぞれ封印されて、出番がくるまで安置される。とくに大事なのは心臓だ。脳ミソは単なる廃棄物で、犬に食わせるのだったか? …違うか。そして空っぽになった身体は、形を整えながら、さらしでぐるぐる巻きにする。香水? だか、サラダ油だかは、どの段階で塗るのだったっけ…?
まあいい。
仕上げは黄金のマスクを被せて、金ぴかの棺に入れるのだ。少し間違っているかもだが。そんな具合だったはず。
(…いや、ちょっと違うか)
かなり違う。
ここはもう叶馬を信じるよりないと、佑は覚悟を決めた。叶馬のことだ、佑を悪いようにはしないはずだ。
「どっこいしょ」
(だから、ジジイかよ)
「きれいにしようね、佑」
小さな子供に言い聞かせる口調で言って、叶馬は佑をまた抱きかかえたようだ。
向かう先から、ぱちゃぱちゃと弾ける水音が聞こえている。これも聞き覚えのある音だ。
(…あ、風呂か)
叶馬が引き戸を開けたてした。この施設の戸も建てつけが悪く、床も軋むらしい。水周りはどこも同じだと、佑はなんだか親近感を覚えた。
「うんとこせ」
(だからっ、……もういいや)
たゆたう水音とともに、佑は湯船へ沈められたようだった。
知っている、これはきっと湯灌というやつだ。知識として名称を知っている程度だが、きっとそうに違いない。佑にとっては、もちろんこれも未体験ゾーンだ。
先ほど叶馬が佑を残して一旦立ち去ったのは、この準備のためだったのかもしれない。思えば、遠く聞こえていたざわめきは、風呂に湯を張る時にも似たこの水音だった。最期の寛ぎを、叶馬は佑のために用意してくれていたのだ。
しかし、これはなんとも――…。
(…――あぁ、気持ちい。ちょっと湯ぬるいけど)
…………待て。湯がぬるいだと!?
(――――!)
驚愕に、がばりと佑は起きあがる――ところだった、可能ならば。
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