第6話

彼女は焦っていた。

侍従長の機転で王子を遠ざけたのは良かったが、一人でいるわけにもいかない。気を抜くと、目の色を変えた男達が寄ってきてしまうのだ。その度に、侍従長に視線を送って追い払わせるのだが、それも何度も出来ることではない。相手によっては、全く通用しないのだ。

若い貴族や地方領主達なら、全く寄せ付けなかった。有力な貴族や豪農達は逆に察してくれた。彼らも無駄に歳を重ねたわけではないのだ。だが、年齢だけで賢人になれる、というわけではない。年老いた大臣達が、息子だ甥だと連れて来るのには全く手を焼いた。侍従長は強く出られず、彼女自身も無闇に振る舞うわけにはいかない。遠い国の豪族を迎えた、第一王女なら無碍に蹴散らしたかもしれない。ある友好国へ嫁いで行った第二王女なら、巧くあしらったのかも。第三王女という立場ゆえか、はたまた彼女の性質がそうさせるのか。しかし、彼女のさまよう視線が探すのは、ただ一人。

熱い言葉を投げかける男の肩越しに、蒼い影を見た。振り返った彼の顔は、どこか遠い微笑みを浮かべていたかの様で。

いっせいに花が開いたような笑顔で駆け出した、その瞬間だった。

会場が闇に飲まれる。全ての火が消え、何も見えない。ざわめき。誰かは悲鳴をあげた。誰かは剣を抜いた。誰かが呼んでいる。近衛は何処へ?

闇の中から伸びた腕が、彼女を。

「姫君、ご無事ですか」

蒼き猛将。その外套は、闇を払いはしないけれど。

「あぁ将軍様、これは一体どうしたことなのでしょう」

「呪術の類でしょう。我が配下にも対処させています」

「それでしたら安心です、わ……?」

闇をこそ、従える。

人の目に見えない光が、彼らを先導する。


ほんの一瞬。闇の中に、幾人もの姿が消えた。近衛の亡骸は、城の外で見つかった。蛮勇によって振るわれた剣は、切り落とされた腕とともに転がっていた。血を吐き出して倒れた男。穿たれた穴。真鍮。煙の匂い。何人かは、森の中で見つかった。また何人かは、川に浮かんでいるのが見つかった。

王子と姫が、闇に飲まれたままだった。

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