2-2 BL展開中

「…――うん、そっか。…そう、今夜がお通夜ね」

 叶馬とおまの声がふたたび聞こえた。誰と話しているのだろうか。どうやら携帯電話で通話中らしい。

 たすくの周囲を歩きながら喋っているのか、声が近くなり遠くなりする。檻の中の動物のようにうろうろと歩きながら話すのは、叶馬が混乱している時の癖だ。

「忙しいところごめんね、ひとまず先に連絡だけでもと思って。…うん、そう、友引はさむからさ、葬儀は明後日になるんだけど」

(葬儀――!?)

 叶馬の会話に、佑はぎくりと身を竦め耳をそばだてた――気持ちとしてはだ。

 通夜だ葬儀だなどと、つまり叶馬は今、佑の葬式の段取りをしているわけか。

(……て、ことは、やっぱ俺は――…)

 死んだ、ということになるのだ。

 ならば今こうして思考している佑は、やはり幽霊なのか。死んだにもかかわらず残留思念となって、身体の中から立ち退かず、しぶとく棲みつづけているのか。たった十八年間で、早くも人生の終焉を迎えてしまったなんて。

 いや、そうか、考えれば別に珍しいことでもなんでもない。我が身の不幸を嘆きかけるのを、佑は思い留まった。もっと若くして死亡する人も、いくらでもいる。佑とて過去、幼い日、両親とともに事故死していたかもしれない身の上なのだ。

(つか、葬儀って、アンタ主催…えっと、喪主なのかよ)

 叶馬は電話を終えたらしく、佑の近くへ戻ってくる足音がした。

「佑、おぉ~い、聞こえてるぅ? 佑ぅ…」

(聞こえてるって、叶馬。情けない声出すなっての)

「聞こえてたら、返事くらいしてよ。ね、佑…?」

(や、だから、返事できねぇし)

 叶馬が深く溜息を吐くのが聞こえる。がっくりと肩を落としうなだれる様子が、目に映るようだ。耳にした信じがたい葬儀云々の会話には、突きつけられた現実に愕然となったが。叶馬のへこたれた様子がどうにも気にかかり、佑には自分の死に浸っている暇もない。

 泣いているのか。ずるずると、叶馬が鼻をすする音がした。

(くそ、しっかりしてくれよ)

 思いのほか情けない恋人に、佑は心の中でエールを送る。

 前々から思っていたが、叶馬という男はいささか打たれ弱い面がある。

 佑など不慮の事故で家族を一気に失ってさえ、こうして雄々しく生きぬいてきたのだ――今はもう生きていないらしいが。

(俺には、アンタしかいないんだかんな。頼むぜ、叶馬)

 俺の葬式を頑張って取り仕切ってくれと、佑から叶馬を励ますとは、なんだか奇妙なことになってしまった。

 しかし、死んでもなおこうして周囲の会話を聞き取れるとは、佑はついぞ知らなかった。

 母親の胎内でもっとも早く発達する感覚器官は、耳だと聞いたことがある。胎児は腹の中から外界の音を聞いているらしい。もしかすると、死亡後も最後まで聴力は残されるものなのか。ならば、霊前で故人に語りかけるのも、まるきり無駄ではないわけだ。

(俺、けっこう平気なのな)

 すでにこの状態に馴染みつつある自分を、佑はふと自覚した。こうなってみると、普段はのほほんと構えているようでいて、叶馬のほうがよほど軟弱だ。

 どのみち佑に今できることは、はっきり言って何ひとつない。万事休す。人事を尽くして天命を待つとはいえ、尽くしたいのは山々だが、やれることがあるとも思えない。ならば、果報は寝て待ての故事に乗っかるしかなかろう。無駄にあがいてみたところで――身体じゃなく精神的に、消耗するだけだ。これも気持ち的に。

 できるならば叶馬にも、佑はそれを伝えてやりたかった。俺のことで取り乱し嘆いてくれるなと。

 予想よりもかなり短い人生ではあったものの、そんなに悪くはなかった。ことに叶馬とともに過ごしたこの数年は、佑には宝物のような日々だった。こうして肉体を離れても覚えているのだから、この先も叶馬のことをたぶんずっと忘れない。心残りがあるとするなら、最後の挨拶も交わすことなく、こんな形で別れなくてはならないことくらいか。

(…まあ、アンタが悲しんでくれんのは、ちょっと…かなり嬉しいけどさ)

 佑の死を悼む叶馬の気配に、彼の心の深みまで自分が居座っているかと思えば、不謹慎にも佑は溢れるような喜びを覚えた。

 すると、死に絶えたはずの脳細胞の一部でも、最期のあがきによみがえったか。

(……心残りが、バイバイだけなんて、……嘘だ、俺――…)

 今までいったい何をしていたのだろうと。不意の後悔が、押し寄せてきた。

 生前、誰よりも叶馬の身近にいながら、佑は心のうちをあまり明かすことはなかった。意地っ張りな性格のせいか気恥ずかしさが先にたち、いつも肝心なところははぐらかしてきた。

 もっと叶馬ときちんと語らって、日々を大切にして生きてくればよかったのに。

 だがまだ遅くないはずだ、佑は死してなおまだここにいる。

 たしかに今の佑は語ることも応えることもできないが、叶馬の話を黙って聞いてやるだけなら、バッチリだ。泣き言を、愚痴を、思い出語りを、何だって文句もいわずに聞いてやれる。

 今ならば、愛についてさえ深く語り合える気がする――心意気の話。

「…悪い、佑。俺ちょっと行ってくるからね」

(……え)

 叶馬と、まだ何も語らっていない。佑はすっかりそのつもりだったのだが。

「すぐ戻るからさ、待ってて」

 佑の耳元で囁くように言いおいて、叶馬の気配は遠ざかった。

(叶馬…)

 どこかも分からない場所にひとり取り残されて、佑の想いは宙ぶらりんとなった。

(…ヤバい、すげぇ切ない……)

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