1-3 アナザーな感じで

 迷路のような邸宅内を迷子になりかけながら、辿り着いた書斎のドアの前に立てば、喧騒は更にを増した。

 こちらのプライベート空間に寄り集まるのは、歴代当主とその縁故たちといったところか。元使用人と違い、遠慮はあまりないらしい。ドアへ手を伸ばしただけで、パチリと見えない手に、たすくは甲をひと叩きされた。彼らにとっては自宅に居つづけているのと変わりないのだから、当然か。むしろ向こうからしてみれば、縁もゆかりもない佑のほうこそ、侵入者であり不審人物となるのだろう。

 ドア口に佇む鎧兜は、室内へ一歩踏みこむなり手にする長槍を突き出してきた。無論、のだ、佑は小傷ひとつ負いはしない。

 まさに骨と皮ばかりとなった老人には薙刀を頭上に振り下ろされ。蝶ネクタイの口髭には背中へピストルを突きつけられた。テレビのニュースでやっていた皇族関係の映像で見たようなドレス姿には、ワイングラスを投げつけられた。

 ここのご先祖たちは、なかなか好戦的な人柄だったようだ。

(…つか、これ心臓に悪ぃって)

 直接的な害はなくとも、脅されれば脊髄反射はいちいち反応し、いい気はしない。

 奥の窓を背にして据えられた重厚な書斎机では、一脚の椅子に四、五人ほどが折り重なって腰掛けていた。いずれも生前は、そこが普段の定位置だったのだろう。血筋の為せるわざか、同じ姿勢で座る姿から同一人物かと、佑には見えたが。

(……ちょ、それやめて)

 うっかりと視線をやりざま、ぴたり重なった胴体はそのままに、腕だけを千手観音めかして左右へ広げられ、軟体動物めいた怪しい動きに威嚇された。恐ろしくはないが、とてつもなく気味が悪い。

 騒々しいモノたちの中、部屋の中央あたりにこちらへ背を向け佇む老人の姿があった。一見ごく普通に思え、これが街角だったなら佑でも、人が立っているとしか思えなかったろう。現代に即した服装からこれが、夏頃にここで亡くなったと聞く主人だろうと、佑は見当をつけた。武器を振りまわす代々のモノとは違う、穏やかな雰囲気だ。

(もしかして、お婿さんだった? とか――…)

 …いや、違ったらしい。

 ぐるり上半身だけで一八〇度振り返るなり、その姿は豹変した。頭からだらだらと表皮が溶けはじめ、白髪をぼとぼと床へ落として頭蓋骨を晒し、目玉、鼻…と次々と崩れ落ちていく。

(…うっわ、けっこうレアじゃん)

 否応なく目を引くなかなか生々しい姿に、無視を決めこむことすらできず、佑は思わず眼を見張り凝視した。

 湿気の多い国とはいえ今年の夏は暑かったのだから、もう少し干からびた姿で登場してほしかったものだ。夏季の孤独死だけは、できればしたくないと思う。本日の昼食をおいしく頂けないことは、これで確定だ。

 老人は手指、足先とすっかり崩れて、服を着た骨格標本のようになると、すぅ…と虚空に消え入った。ふと見やれば、こちらに背を向けて今度は窓辺に佇んでいる。ぐるりと上半身だけが回転し――。佑はもう視線を向けるのをやめた。彼はきっと、このイベントを延々と繰り返すだけなのだろう。

(…ま、立ってるだけなら、いっか)

 かつて公共の図書館を片付けた時と比べれば、まだいいほうか。人の寄る場所には、人ならぬモノも比例して色々と多く通い集まり、騒々しい。そうした場では、虚空を飛び交う残留思念も、眩暈を起こすほど雑多だ。

 その点、個人宅には大抵そこにゆかりあるモノが紐づけされている。時折はやかましいモノや通りすがりもいるが、大多数はそこから離れられずに停滞しているだけだ。その分、陰鬱な姿で佇み、業が深いといえなくもないが。

 係わり合いにならなければ、飛びまわってぶつかり侵入されるより、いきなり脅かされずにすむだけましだった。

(つか、長い一日になりそ)

 とにかく実害のないあれやこれやは意識の片隅へ押しやって、佑は作業を開始した。本日、闘いを挑む相手は、書斎の壁を埋め尽くすおびただしい量の古本だ。まずは段ボール箱を組み立てにかかる。

 イヤホンで耳を塞ぎ、気に入りの音楽をガンガンにかけて、周囲の騒ぎは聞こえないていを装う。そのせいか近頃は難聴ぎみで、これは労災が利くのだろうかなどと、ふと考えたりもする。

(あとで叶馬に訊いてみよっと)

 午前中は用事があると言っていたが、叶馬がやってくるのはいつ頃だろうか。

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