第5話

「このスープには薬効のある葉が」

「火を通すと甘みが増して更に滋養が」

「果実は毒ですが種は干して煮ると髪に良い油が」

「この魚は骨まで食べられるので」

もうずっとこんな調子だ。会が始まるなり、王子は彼女の隣に陣取り、運ばれて来る料理を逐一解説していた。おかげで彼女は、他の参加者とは殆ど会話できていない。例えば、有力な領主の子弟。例えば、周辺国の貴族。例えば、大臣たちの娘。皆、熱心に話しかける王子の姿を見て、一歩二歩と引いてしまうのだ。助けを求めるかのように視線を泳がせているが、男たちは目を合わせようとはせず、女たちは恨めしげな視線を突きつけるばかり。

「この果実は古くより霊薬とされ、一つ食べれば寿命が1年伸びると」

「あの、ルド王子?」

彼女は意を決し、右手に持った扇で左手をなぞりながら、彼女は王子の言葉を遮ってこう言った。

「お料理のお話、とても興味深いんですけれども、どうしてそんなにお詳しいのかしら。私にはちっとも分かりませんの」

精一杯の皮肉のつもりだったが、王子は、我が意を得たりとばかりに顔を輝かせた。

「我が国では、食こそが人を作る、と伝えております。生きとし生けるものすべてが食べるのです。食こそ生命の基本。身体と精神の基礎。良い食事が、良い人物を育て上げるのだと」

「え、えぇ……」

「ですから姫、貴方にも是非、良き食とはどのようなものであるかをお伝えしたいのです。あぁ、決してパルマテルラのものが悪いということではないのですよ!」

王子は彼女の両手を取って、熱っぽい瞳をこれでもかと向ける。

「で、ですけど王子、私、もっと違うお話もしたいわ。そう、ご挨拶もまだですし」

「おぉ、それは気がつきませんでした。申し訳ない」

パッと手を離した王子は、二歩下がって片膝をついた。

「誉れ高きパルマテルラが善隣、ルーデシアが第一王子、ルードヴィッヒ。今宵はこのような慶祝の儀に加えていただけること、光栄に思います。姫君」

「あ、あぁ、えっと……」

彼女は正直、圧倒されていた。言葉が通じないのか、作法も何もわからないのか、そんな感覚さえ芽生え始めていた。周囲の人間も、王子の振る舞いに驚き、一斉に視線を向けている。その中に侍従長を見つけ、懸命に視線を送る。開いた扇を左手に持ち、口元を隠しつつ。

それを察した侍従長。足早に歩み寄り、そっと、あえて聞こえるように耳打ちをする。

「姫様、王様が来賓にご挨拶なさりたいと。ご一緒なさいませ」

「え、えぇ、そうね!わかったわ婆やすぐ行く。ごめんなさい王子。また後でお話しいたしましょう」

慌てた様子で立ち去る彼女。呆然と見送る王子だったが、あっという間に、着飾った女たちに取り囲まれてしまった。

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