第6話

 進路を、否定された。

 進路希望に専門学校と書いて出したら、面談の時に思い切りダメ出しをされた。君の学力なら短大、いや四大でも普通に狙えるとか、もうその後は私の話なんて聞いてなくて、偏差値的にはどうだとか学部学科はどうだとか、最後に取ってつけたように、大学を出てからでも専門学校には通えるから、だって。そんなのんびりした事をしている余裕、私には無いのに。

もう反論するのも面倒で、ただうんうんと頷いていた私に満足したのか先生は始終にっこにこしていた。それが余計にムカついて、私はきっと帰るまでずっと酷い顔をしていたに違いない。後ろ手にドアを閉めて深いため息をつくと眉間がひどく痛んだ。


そのままベッドに飛び込んで眠ってしまっていたのだろうか、ふと気がつくと私はバルコニーで彼と向き合っていた。テーブルにはいつものようにお茶と可愛いお菓子が並んで、彼は私が食べるのをみるとも無しに見ている。結局夢の中でも私はまだ怒っていて、しまいにはケーキを手で掴んで食べながら今日の出来事を語って聞かせていた。

「ねぇ、おかしいと思わない?進路相談って言いながら先生の成績のためだけに私を使おうとしてるんだよ。相談なんかじゃないよ。最初からもうどうするか決まってるの。ねぇ聞いてる?」

「えぇ、聞いておりますよ」

「ほんとムカつく。あんな奴禿げちゃえばいいのよ」

最後の一口を口に放り込んで、それを甘い紅茶で流し込む。彼が目を逸らしたのはそんな私を見ていられなかったからだろうか。私もつられて、視線を移した。

「……一つ、鬱憤晴らしなどいかがでしょう」

そこには真っ黒で大きな……機械が鎮座していた。太い一本足の上に、箱と筒。横に突き出した枠に、緑の箱を乗せた。いつもは指先一つ動かさないまま何でも取り出す彼が、蒼いコートの袖を捲り上げて、自分の手で緑の箱を開けた。金色の鎖?を取り出して、機械の蓋の裏に挟んで閉じた。レバーを思い切り引くと、ガシャン!と大きな音がした。

「M2重機関銃。俗にキャリバー50などと呼ばれます。112.7mmの弾丸を毎分600発程のレートで撃ち出します。尤もこれはデチューンしていますからもう少しゆっくりですけれど」

一本足の上でそれは、彼の手に引かれてくるくると回った。一番後ろのバーを握って、バルコニーから突き出すように外へ向ける。

「えっと……それが?」

「いかがでしょう、一つ眼下の街並みを撃ち壊してみては」

彼は私に、まるで新しいお茶を勧めるようにそう言ってきた。

「へ、えっと……」

「……どうせ夢なのでしょう?偶にはいいものですよ。何もかもを滅茶苦茶に壊してしまうというのも」

初めて触れた彼の手が酷く冷たくて、変にどきりとさせられた。

そのまま私の手をバーに掛けさせて、しっかりと握らせた。されるままに握ったバーよりも冷たい手に、意識が冷えていく思いがする。ここが引き金。これを押し込むと弾が出ます。そう言いながら彼の指が引き金を押し込む。大きな音と振動があって、筒の先から炎が噴き出した。

「…………」

「おや、失礼。驚かせてしまいましたか」

「へ、え、あ、……大丈夫、です」

向かいのビルで、エアコンの室外機が落ちた。結構大きな音がしたと思ったんだけど、誰も騒いだりしなかった。窓から人が顔を覗かせることも、通行人が急に見上げてくることもなかった。金色の筒が落ちた時の澄んだ音が耳に残って、動悸が治らない。

「……そうですねぇ」

そういうと彼は私の手の上からレバーを握って、グイッと引き上げた。筒の先が下を向く

「少しやってみせましょう」

そうして彼は躊躇いもなく引き金を引いた。大きな音と吹き出す炎。筒が飛び散って、ずっと下の交差点で車が爆発した。

「このようになさるといいでしょう」

手がじーんと痛い。振動がすごい。ずっと遠くなのに熱が風とともに吹き上がってくるようだった。燃え盛る車と真っ黒な煙。あれ……あいつの車じゃない?

