第2話

重厚な机に、椅子は13。

数多の調度品で彩られた豪奢な部屋を、二枚の肖像画が見守る。

右に、建国の祖、アルブレラ=パルマラ。

左に、興国の才女、アサーマ=ブレ=パルマラ。

国の叡智に見守られ、その曾孫である姫君が学ぶ。導くは、隣国は大帝国より来たる、蒼い外套の将軍。知略に優れ、勇敢。苛烈にして勇猛。その武勇は、大帝国のみならず海を渡り彼方まで轟くという。しかしその横顔はどこか幼くもあり、見るものに錯覚さえ与える。曰く、彼の者は軍神の寵愛を受けている、と。故に老いず、故に滅びず、故に負け無し。と。

「この沃土を、帝国より切り取って後、アルブレラは王として、よく臣民を導き、更に富んだ、豊かな国へなるようにと、この地に、その剣を突き立てた……それがこの邸宅城なのです」

開かれたのは、一冊の歴史書。このパルマテルラの国を、大帝国より俯瞰した年代記。姫君はその記述を指でなぞりながら、将軍の声を聞いていた。

「将軍様、一つお尋ねしたいのだけれど、宜しいかしら」

「なんでしょう、何なりとお答え致しましょう」

「ありがとう。将軍様は以前に、祖パルマラ王と一戦を交えたことがあるって仰っておられましたけど……」

「あぁ、それですか」

彼は、姫君の下を離れ、窓の外に目を向けた。鍵を外し、開け放った窓から緩やかな風が吹き込む。この国に吹く風は、春には陽気を、夏には雨を、冬には乾きを運ぶと言われ、国の恵みを支えると言われている。

「その通りです」

彼はそこで一度向き直り、姫君を、そして祖パルマラ王の肖像を仰いだ。まるで、友人に向けるかのような、暖かく、それでいて何処か挑戦的な目で。

「我々大帝国の軍は、内海に面したこの地を得るべく、三日三晩を通して戦いました。最後の夜、私達は乾いた草原に火を放ちました。それは風を受けて見る間に燃え広がり、彼ら勇兵達を取り囲みました。ですが、私達はその一兵たりとも討ち取ることは叶わなかったのです」

視線を姫君の元に戻すと、次に彼は書の頁を繰り、ある挿絵を示した。祖パルマラ王が、暗黒の火を退ける様を描いたものだ。

「炎が草原を焼き尽くし、丘を駆け上ろうとした時、彼は丘の中ほどにあった、大きな岩を一太刀に切りつけました。すると、そこから水が流れ出し、炎を覆い尽くしたのです」

水はまるで大いなる神の腕のように彼らを守り、火を圧倒している。挿絵では、祖パルマラ王の掲げた剣の切っ先が、悪鬼となった火を指すと、吹き上がった水がその火に襲いかかるようにして降り注いでいた。

「そして火がすっかり消えると、彼らは一斉に弓を取り、矢を射かけました。ぬかるんだ足元に気を取られていると、頭上から矢が降り注ぎ、我が兵達は瞬く間に倒れてゆきました」

更に頁を繰り、次の挿絵。暗黒の火と、帝国の軍勢を退けた王は、次に風を呼び水を乾かし、更に軍勢を追い立てる。

「私の頬を彼が放った矢が掠め、私はそれを掴みました。何と強い矢だろう。腕が痺れ肩が痛み、私は、彼が大いなる力の下に居るのだと分かりました。彼は、私を打ち負かした数少ない人物です。さしもの軍神マースも、月の女神の視線に射抜かれれば、心の蔵は縮み上がり足は震え、腕は虚空を掻いて慈悲を請うというもの。我々はそれきり軍を引き、祖パルマラ王はこの地が潤い続けるよう、この丘に剣を突き立てたのです」

ちょうどその時、大扉が押し開けられ、パルマラ王以下大臣や役人達が入ってきた。右にはパルマテルラの、左には大帝国の武官や渉外官がつく。

「では、ここまでにしましょう。姫君様は、お部屋にお戻り下さいますか」

「はい。将軍様」

ドレスの裾を摘み上げ、腰を折っての礼に、将軍は徒手の最敬礼で応じた。右手を左肩に。右足を後ろに出して、左足は曲げて姿勢を低く。

軽やかに、だが名残惜しそうに去る姫君の後ろ姿が扉に隠れてから、将軍は第二位席を取った。大帝国側の一位は、彼より更に上級の将軍だった。

武官でもあり渉外官。皇帝バルベドも信頼を置く老練の猛将。胸に下げたいくつもの勲章は、どれ一つを取っても、パルマラ王の冠よりも精巧。まさに大帝国の威光をその身に示す、そんな老将だった。

「国王陛下。この際細かい礼は抜きにしたい。我々も時間を無駄には出来んのだ」

差し向かいのパルマラ王が歯噛みするのがわかる。横柄な態度だが、これが今の国の立場だと思い知らされているからだ。

「率直に申し上げよう。我が皇帝は、内海の港の解放、若しくは賃借を求めておられる」

紋章の獅子の如き音声が、場の全ての人物を打ち据える。

「これは要請ではない。要求である」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る