とある廃墟の出会い
こんにちは。私の名前は……いえ、名乗る必要はありませんね。普段は、ごく普通の会社員をやってます。
私にはちょっと特殊な力がありまして。実は、物に触れると未来の出来事が見られるんです。とは言っても、自由に未来が見られる訳じゃありません。そんな事が出来たら、宝くじを当てて億万長者になってます。
私が見られる未来は、本当に楽しい、面白いと思える事だけ。だからトラブル回避には全く役に立ちません。不便ですが、仕方ないですね。
趣味は廃墟巡り。なぜって? 面白い事件に遭遇しやすいからです。
最近印象に残ったもの、ですか? そうですね……、あぁ、一つありました。事件そのものが面白いというより、事件のお陰で面白い出会いをしたんですよ。
今から、その話を始めましょう。
◇
その廃墟は壁が崩れかけており、廃墟としての外観は百点満点でした。ヒビの入った窓ガラスはガムテープで補強され、奥に見える段ボール箱は日に焼けて変色しています。気軽に近寄ってはいけないと、子供でもわかる感じです。それなのに出入り禁止の柵は見当たらない。こういう場所で起こる事件は、えてして凄惨で面白いんです。だから廃墟巡りは止められない。早速、私は足を踏み入れる事にしました。
一室に入って壁に手を置くと、未来の光景が次々と浮かび始めました。最初に見えたのは、部屋の壁を懸命に掘った後、何かを埋め込む私の姿です。何故そんな事をするかって? この時の私が知るわけないじゃないですか。未来の私がする事なんて、未来にならなければわからないのです。
ともかく、私は続けて未来の記憶を見ることにしました。すると一時間ほど経った頃でしょうか、二人の男がこの部屋に入ってきたんです。
二人ともみすぼらしい身なりでした。おそらく浮浪者だったのでしょう。そのうち口論になり、片方がもう片方を殴り殺しました。犯人は遺体の懐を探り、何枚かのお札を盗りました。その後何を思ったのか、遺体の関節を片っ端から折り始めたんです。
人の身体は意外と丈夫でしてね。いくら関節が曲げ伸ばしできる場所と言っても、そこを簡単に折る事はできないんです。けれどその人は、幾つもある関節を懸命にぐーりぐーりと動かし、滑稽なまでに律儀に、一つ一つ、力ずくで関節を折っていました。
――ほう、ほうほう。
この方は愉快犯じゃない。ただ金を取る為に殺しただけの物取りです。それは状況を見ていればわかります。にも関わらず、愉快犯じみた工作をしています。これはとても興味深い事です。労力に見合わない破壊工作は、嫌いじゃありません。
犯人は遺体を雑に段ボール箱に押し込み、真っ青な顔で立ち去りました。箱からは両手首がはみ出ています。見つからないはずがないでしょう。その段ボール箱は見回りの警官によって発見され、まもなく現場検証が始まりました。この辺りはさっぱり面白くないので、説明は省きますね。
私はやはり、自分の奇行が気になっていました。私は面白い事にしか興味がありません。そんな私がわざわざ何かやっていくと言うことは、この部屋で面白いものが見られるからに違いないのです。
私は退屈な未来を辛抱強く、出来るだけ早送りで見ていました。すると警察が引き上げた半日後、新たに二人の男がやってきました。早速「見て」いる光景を等速に戻します。
片方は、ちゃんと風呂に入ってるのかって言いたいくらいに身なりの汚い中年男性。まだ日中は暑いのに、丈の長いコートを着ています。当然コートもしわくちゃです。
そしてもう一人は、パリッとのりの効いたワイシャツと長ズボンの男。年は私より少し若いでしょうか。こちらはひと目で極度の神経質なのだろうと推察できます。爪はやすりで綺麗に磨かれていて、靴もピカピカです。なんて不揃いな二人なんでしょうか。
ワイシャツ男は、私が壁に埋め込んだであろうものに触れました。間もなく彼は横を見ます。すると、そのすました顔が焦燥と驚愕に塗り替えられました。まるで、いつも通りの景色にあり得ない異物が紛れ込んだみたいな。
少し考えて、私はピンときました。彼は隣に立っているであろう私を見ているのだと。そして未来の私は、きっと彼に向かって語りかけているのだと。根拠もなく、そう気づいたのです。
未来を見る目があるのですから、過去を見る目があってもおかしくありません。何より、彼からは面白い匂いがしました。私と同等でありながら、私とは真逆の匂いが。もしかしたらその匂いが、私に突飛な発想を抱かせたのかもしれません。
おそらく、数十分後の私は彼と会話する為にあれを埋め込んだ。だって、今の私、そうしたいって思ってますから。
私は早速、何を壁に埋め込むか考えながらポケットをまさぐりました。しかしポケットには、トルコの魔除けを模したキーホルダーしかありません。たまたま貰った、部下の出張先での土産です。
――いや、これがいい。
神秘的な青に不気味な目玉のデザイン。彼との初顔合わせにはぴったりです。
私は早速、壁にそのキーホルダーを埋め込む穴を掘りました。ぴったりの窪みを作るために壁を丹念に削ったのは、後にも先にもあれ一回きりです。
そして私は、埋め込んだキーホルダーに触れて未来の彼に語りかけました。
「そこの君、君だよ。ねぇ、見えているんだろう?」
◇
話したい事を一通り話し終え、私はその場を立ち去る事にしました。もうここには用がありません。
ん? 予知できた殺人を止める気はなかったのかって?
当たり前でしょう? 殺人事件を防いでしまったら、彼との出会いがなくなってしまいますからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます