1-C 利益と共に目指すべきもの
さぁ、木曜日。打合せの2日目です。1店目の佳馬
けいま
五丁目店は午前9時スタート。
「発注は大丈夫なのかしら?」とも思いましたが、前任者の時も同時刻だったということで。
新米SVである私の担当店は5店舗です。他のSVは7店舗、多い方は8店舗という人も。追々、新店の担当になるので担当店は増えるのですが、新人なのでその辺りは許容して頂きましょうか。
さて、佳馬五丁目店は私の担当店の中で最も高い売上げを誇ります。しかも圧倒的に。ざっと平日70万円、祝休日は80万円。他店と比べてオープンケースは1本多く、ピーク時は3台のレジが稼働。電子レンジは5台あります。日販だけを見れば他店が羨望の眼差しで見つめるお店なのですが、さてさて・・・
もう売上げは十分。毎月の利益は十二分。正直言って新商品なんぞ要らない。既存の商品群で売上げが稼げるし、打合せも面倒だ。何かあれば連絡するから、黙っててくれないだろうか。
駐車場にはゴミが多く散乱していました。車社会とはいえ、こちらの地区は広い駐車場に恵まれた店舗が多いですね。女性の免許取得率の高いこと高いこと。スペースの至る所にあれやこれや。車の中からでも目立ってしまう程。駐車場の面積は吉森店と同じ位ですが、ゴミの量は比ではありません。朝ピーク直後、一番汚れやすい時間ですかね。掃除ができていないとか捨てる人間が悪いとかいうことを今問うつもりはありませんが、なかなか頭の痛い問題です。解決策を見出さないと、追々・・・
打ち合わせまではまだ時間があるので、拾えるだけ回収していきましょうか。長い期間お店勤務に従事して商品を沢山目にすると、包装がうちのものかどうかすぐに判断がつくようになります。半分位は外部の出所不明のゴミでした。おや、このお店はまだ店頭に灰皿を設置したままですね。近付いてみれば案の定、灰が随分と溜まっていましたが、まだ朝の9時ですよ。
「売上げは順調なんですが、なかなか私の話を聞いて頂けないというか―いや、違うか・・・打合せや電話でも話は聞いてくれるのだけれども、右から左に流されてしまうというか何というか・・・」
何とも申し訳なさそうに語る織田SVでした。一言で言えば、難しいお店ということ。
「おはようございます。」
そこに幾らかの虚勢があったことは否定しません。これまでのお店よりも緊張感は強く。対象不明の警戒は心中に潜めていました。ただし誤解しないで頂きたいのは、決して敵対心も憎しみも持っていないということです。隙は見せまいという感じでしょうか、今の所はね。
「おはようっ。宜しくね。オーナー、中にいるから入って下さい。」
奥さんが迎えてくれました。朝ピークのレジ対応を終え、2便の納品処理をしている最中でしたが、入口自動扉の開閉にはしっかりと反応しているので、誰よりも早く挨拶してくれました。
「失礼します。」
売場を軽くひと回りしてからバックルームへお邪魔しました。細部までは見ていません。非デイリー品のフェイスアップの程度を確認しました。雑貨やカップラーメン、菓子や雑誌です。残念ながら合格点のフェイスアップ箇所はありませんでしたが、さすがに第一声からチクチク言うのは、ね。私だって鬼ではありません。死神ですけれど。
超が付くほどに多忙なお店の苦労は経験した人にしか分からないでしょう。利益の厳しい店舗からすれば何を贅沢なということになりますが、全てのレジに10人前後の行列ができるプレッシャーはなかなか慣れません。ちょっと昔を思い出しました。
失礼ながら、予想外にも話はちゃんと聞いてもらえました。希乃店、吉森店ではオーナーさんだけが席に着いて奥さんは売場に出たり不在だったりと欠席でしたが、こちら佳馬店はお2人共参加。関係のない話や雑談で話が脱線することもありましたが、真面目すぎる打合せにならずむしろ有難く感じました。織田SVから引継ぎを受け、抱いていた印象とは大分異なり動揺。ちょいとばかり修正が必要な模様です。
大通りに面しているということ、大型パチンコ店が正面にあるとういこと、高校の通学路に位置しているということ、駐車場にも恵まれ、高い売上げを誇る佳馬五丁目店。そこで私の東京時代のお話をしました。およそ半年間勤務したお店。ビル内店舗で平日の売上げは約100万円。だから高売上店の苦しみも理解できます。そしてオーナーさんと奥さんの心理も。掃除をする、フェイスアップをする、駐車場のゴミを拾ってレジ回りを整頓して。小売業のイロハのイだなんてことは言われなくても分かっている。多忙を言い訳にできないことも。それでも敢えて言わせてもらいましょう。こちとら忙しいんだよ。毎日100万円近い売上の店舗を経験したSVはいるのか。他店よりも本部への貢献度は大きいはずだ。だから文句ばかり垂れるなよ。
