1-2 テンプレ進行

 明治時代に建てられたという古めかしい邸宅は、たすくにとっては写真や映像でしかお目にかかれない類いの白い洋館だった。御影石やら大理石やらの敷かれたアプローチからして、栄華を誇ったのだろう往時を偲ばせる。かなり古びてはいるが、壊して平地に均してしまうには惜しい、瀟洒な佇まいを見せていた。

 それでも経年劣化には抗えず、家主を失って放置された家屋はかなり傷んでいる。住む者もないまま、個人が維持管理していくとなると、たしかに無謀かもしれない。叶馬とおまは惜しんでいたが、取り壊され切り売りされるのも致し方ないと思えた。

 芝生とは名ばかり伸び放題となった下草を踏みしだき、佑は教えられたとおり裏手へまわった。三段ばかり苔むした石段を登り、勝手口のポーチへ踏み入れる。

(……!)

 季節が移ろい、ここのところ朝夕は急速に肌寒く感じられるようになった。この清浄な朝の空気に、だが不穏な色がかすかに混じるのをふと感じた。

(…ま、放置系だしな)

 無人となって無用とされた私邸など、規模に関係なくほとんどはこんなものだ。人の気持ちが離れ出入り口が閉じられれば、空気の流れも淀み、自ずと有象無象が吹き溜まる。

(―――!!)

 勝手口のドアに預かった鍵を差しこんだ途端、佑の全身に電流が走った。小さく青い火花がパチリと散るのに、一旦手を離す。

(……あ、けっこうヤバいかもだ、ここ)


 代々由緒正しき古い家柄というのは、どうやら本当のようだった。

 裏口から立ち入ったにもかかわらず、使用人…もといかつて使用人だったと思われるモノたちが、勢揃いし佑を出迎えてくれた。かみしも姿の家老やら、燕尾服の執事やらが、薄暗い廊下にはずらり整列していた。初めて目の当たり(?)にする本物(?)のメイドも、ここに住まった人々の華やかな在りし日を、佑に彷彿とさせる。

 なるほど、これは――。人気ひとけはまるでないが、人以外の「気」ならば、至るところに溢れかえっている次第か。ここは残留思念の坩堝るつぼだ。

 こうして佇むモノは、無視を決めこみ接触さえしなければ、たいていは実害のない場合が多い。だが視覚に訴えてこられると、インパクトがあるのも確かだ。うっかりと通りかかってしまった凄惨な事故現場の跡など、時折インパクトマックスな姿を無理矢理に目撃させられて、何日か食事がまずくなる。

 これら残留し停滞するモノは、姿や音など現れるタイプのほうが、まだましだ。厄介なのは、見えず聞こえず臭わず、そのくせ自己主張の激しい類いだった。もとより何も無いのだから、無いままにしておればいいものを。そんなモノに限って、佑の内部まで深く潜りこんでこようとする。

 そんな時こそ、叶馬の出番となるのだが。

(…あ、そういや清めの塩、持ってくんの忘れた)

 まあ、しかたない。しばらくすれば叶馬もやってくるだろう。

 清め塩やそこらのお祓いなどより、佑にとっては叶馬の存在こそが、もっとも強力な身の守りとなる。こんな閉じられた民家へ足を踏み入れる時には、彼は欠かせない。佑めがけて寄り集まる有象無象を、そばにいるだけで、なぜか相殺する力を叶馬は持ち合わせている。

 ともあれ、幼い頃から人ならぬモノとの遭遇を繰り返せば、耐性がつくものなのか。今では佑も大抵の衝撃は、無関心を装いやり過ごせる。

(無視むし、とにかく無視。俺はなんにも見ない聞かない喋らない)

 居並ぶモノには目をくれず、素知らぬていで足早に廊下を歩んだ。

 正直、叶馬からの事前説明だけでも、佑は今回いっぱいいっぱいだ。人の死に関してだけは、いまだ胸がざわつき慣れない。

(…てか、ここ重い、想いが重い、まじ重すぎだろっ)

 この家は、吹き溜まっているモノの重さが半端なかった。一極集中する思い入れの強さを、佑はひしひしと肌に感じた。そこに歴史の重みが加わっては、廊下を一歩進むだけでも、地へめりこみそうな重圧が身体に伸しかかってくる。奥へ進めば進むほど、それはいや増す。

 なにしろ居並ぶ元使用人たちは、思いの丈を、勝手気ままに口々に喋りたてているのだ。

〈我が殿におかれましては時の将軍家の覚えもめでたく粉骨砕身にて尽くしまして――〉

 右後方から浪花節語りめいただみ声が朗々と謳えば。

〈昔は良うございました先のお館様の代にはこのお屋敷もそれは華やかで私めも――〉

 左前方でははんなりとした舌足らずがぶつぶつ呟く。

元帥が進駐の折には当家のご主人様も首相の要請にて尽力し――〉

 後方からももちろん語りつづける声がする。

 ――とはいっても、これは言葉でも音でもない。佑にとっては、一気に押し寄せるイメージの波のような感覚だ。

 美術館や博物館などで展示物を鑑賞する時と、似ていなくもないか。訳も分からないまま最初に全体像と出会い、衝撃を受けて、解説を参照しながら、あぁそうかと細部に頷く。あの感じだ。一応は理解した気になりつつ、本当は何も分かっちゃいない、正解は当人しか知らない、そんなところも似ているかもしれない。

 叶馬から教えられた書斎を目指し薄暗い廊下を進むたび、そうした思念の波が怒涛となって押し寄せる。けれど佑のあとを憑いてくるような礼儀知らずなモノは、ここにはないようだ。さすが由緒正しい屋敷の勤め人だっただけはあり、立場をしっかりとわきまえているらしい。そこらの地縛モノとは、格の違いを感じさせる。

〈これに御覧ごろうじられよ〉

〈あれに御覧あそばせ〉

〈さあ御覧くだされい〉

 これにあれにさあさあ…と、佑の目線を誘う先は、壁に並ぶ歴代当主と思しき肖像画だ。さまざまな時代のそれぞれの主人を、披露しようと躍起のようだ。云々かんぬん、佑の耳元や脳裏や眼底にまで、あれやこれやとちょっかいを出し、仕向けてくる。

(……なんだよこれ。つか、ご主人様好きすぎだろ、元使用人一同)

 ともあれここに寄り集まるモノからは、これといった悪意は感じられない。その点だけはありがたい。死してなお想いを残しすぎ、それが膨張してしまっただけのようだった。

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