第4話

甘いケーキと、不思議な香りのお茶。彼は何も言わないで、ずっと向こうの方を見つめていた。

飲み干したカップを下ろすと、湯気と一緒に底からお茶が湧いてくる。最後の一切れを口に運ぶと、フォークを置く前に、お皿にケーキが生えてくる。確かに美味しいけれど、そんなにたくさん食べられない。

「あの、えっと……」

「あぁ、どうぞお気になさらず。味に飽きたなら、別の物もありますので」

クリームのたっぷり乗ったケーキがお皿に沈んで、代わりにフルーツの入ったパウンドケーキがせり上がってくる。

「いやあの、そういうことじゃなくて」

「おや、和菓子の方がお好みでしたか」

「いや、だからそうじゃなくって」

彼はそこで小さく息を吐いた。やっとこっちを向いたとおもったら、今度は目を閉じたまま、少し俯いて、そうしたら、お茶もケーキも無くなって。

「確かに、私の持ち物です。どこで無くしたものやら、思案しておりましたが……貴女のような心ある方に見つけていただいておりましたとは」

「あ、いや、拾ってたのは管理人さんで……」

「いやいや、しかしこうしてここにある。貴女のおかげでしょう。何かお礼をしたいと思いましてねぇ……」

「え、いやいや、ほんとそう言うのは大丈夫ですから……」

美味しいケーキもいただきましたし。そう言いかけて、彼が先に口を開いた。

「貴女は無欲なお方だ。それにお優しい」

「え……そう、かな」

「えぇ、そうでしょう。少なくとも、私にとっては、ですが」

彼はそれきり立ち上がって、バルコニーの柵に手をかけた。強い風がコートを煽って、一瞬視界を横切った。テーブルも、チェアも無くなって、二つの月は融けあいそうなほど近くて。

「長居するのもいけませんでしょうし、今夜はこれでお暇させていただきましょう。また、機会がありましたら」

振り返ることなく、彼は柵を越えた。あの時と同じように、街灯のない暗がりの中へ落ちていく。


目が覚めた時。思った通り、スマホを握ったまま、ベッドの脇に座り込んで寝こけていた。時間は……あれ。

画面には打ちかけた文字。最後に送ったはずのツイートが残っていて、時間は……2分前。

私はそのまま窓の方を見た。何も変わらない、いつもと同じ、平凡で退屈な夜景。とても寒くて、すぐ部屋に戻った。一体、何だったんだろう。夢……だよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る