「レジ5台か~。それでもピーク時は客が並ぶだろう。」
「はい、1時間は総出でレジ対応でした。10人位は並んでいましたかね。あまり行列を眺めている余裕はなかったですけれど。」
入社当時のことを思い出して懐かしくなりました。
「ねぇ、谷口さん。ウチもレジを増やせるの?」
奥さんからの質問です。他店からはなかなか出てこない発問ですね。
「増設は可能ですよ。売上げが基準になりますので、そうですね・・・平日の日販があと50千円上がれば申請が通るかもしれません。」
「まだウチには早いだろう。いいよ、しばらくは3台で。」
「あら、昼ピークの時、結構並んでいるじゃない。もうひとつ増えたらいいと思わない。」
奥さんの意見はごもっともです。
「そりゃ楽かもしれないが、うちにはまだ早い。」
「えー、何か煮え切らないわね。」
多分オーナーさんは、レジ増設のリスクをご自分で調べたんでしょうね。
「谷口さん、レジ増設のメリットとデメリットって分かるかい?知っていれば教えて欲しいんだが。」
積極的な姿勢というよりは息むことなく、当然のこととしてオーナーさんが質問してきました。凄く好意的に受け取れます。事前のお話とは印象が違いますね。打合せの時間を最大限有効に使う。お店の為、自分の為。その為に毎月カウンセリング料を払っているのだから。SVは店の売上で食わせてやっているのだ。
「メリットは奥さんのおっしゃる通り、接客、レジ処理の効率が大幅に上がります。特にピーク時ですね。」
「そうよねっ。」
「待たされるのが嫌だという理由で離れるお客さんを防ぐ武器になります。他店との差別化のひとつにもなりえます。」
気持ち晴れやかな奥さんと無表情のオーナーさん。ここまでの展開ではそうなります。
「次にデメリットについてですが―」
バックルームが今日一番の無音を奏でる。集中力の高まり。ああ、そうか。この人達は本気でレジの増大を考えているのだ。本気でレジの増大を考えている人と、本気で増大にストップをかけようとする人。
「まず、お店で保管する現金が増加します。レジ設定金額だと5万円です。」
「あら、両替に行く手間が省けるかしら。」
「おそらく逆でしょう。あっちのレジで千円札がなくなって、こっちのレジで小銭が足りなくなって・・・特にこちらのお店は週末に売上が跳ねるので。加えて仮点検と本店権の手間は必然的に増えますよね。それと違算。もちろんこれはお店の努力で減らすべきものですが、残念なことにレジの台数を増やすと違算も増えてしまうというデータがあります。」
軽く探りを入れてみましょうか。
「1ヶ月の現金違算はいくら位ですか?」
オーナーさんと奥さんは顔を見合わせて苦笑い。それは共通認識の表れを意味します。代表して答弁するのはオーナーさん。
「正直言って分からん。客の引かない時は仮点検やってないし。とりあえず1日1,000円位かな。」
「でもさぁ、レジ1台増えれば仮点検中も3台で回せるんでしょう。しっかり点検できる。それなら違算も減るんじゃないの。」
「それは順番が逆だぞ。違算を減らしてからレジの増設。だからウチにはまだ早い。」
店舗チェックの結果はおそらく、私の担当店で最低です。まだ2店舗はチェックしていないわけですが、これ以上に悪い理由は見つかりません。スーパーやホームセンターであれば売れているという印象を与えるような売場でも、敷地面積の狭いコンビニにおいては汚い、散らかっているとしか思われません。フェイスアップはボロボロ、掃除は不十分、新規商品のPOPは貼ってあったりなかったり、ポスターは掲示期限の切れているものが何枚もあって、アイスケースはアイテムの切替えができていないし、ソフトドリンクは朝っぱらから欠品。多忙を理由にはできませんが、多忙の為に手が回っていないのです。ピークで乱れた売場をリフレッシュできずにまた次のピークを迎えてしまいます。結果、次第に汚いお店ができあがっていくのです。このお店の売上げからすれば利益は問題ないはず。ならば人を入れれば良いというのが一般的な見解ですが。まっ、今日の所はこれ以上は深くつっこみませんが―
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