死がふたりを別ちても
小梅
1章
0 イントロダクション
(…――俺、死んだのか…?)
目覚めて――正確には覚醒とはほど遠い状態のようであったが、
周囲の状況はまるで不明だ。自分が縦になっているか横たわっているのかすら、判断できなかった。首も手足もどこもかしこも微動だにしない。それ以前に、「自分」と「
助けを呼ぼうと喉に力を入れた――つもりだったが、なんの手応えも感じない。声どころか、空気が出入りする気配もない。さらには呼吸しているかどうかも判断できかねた。
あたりは暗いようにも、真っ白な光に包まれているようにも思われる。明暗の判別は、視覚あればこそ成立する。佑の視床下部はどこだ? 知覚する能力そのものを持ちあわせていなければ、何も見えない状態さえありえないのだ。
何も感じないのだから、どこかが痛むということもない。意識を持ったまま人形にでもなったら、こんな感じかもしれない。
単純に考えてこれは、脳の一部分だけが覚醒した、俗に言う金縛りの状態だろうか。ならば自由に動かせないだけで、自分の身体を感じとることはできるはずだ。今の佑には、自分の肉体の存在そのものが、まるで把握できなかった。
魂があるとして、それが身体と分離したら、きっとこんな状態だろう。
しかし、まさか死んだわけではないだろう。
本当に死んでいるとするなら、今こうして思考している自分はなんだ? 残留思念のなせるわざか。
(つまり、この俺は幽霊ってことか? …いや、ねぇし)
たどりついた仮定に、佑は自ら突っこみを入れつつ。
(…――や、ありかも)
まんざらありえなくもないとすぐに思い返し、青ざめた――顔が存在していればの話。
生ける者は皆、死の正体など知らないものだ。
夜の眠りを夜毎の死と定義した思想家もいた。有限の肉体を離脱し無限の夢をいっときさまよい、朝の目覚めと同時にまた身体へと帰還する。この戻るべき場所が失われた状態が、もしかすると死なのかもしれない。ならば、あの世はこの世の行い次第と、多くの宗教が謳っているのも頷ける。たしかに夜みる夢のほとんどは、その日の所業を反映している。よく生きた日の眠りは安らかであろうし、悪事を行った日などは夢見が悪い。
だとすると、肉体を知覚できない佑のこの現状は、すでに死出の旅路の途中でないともかぎらなかった。
(……?)
ふと、気配を感じた。
気は生体ばかりが発するものではないし、五感でのみ感知するわけでもない。気配だけが、近づくのが分かる。もしかすると人ならざるモノか。
(――!)
ギ…と、おそらくは床板の軋み音がした。
音が、した! 聞こえたのだ!
(…――俺、死んでねぇじゃん)
少なくとも聴覚は生きている。ならば肉体も、少なくとも生きてはいる――はずだ。よかった、幽霊ではない――はずだ。
ばたばたと慌てふためいた様子の足音が聞こえ、佑へ向かって走り寄ってきた。すぐそばまで駆けてきたらしい人物に、見おろされているような気配から、佑は自分が横たわっていることを知った。
「……佑?」
(……っ!)
佑を呼ぶ声が、ごく近くから聞こえた。すでに耳馴染んだ、よく知る男の声だった。
「佑…っ」
佑の家主であり雇用主でもある、
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