1-D 新店の現実

 売上げの高い店があれば低い店もあります。同じ看板を掲げていても経営に余裕のある店舗もあれば、利益がギリギリのも店もあります。私の担当店で言えば前者は佳馬五丁目店であり、後者がこれから訪店する音羽

おとわ

店です。オープンしておよそ半年。ほとんど休みなく手探り状態で頑張っているオーナーご夫妻。眠たかろうと疲れていようと従業員を引っ張って、朝から晩まで気の休まる時はないでしょう。けれどもそれでも、そう簡単に日販は上がるものではありません。音羽店の売上げはおよそ40万円。天候が悪かったりすると至極あっさり30万円台に落っ込ちます。売上げ40万円前後のお店は暇な時間が非常に長い。店内に誰もいない時間帯が長々と続くのです。落ち着いて発注できるし、クリンリネスの時間も十分確保できます。納品処理も丁寧にこなせますし、レジの仮点検だって慌てる必要はありません。その裏にある真実は経費を削り、本部から利益補填を受けながらどうにかこうにか生活費が捻出できる。そんな厳しい状況なるのが音羽店です。


 14時15分前。入店、店舗チェックを始めました。細かい点、より高い要求を書き出せばキリがありませんが、徐々にレベルを上げていけるよう管理していきましょうか。最低限度の、お客さんに見られて恥ずかしくない、そして本部の定めたルールに則った店構えになってします。本日の店舗チェック基礎項目は満点です。ま、チェックシートに点数をつける箇所はないんですけどね。項目ごとに○か×をつけて、必要があればコメント欄に一言記入する書式になっています。×を付けた理由やもっとこうしたら良くなるとか。もうホント、悲しく申し訳ないくらいに全部○ですよね。売上げが低いということは客数が少ないということ。レジでの接客に割く時間が短いということは掃除や売場管理に掛けられる時間が多分にあるということです。何もしていないと手持ち無沙汰なのです。

 全ての業務の目的は売上と利益を稼ぐこと。音羽店もその目的の為に頑張っています。従業員さんにその意識はないかもしれませんが、それでも構いません。暇だからフェイスアップでも。それでいいのです。丁寧活基本に忠実に、店舗チェックに従って。もちろんお喋りしている時間もあるでしょう。もしかしたらお喋りしながら作業しているかもしれません。それが普通ですし、従業員間のコミュニケーションが円滑だということです。ぎゃくに一切の会話がなくてな~んか従業員同士の距離が遠い。2人共黙々と作業している方が問題アリです。

 店舗チェックも売上、利益の為です。けれども店舗チェックを完璧にこなしたからといってすぐに売上げが上がるわけがありません。半年間継続しても果たしてその効果はいかほどか。それが現状です。そして皮肉なことに、店舗チェックが×だらけだからといって、あっという間に売上げが落ちることもないのです。たとえ年続いたとしても、もしかしたら。基本項目の確認や問題点を指摘するには重宝しますが、所詮たかが紙切れ一枚なのです。


 「まだ1年経っていませんので前年比が出ませんが、年間通じて最も売上げの伸びる月が7月と8月になります。」

それは音羽店にとって勝負の月ということ。ここで売上げを上げられなければキツイ。打ち合わせにはオーナーさん、奥さん、お二人共出席です。奥さんは膝の上にノートを開いてボールペンを走らせながら聞いてくれています。

「客数が増えてくるんでしょうか。」

オーナーさんも集中して話を聞き、積極的に質問を投げかけてきます。アルバイト経験でもない限り、新店のオーナーさんのコンビニに関する知識は従業員とほぼ同等と言えます。従業員を引っ張り導いていく為の武器、従業員の初耳となる情報を獲得できる場がSVとの打ち合わせなのです。

「お客さんが増えれば今よりもっとお弁当も売れますよね。」

現在およそ30個。これが音羽店で1日に売れる弁当の数。さすがにキツイ。オープンケースを埋める為に鮮度の長いチルド弁当を活用してはいますが、

弁当の種類と味にどうしても限界があります。加えてそのチルド弁当からも廃棄が出てしまっているくらいだから、正直しんどい。

 「そうですね、お弁当の販売は伸ばしていきましょう。ただ、夏場の稼ぎ頭はもっと別の所にあります。何だと思いますか?」

「あれじゃないですか、冷たいお蕎麦とか―」

本当に頭が下がります。しっかりと勉強されています。2年、3年とやってきた店舗ならばともかく、オープン半年の店舗の経営者が忙しい中、少ない睡眠時間を削ってまで勉強していると思うと胸が痛みます。

「正解です。『調理麺』という分類で括っているのですが、夏場の主役のひとつです。店舗によってはお弁当よりも沢山売れるんですよ。」

「ソフトドリンクも伸びるんでしょう。」

オーナーさんも負けていません。大正解。

「はい、バッチリですね。ビックリするくらいの本数が売れますよ。けれどもウォークインのスペースは限られているので、アイテムの絞込みとフェイス数。つまり売場作りが大切です。欠品させると大損してしまいます。粗利はいいし廃棄の心配は無し。同じ理由でアイスもおいしい商材です。」

「アイスだけにねっ。」

「最近オヤジギャグが多いんですよ、この人。」

「あらら・・・それは奥さん、大変ですね~。」


 お店を指導し、経営をより良い方向へ導く立場の人間として申し訳ないのですが、売上げの上げ方を教えて下さい。利益の出し方を、客数の増やし方を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る