1-1 冒頭ホラー風味

 前日。

 今日も今日とてたすくは、骨董商とは名ばかりの雑用を叶馬とおまから仰せつかり、リサイクル業務にいそしんでいた。店舗を抜けた奥の自宅に通じる中庭で、買取や回収やらで持ちこまれた古い電化製品を仕分ける作業だ。

 我嵐堂がらんどうは、鎌倉山にも程近い住宅街の一角に看板を出す骨董店だ。叶馬の祖父の趣味が高じて昭和の中頃にはじめた店であると、佑は聞き及んでいる。

 とはいえ最近の仕事内容は、骨董商というよりもリサイクルショップめいた傾向が濃厚だった。遺品整理などと銘打たれて持ちこまれる取り引きのほとんどは、ほぼ便利屋的な片付けばかりだ。作業代金も頂戴せず請け負い、赤字にも等しい商売となっていた。

 だが店主の叶馬は根が坊ちゃん気質だからか、それを気にかけている様子もない。押しつけられたガラクタの中に稀にこれはという出物があれば、徒労もなんのその狂喜のあまり、収支決済すら忘れるような男だった。

 それはそれで幸せなのかもしれないと、佑は思うものの。現場でもバックヤードでも山積みの廃品を前にして、実際に作業をするのは佑である。小学四年生の頃からかれこれ八年、叶馬のもとに居候している身とはいえ、腹に据えかねることもしばしばあった。

 この時も、カレンダーはすっかり秋だというのに、日中はまだまだ残暑厳しい中。汗だくとなって、古い扇風機を並べ動作確認をしている最中だった。

「た~すく、ちょっとおいでぇ」

 間延びした呑気な声で、叶馬に店内から呼びかけられた。毎度のごとく飼い犬でも呼ばわるような、ぞんざいな調子だ。

「家主はこの夏に、ご自宅で亡くなってたそうでね」

 どこか眠たげに聞こえる口調で、実際に生欠伸を噛み殺しながら、叶馬は説明をはじめた。態度とは裏腹に、話は穏やかならざる内容のようだ。頬にも目元にも優しげな微笑みを浮かべているが、いつもながら嘘くさい。

「明治初期に建てられたお屋敷で。世が世なら…って、先祖代々由緒正しいお家柄だったらしいよ。でも、奥さんを亡くされてからは、ずっとひとり住まいだったんだって。子供さんたちはとっくに独立して、ご近所ともあまり付き合いがなかったらしくてさ。屋敷は今はもう空き家になってるってことだから。近々解体して、敷地も分筆販売されちゃうって。段ボール箱とか運びがてらざっと下見しただけでも、屋敷自体けっこうな文化財的価値ありそうなんだけどさ。なんか勿体ない話だよ」

「ちょっと待て、叶馬、それって――…」

 現代日本にあっては、珍しくもない一人生と家族の終焉だが。佑は聞きとがめた。

 孤独な独居老人がひとり自宅で死亡となれば、当然のように思い浮かぶ光景がある。しかも今年の夏も猛暑つづきだった。

 上目づかいにじっとり睨む佑の眼差しから、言わんとするところを叶馬は察したらしい。ひときわ口角を吊り上げて、にっこり頬に笑みを貼りつける。胡散臭いことこの上ない。

「…あぁ、大丈夫だよ。そっちの始末は専門業者が入って、きれいさっぱり跡形もなく片付いてるはずだから」

(……やっぱそっちかよ。てか、それ、俺的には大丈夫じゃねぇし)

 どうやら家主は、佑の予想に違わぬ死にざまだったようだ。

「今回、我社うちは純粋に古物商としての取り引きだから、問題ないよ」

 四十九日も過ぎたってことだし――と、叶馬は満面の笑みを浮かべる。

「…ま、発見されるまで相当経過してたらしいから、本当の日数は四十九日どころじゃないだろうけどね」

(ちょ…、問題ありありだろ、その屋敷げんば

「俺は午前中ちょっと用事あって、遅れてくから、預かってる鍵渡しとく。おまえは先に始めちゃってて。とりあえず分かりやすい範囲で、蔵書あたりからでいいよ。状態だけ見て適当に分別して、段ボール箱もガムテももう現場に置いてあるから」

 口調は柔らかだが佑の反論は一切受けつけず、叶馬は雇用主の権限に物言わせ指示した。

「あ、そうそう注意事項。清めの塩は忘れずに持参のこと、一応ね」

「……おい、アンタ」

 もうそれを聞いただけでも、佑のモチベーションはだだ下がりだった。

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