「おや、お気づきでしたか」

緑の箱を取り替えた彼がそう言ってまた私の手ごとレバーを握って、向きを変えた。

「夢というのは往々にして都合の良いものですから」

引き金を引くと、今度は小さな建物の壁が崩れ落ちた。そこから驚いた顔の人が飛び出してきて、躓いて転んだ。なんか見たことあるような気がするなぁ……

「さ、後はどうぞお好きなところへ向けてみてください。弾はいくらでもありますし、お好きなだけどうぞ」

そういうと彼は私の後ろに立つようになった。やっぱりなんだか怖いんだけど……夢、なんだったら、いいんだよね。いいんだろうな。彼は何も言わないけど、多分そうだって言ったような気がした。夢は往々にして都合がいい。

ちょんと押すようにすると、一回だけ撃てる。向かいのマンションの壁に小さな黒い穴が空いた。もう一度。隣に穴ができて、もう一度。今度はそれがいくつも並んだ。引き金を引きながら動かすと、まるで絵を描いているように線が引けた。振動で手が痛いけど、彼が箱を変えている間に少し休ませれば平気な感じだった。

「どうです、いいものでしょう」

「えっと、あ、あはは、……うん」

彼がやったように室外機を落としてみたら思ったよりすっきりした自分がいて、すこし……驚いてしまった。それからはもう、何も気にしてなかった。彼に勧められるまま、目につくものに筒の先を向けた。何度も箱を替えて、時々筒を替えてもらった。車も何台も爆発してて、あちこち真っ赤に燃えていた。吹き付ける風が熱い。

「……夢は往々にして都合がいい」

箱を替える手を止めて、彼がそうポツリと言った。いつものような薄い表情で。

私は何故かその言葉が妙に引っかかって、気になって仕方がなかった。都合がいい。夢。今見ているのも、夢。ムカつくあいつに語って聞かせたのも、夢。私の夢。

「都合がいいというのは、果たして誰にとってのものだったんでしょうねぇ」

目を細める彼。その横顔が赤いのは、熱い風のせいではなかった。気がつくと炎は燃え広がり、そこら中を埋め尽くしていた。

「随分と燃えましたなぁ……さぞやお怒りだったんでしょう」

「え、あ、え?」

「如何でしたか。どうせ夢ですからね。目を覚ませば消えて無くなる。炎に焼かれてまっさらになるか、目を開けて実態を見るか。その違いはほんの些細なものでしかないでしょう」

炎が、火が。

風に乗って壁を駆け上がり、バルコニーのすぐ下まで迫っている。ごうごうと吹きつける音の中で、彼の声だけはいつもと変わらず聞こえた。

「夢も結構。応援いたします」

足が竦んで動けない。彼は全く素知らぬ顔でテーブルに戻り、お茶を飲んでいた。炎が辺りを取り囲んでも全く気にもしていない様子で、空になったカップを弄んでいる。

「しかしながら、誰しもに夢はあるのですよ。あなたが焼いた彼らにも、夢が」

炎が私の足を掴んでいる。熱い、痛い、

え、え、え、燃え、私、足……!

「燃えてみなければ解らぬものでしょう。この炎は、あなたの怒りですよ。夢にまで見るほどとは、相当なものですなぁ」

「夢でよかった。そうでなければ今頃彼女のようになっているところでした。あぁ、夢でよかった。私でよかった。夢から覚める、夢を差し上げましょう」

彼、それ、え、知ってる。そのくらい知ってる。拳銃、なんで、こっちに?あ、だめ、息が、熱い熱いやめ


……ベッドの脇に座り込んで、突っ伏していた私が顔を上げたとき、窓の外は燃えていた。燃えるように真っ赤な夕日。向かいのビルの壁で、エアコンの室外機が懸命にファンを回していた。酷く汗をかいていた私の体を、冷たくなり始めた風が容赦なく冷やしていく。窓を閉めて、ようやく制服を脱いだ。夢。夢。熱意があれば、何でも出来ると言っていたのはあの先生だったのに。

学校でも屈指の、熱意のある先生だって評判だった。澄んだ音が耳の奥で聞こえた気がした。金色の筒が落ちた、澄んだ音。夢から覚める、夢。

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