1-5 テンプレ展開
古文書の類いは
(にぃ…っこり笑いながら、深く激しく怒るもんな、あの人)
ここは分別の判断も叶馬に丸投げして、棚から取り出し段ボール箱へただ詰めるのみと、佑はひとり決めした。
こちらの空間にも、やはり淀みは吹き溜まり漂っていた。けれどあまりに時代が古いからか、見える姿はすでに人の形を留めていない。ぼんやりとした煙や粘土の塊めいたモノと化している。ここまで古びてしまえば、道端の石ころとたいして違わない。躓けば痛い目をみるものの、避けて通ればまったく害はない。
佑の耳元で何やらぶつぶつと繰り言をはじめるモノもいるにはいたが。かさかさに乾き、語彙も口調も現代とは違いすぎる。古文書と同じく、こちらも佑にはさっぱりだった。むしろ無視をするのも容易い。遠くのラジオから流れ聞こえる、浪曲か外国語とでも考えればいい。
そうして単純作業にひたすら没頭すること、小一時間。
脚立の天辺に爪先立ち、届きそうで届かないぎりぎりの棚へ腕を伸ばしていた時だ。
(…!)
はらりと一片の紙切れが、佑の鼻先を舞った。どこからか入りこむ隙間風に乗り舞い上がるのを、慌ててそちらへ腕を伸ばし、彼はつかみ取った。
(なんだ、これ。まさか護符とか封印とか、呪いとかさ)
このパターンは、何かヤバいものでも剥がれ落ちたかと、佑は紙片を眺めてみた。
お
「イチ、ユウ…」
思わず声に出して読んでみる。
(イッセキ…?
墨書きされた文字のようなものを幾度か目で追い解読を試みるが、よく分からない。たった三文字、いや文字ではないのかもしれない。意味のないただの落書きか。
う~ん…と唸り、何気なく身を反らせて窓からの外光に紙片を透かす。
文字ともつかない意味不明な並びを上から順に指先でたどり、一番下までなぞりおろした刹那だ。
(――!)
ガタリと、脚立が振動した。留め金でも外れたか壊れたか、脚立は大きく傾く。
(やべっ)
身体を反らしていた佑はひとたまりもなく、バランスを崩した。
ぐらりと視界が反転し、天地を見失う。
どん…と、背中から全身へ重低音が伝わった。
ぴりりと、紙片をつかむ指先から静電気のような衝撃が走る。
爪先から脳天を一瞬で貫く、閃光のような感覚を脳髄に感じた。
(……あ…)
紙片をつかんだまま持ち上げていた腕が不意に脱力し、ぱたりと床へ落ちた自覚があった。
(……あぁ、『死』だ)
筆書きが示す意味を、今更だが急に佑は理解した。思考の急激な回転は、まるで命の最期のあがきのようだ、縁起でもない。
一、夕、ヒ――どう見ても「死」だ、これは。
(俺、死ぬのか…?)
「…と、叶馬ぁ……」
呂律の怪しくなった口でなんとか繰ったのは、呼び慣れた男の名だった。
しまった、こいつが最期の言葉だなんて、あまりにも自分が哀れだと、咄嗟に佑は後悔した。
そこから先は、まったく分からない。
(…――俺、死んだのか…?)
目覚めて――正確には覚醒とはほど遠い状態のようであったが。気づいた時にはもう、佑は見えず動けず声も出ず。生死すら不明の状況に置かれていたのだった。
(……つか、まじヤバくね、これって)
佑は気づいてしまった。これは充分すぎるフラグだ、必要な条件を満たしている。死ぬにはなんの支障もないシチュエーションだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます