ルドとリエラ

@reznov1945

第1話

紗の天蓋の下、繊細なレェスの肌着を隠そうともせず、シーツを乱したまま、彼女は幾度目かの溜息を漏らした。

寝返りを打っては、悩ましげに息を吐き、半身を起こしては、また溜息を吐く。こんなことをいつまでも繰り返していたので、良い加減にしろと、侍従長が怒鳴り込んで来たところだった。

「姫様、朝餉にもおいでにならないので、王様が案じておられましたよ?余りご心配を掛けては」

「お父様もお父様よ。私の気も知らないで、こんなの許してるんだもの……ちょっとくらい気に病んだ方がいいのよ」

つんとそっぽを向いたがために、飴色の髪が頬に掛かって顔を隠しても、その彫刻のように美しい横顔が憂と苛立ちを纏っているのは全く隠せはしなかった。

「またそのような……おや、これは?」

侍従長はベッドサイドに散らばる絹白紙を拾い上げて、その文面をさっと読み通す。

「あぁ愛しのリエラ姫、貴女を思うと、夕餉も少しは残してしまう……?」

怪訝な顔をしながら、次の一枚を拾う。

「私の愛は、朝のスープのように暖かく、心のボウルに満ちております……?」

「読み上げないで。うんざりなのよ……全部そんな調子なのよ?」

「なかなか熱い文じゃありませんか?その……まぁものの例えはちょっと変わってらっしゃるようですけれど……」

侍従長から絹白紙をひったくるようにして、彼女はわざとおどけた様子で続きを読み始めた。

「貴女の喉を潤せたなら、どんなにか嬉しいことでしょう。あぁ、お腹を冷やさないように、冷めない愛を捧げます……これよ?なんなのこれ」

また紙を放り出し、ベッドに身を投げる。しなやかな脚が垂れ、官能的な曲線をこれでもかと見せつけているが、見るのは老いた侍従長だけだ。

「まぁまぁ姫様、みっともないお姿……」

「良いのよ別に。あーあ、お父様もちょっと見る目を養って頂きたいわ……何故か気に入ってらっしゃるけれど、このセンス、一体どうやったらこれを身につけられるのかしら?」

「あら、そう悪いものでもないと思いますよ?なんとも味わいのある御文じゃありませんこと……」

「じゃあ婆やが返事を書いておいて」

侍従長は咎めるように呼んだが、彼女はもう取り合わない。正直、好みじゃないのだ。ちっとも響かない。何とも思わない。ただ、相手は隣国の第一王子ルド。無為に邪険にするわけにもいかず、当たり障りのない程度に断りを入れているのだが一向に伝わらず、遂に使節は月に三度は来るようになった。その事が煩わしくて、彼女はまた気が重いのだ。

「ところで姫様、今日は宜しいのですか?」

「えぇ……お父様には気分が優れないからって言っておいて。療式もいいからって」

ごろりと寝返りを打って、背を向けた彼女に、侍従長は溜息を投げつけながら告げる。

「宜しいのですね?今日は帝国の先生がお見えになると言うのに……」

その言葉には、どうしても逆らえない衝動があるのだ。

「それを早く言ってよ!なんで教えてくれないの⁈」

「私はちゃんとお伝えしましたよ?1時間前も2時間前も、姫様が昨日仰せになりましたから、3時間前にも」

まさに飛び起きた彼女は、さっきまでの姿が嘘だったかのように、テキパキと身支度を整えようとする。

「婆や!ドレスは用意出来ていて?朝餉はここで摂るから、軽いもので良いわ。」

その変貌ぶりに、侍従長は軽い嘆息をしながらも直ちに準備を整える。と言うより、こうなる事を見越して、既に整えてある。

「メリダ!メリダは何処かしら。婆や、メリダをここへ」

それを聞くより早く、嗄れた手がさっと扉を開けると、整髪係の侍女が恭しくお辞儀をして、素早く髪を整えていく。鏡台に向かうリエラ姫は、3人の侍女によって化粧を施され、衣装を替えられ、半刻の後には、丁寧に梳かれた飴色の髪に赤い簪を挿し、格位を示す、紋章入りの羽扇を携えた、パルマテルラ王国第三王女リエラ=パルマラの姿が、中庭を見渡すバルコニーにあった。

そして今、中庭のエントランスには、大帝国の紋章を掲げた4頭立ての貴賓馬車が、威風堂々たる姿でやってきたばかりだった。

天を睨み、咆哮する獅子。大帝国の威容と畏怖の象徴。

馬車を降りた男の蒼い外套は、緋色の旗によく映えた。

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