2-4 遺体はいたい?
先ほどは
(叶馬、俺、これからどうなんの?)
心で問いかけても、だめだ、伝わらない。いくら気になろうと、質問ひとつできやしない。息も視線も助けてと伸ばす手も。叶馬へアプローチする手段のことごとくを、今や佑は失っている。
恋人の特権、目と目で通じ合う…も、瞼すら開けられないのでは、これっぽっちも役に立たない。こんな時のために、生前に一念発起して、テレパシー能力くらい開発しておくべきだったと、すぺくたくるファンタジーに逃げてもみる。
(くそっ、叶馬め)
大切な恋人の考えくらい以心伝心で読みとりやがれと、佑は
「佑、何も心配しなくていいよ」
(…え)
まさか伝わったのか。
「俺がついているからね」
かさこそと耳元でこすれるかすかな音で、叶馬に髪を撫でられていることを、佑は知った。
「具合はどう? どこか痛いとことかある?」
(…はぁ?)
俺は遺体だぞ、痛いわけがあるか! ――と、佑は叫びたかった。
残念ながら、佑の心の声が叶馬へ伝わっていたわけではなさそうだ。
「ふたりで力を合わせれば、きっとなんとかなるはずだからさ」
(なに間抜けなこと言ってんだよ、アンタ)
佑はこれ以上、どんな力も発揮することはできない。ここから叶馬へ声援を送るくらいしか、できそうにない。そんな心の声も、叶馬がここまでトンチンカンでは届かずに終わりそうだ。
「一緒に頑張ろうね」
(だから、頑張りたくてもできないっての)
佑は何をどう頑張ればいいのやら。やはりあれか、テレパシーの開発で以心伝心か。
「ずっとそばにいるよ」
(…アンタ、そりゃ無理だって)
いくら叶馬でも、墓石の下で暮らすわけにはいかないだろう。
だが言葉はたとえ気休めでも、そこまで佑を想ってくれる彼の気持ちに、偽りはないはずだった。
「オレと一緒に行こうね、佑」
(行くって、何処へだ?)
まさか逝くんじゃないよな――?
衣擦れの音が聞こえた。寝かされていたシーツかタオルか何かに、佑の身体は包まれたようだ。叶馬の腕がまわされて、抱きかかえられる気配がする。ギシ…と、叶馬が歩き出したか床板が軋む。
(そっか、遺体の処置は別のとこですんのか)
佑は合点した。葬儀屋の手ではなく叶馬が運んでくれるのか。先ほど出かけていたのは、その手配のためだったのだろうか。
昔から、佑のこととなると些細なことでも、他人任せにしたがらない叶馬だ。
叶馬の心音が聞こえ、彼の胸元に頭を預けていると知れる。叶馬の息づかいも聞こえてくる。
今までもう何度も、佑はこの胸に頬を埋めてきた。時には汗ばんだ裸のまま、こうして叶馬の吐息と鼓動を聞いた。暑苦しいと嫌がる佑を、叶馬は蕩けそうな甘い睦言を囁き抱きしめたものだ。べたべたするのは好かないと、佑はそんな叶馬をいつも押し退けた。
本当は嫌いじゃない。むず痒くなりそうな叶馬のピロートークも。事後、ベッドで甘ったるい時をふたりで過ごすのも。ただ素直になれず、邪険な態度をとっていただけだ。
(ほんとは、大好きだ、アンタとべたべたすんの)
今ならば声を大にして、佑は秘めた胸の内を白状できるのに――声が出ない。
叶馬に抱かれて運ばれるあいだ、佑は、叶馬の吐息と鼓動を聞いていた。これが叶馬の息吹だ。これで聞き納めになるに違いない。今のうちに聞き溜めしておこう。忘れないようしっかりと記憶して、これを子守唄に佑は永い眠りにつこう。
音以外を感じとれないのが、佑はとても残念だった。
胡散臭い笑顔を浮かべて、間延びした呑気な声で佑の名を呼ぶ、叶馬の顔がもう一度見たかった。
せめて体温を感じたかった。叶馬の腕の感触を、抱きしめてくれる力強さを、もっと味わいたかった。
こんなに近くに身を寄せながら、叶馬の胸に頬をすりつけられないのが、とても悔しい。背中へ腕をまわして抱きしめ返せないのが辛い。
アンタはこれからも大丈夫だぞと、根拠のない優しい言葉でもいい、叶馬を慰めてやれないのが、佑は何より心残りだった。
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