第4話

それからひと月の間、パルマテルラ王国の邸宅城は、連日大変な騒ぎとなった。各地の領主達は日夜訪れ、陳情や嘆願と言う名目で口々に都合のいいことを述べたてていく。大臣以下高官達は如何にして大帝国の機嫌を損ねずに、港をあけ渡さずに済ませるかを議論し続けているが、議会は空転するばかり。何も決まらないまま、期日となる今日を迎えた。


その日も、邸宅城は大騒ぎだった。しかしながら、昨日までとは少しばかり様子が異なっている。何処と無く浮かれた空気。運ばれるのは銀の食器と、来賓用のグラスが山ほど。下男達はテーブルを担ぎ、侍女は大臣達の身支度に大慌て。侍従長が声を張れば、幾つもの声が揃って応えた。

「……ねぇメリダ」

遠くにそんな喧騒を聞きながら、鏡台に向かう彼女は、どこか浮かない声でお気に入りの侍女を呼んだ。この侍女が最も上手く髪を梳り、最も優美に可憐に、髪を結い上げるからだ。

「はい、姫様」

「私ね、この雰囲気は嫌いじゃないの」

「はい。でも、浮かないお声」

「貴女は本当に愛想がないわね……そうね、憂鬱でもあるの」

彼女は溜息を一つこぼし、そして誰に聞かせるでもない独り言を漏らした。

「私の生まれのお祝いなのは分かるわ。でも、私はあまり人と話したくはないのよね……」

「そのようには思えません」

「貴女はほんっとうに……あぁ、でも、そうね。嫌いってわけではないの。苦手……なのかしら」

「そのようには」

「あぁもう、わかったわよ!私は、おじさま達におべっか使っていたくないのよ。誰も彼も脂ぎって、ぶくぶく太ってるか、まるで骨にシルクを着せて飾り付けたみたいなのしかいないんだもの。一人くらい素敵な方がいたっていいのに」

「ルド王子は?」

「はぁっ⁈」

勢いよく立ち上がったせいで、椅子が音を立ててたおれる。侍女は慣れたもので、体は跳びのきながら、手は髪を結い上げていく。

「姫様、座って」

「確かに年は近いかもしれないけど、あの手紙はないわよ。顔も……一度しか見たことないのに」

飴色の美しい髪は高く結い上げられ、主賓にふさわしい気品と格を主張する。別の侍女が、宝飾品の並べられた箱を差し出した。気高き姫君は、しばしの逡巡の後、青い薔薇の簪を手に取った。窓から差し込む陽光に透かせば、ガラス細工の薔薇は深い青を湛え、少し燻んだ金色は寧ろ上品に。それは収まるべき場所にささやかな彩りを添え、貴賓を飾った。

「ねぇ、メリダ、これでどうかしら」

「青は珍しいですね。姫様いつも赤か桃色なのに」

「あらそうかしら……?まぁ、今日はいいんじゃないかしら?特別な日なのだから」

声は高く、足取りは軽く。靡く重いスカートも優雅に。

扉を引いた二人の侍女は恭しく頭を垂れる。

「じゃあ、行きましょうか」

今日は、今日だけは。控えめな少女の仮面を取り去って。そんな願いと決意を青に寄せて、彼女はさっと、一歩を踏み出した。

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