2章
2-1 これよりBL展開
次の仕事依頼の打ち合わせに、思いのほか時間をとられてしまった。
「…!?」
「また、なんかあったかなぁ、アイツ」
ハンドルを握る手に嫌な汗が滲む。じりじりと迫る焦燥感に似たこの感覚は、ただ事ではない。
理由は知らないが、佑に何かよからぬことが生じるたび、昔からこうして叶馬の心臓は竦みあがる。離れていても近くにいても、それはかわらず起こる現象だ。それこそ、佑に命運を握られている気分にもなる。
佑の身が、案じられた。
予定した時刻よりもかなり遅れて、叶馬がその邸宅へ到着したのは昼近くだった。駆けつけた書斎の奥では、ぐったりと床に横たわる佑がいた。
「……佑?」
力なく伸びた佑のすぐそばには、脚立が倒れたままとなっている。佑はあそこから落ちたのに違いない。
すぐさま駆け寄り脚立を押しやり、叶馬は佑の脇に膝を突いて、まずは目視にて確かめた。ざっと見たところ外傷はないようだが、状況からして頭を打ったかもしれない。首筋を支えて注意深く抱き起こし、膝へかかえた叶馬は、すぐさま佑の異変に気がついた。息づかいが静かすぎる。顔色は紙のように白く、表情も不気味なほど穏やかだ。まるで呼吸さえしていないように見える。
「佑…っ」
叶馬は急いで、佑の口腔へ指を差し入れて舌根沈下を防ぐようにし、心持ち首を反らせ持ち上げてみた。Tシャツの襟ぐりから首筋へ手のひらを当て、確かめる。脈拍は――。
「おい佑! 佑っ!」
再度呼びかけ頬を軽く叩くも、やはり佑は無反応だ。
これは――。
叶馬は顔を近く寄せ、佑の唇へ唇で触れてみた。
〈心肺蘇生を試みるも状況はきわめて深刻です・自発呼吸停止・脈拍読みとれず・血圧不明・意識レベルは最低の6・昏睡状態ですね・自律的恒常性維持能力の回復は認められず〉
説明をする医者の口調は無機質で、どこか上滑りだった。
ストレッチャーか、ごうごうと運ばれている走行音がする。
〈蘇生は限りなく絶望的でしょう・脳死判定に移ります・覚悟しておいてくださいね〉
〈覚悟ってどういうことですか先生・はっきり仰ってください〉
(――ん…?)
佑は聞きとがめた。
何かおかしい。ここは運びこまれた先の、救急病院ではないのだろうか。
〈先生せんせい・急いでください・こちらの患者さんです〉
〈心肺機能の完全停止・瞳孔拡散により対光反射消失・脳幹機能の喪失を確認・生命活動の不可逆的停止を確認・生物学的見解において・つまり・ようするに・・・ですね〉
〈・・・ですか〉
〈ですね〉
〈はい・死んじゃった〉
(…おいっ、人の生死で遊んでんじゃねぇよ!)
声は出ないが、佑は思いっきり叫び怒鳴りつけた――心のうちで。
耳元で楽しげに喋りたてるモノたちが、常駐なのか通りすがりなのかは分からない。ただ、生前の職業は医者か看護師か、医療関係だったのは間違いない。現世を離れてまで職務に忠実なほど洗脳されつくしているだなんて、なかなかのブラックぶりだろう。
〈検査結果が出ました・聞きたぁぁ~いぃぃ~?〉
(…や、そういうのいらねぇから、消えろって)
声のトーンを急に恐ろしげに変調させ迫るのを、佑は一蹴した。
ひやりとした気配が遠ざかる。
〈ではお大事に~〉
〈次の方どぉぞ~〉
並んだ医師と看護師が丁寧に一礼して、透きとおった姿となり、虚空へ溶けていくのが見えた気がした。見えない目に見えざるモノが見えるということは、やはり…。
(俺って、やっぱ死んだのか…?)
佑も、あのモノたちと同類ということか――?
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