1-B SV不可視のデータ
【1―B SV不可視のデータ】
お客で賑わう希乃三丁目店を後にします。稼ぎ時にSVは不要ですから。私もお昼にしましょうか。次のお店さんとの約束は13時30分。昼ピーク中にお邪魔するわけにはいきませんから、次の訪問店の近くにあるファミリーレストランを目指して軽自動車を走らせます。この独りの時間は大切ですね。次店の準備をしたり気分転換を図ったり、必要があれば上司や同僚と連絡を取ったり、人によっては一服という至福の時。今日の所は特に追加業務もないのでお気に入りのCDをかけながら。渋滞もなく快適、快適。ちょっとしたドライブ気分です。関東、特に東東京都西東京の人口密集地域を除けば、効率的に打ち合わせを計画しないと車の移動時間が馬鹿になりません。どうしてもドライブの時間が長くなってしまうのですが、それを良しとするか悪とするかはなんとも・・・
お腹が空いているわけではありませんが、軽く胃に何か入れておきましょう。と、その前にファミレスの駐車場に車を停めてノートパソコンを開きます。11時締めの発注データを確認、社内メールも読んでおきます。追加業務や情報を頭に叩き込んでから昼食にしましょう。全くもって消化に良くないですけどね。
本日2店目は吉森
よしもり
店。店長時代、SV同行(店長研修のひとつ)で織田さんと訪店したことがあるのですが、誰もが羨む広大な駐車場。広いだけではなく入りやすく出やすい。現段階では詳しく述べませんが、駐車場の質は非常に重要です。もう少しだけ広ければ、もうちょっと出入りしやすければプラス5万円も見込めるのに・・・こんなお店はいくらでもあります。その対極にある吉森店。大型トラック10台程度なら問題なし。決して売上げの低お店ではありませんが、ピーク時と言えど満車になることはないでしょう。た、だ、し。
・弁当の空箱×3
・ペットボトル×5
・紙くず×2
・フランクフルトの串×5
・空き缶×1
・パンの袋×2
・カップラーメンの容器×2
1度に拾い切ることはできず2往復。手が汚れてしまいます。肩掛け可能な鞄で良かったですが・・・燃やしてやろうかと。誰かさんじゃありませんけどね。
午前中同様、挨拶を済ませて店舗チェックに取り掛かりました。その間オーナーさんはSCの前で数値確認、奥さんはレジの本点検、パートさんは1名で売場の掃除をしながらレジの対応をしていました。いつも通りの仕事の流れなのでしょう。
ところで、人間族の食事はいつから一日3食となったのでしょうか。大昔からですか?そんな非効率な種族は人間族だけ。小忠実
こまめ
に休憩を取らないと肉体は悲鳴を上げ、集中力も続かない。生きる為の代償があまりに高価な、軟弱な種族という認識を再確認します。もちろんそのお陰で商売が成り立っているのですが。万が一一日2食、一日1食が推奨されればコンビニエンスストアや外食店の売上はガタ落ちするでしょう。やはりお客様は神様なのです。そしてその神様とうまく付き合っていくことが生き残る為の条件となります。だから、う~ん、灰皿撤去は世論を受けて致し方ないとしても、ゴミ箱は店外設置の方がベターなのではと個人的には思うのですが。
昼ピークも終わり店内にお客さんの姿はなし。奥さんとパートさんの静穏な会話が聞こえてきます。私も嫌いじゃなかった午後のひとときです。ひと仕事終えてほっと一息。
1店目より随分と気持ちは楽です。打合せの内容はより確実に頭の中へ叩き込まれていますし、時間配分ももっとうまく調整できるはずです。希乃店のオーナーさんには申し訳ないのですが、どうしても1店舗目が予行演習になってしまいます。さて、この吉森店でやるべきこと。それは織田SVとの引継ぎの際にお話を頂いております。
「売上げ、利益、共に安定しているようですね。」
打合せを無難に追え、オーナーさんと少しお話。
「苦労しているもん。大変だよ~、本当。」
半分は本音でしょうが、自信に落ちた顔で答えるオーナーさん。
「お休みは取れていますか?」
「まぁ、なんとか、ね。」
安定した経営というのはお世辞ではありません。利益は毎月しっかりと捻出できています。人件費に大きな変動はなし。軌道に乗っている状態なのでしょう。オーナーさんの希望が現状維持の場合、SVとしては動きにくいです。声や考えが響き辛いのです。
「オーナー、ちょっとレジいいですか。」
ふと売場から声がかかりました。
「ごめん、ちょっと失礼します。」
席を立ちながら軽く片手を上げて合図をするオーナーさん。
「ええ、終了にしましょう。帰る前に少しSCのデータを見せて下さい。」
「はいよ~。」
ようやくSCが空いた、か・・・手遅れとなる前に手を打たなくてはなりません。できるだけ早く対処しなければなりません。変えるにはSVの交代した直後という今のタイミングがひとつの好機なのです。
SVの仕事はお医者さんに例えられることがあります。患者はお店、一応ね、誤解のないように。カルテは毎月お店に本部から送られてくる損益計算書と貸借対照表。お店の成績表とも言われますね。店舗の目に見える具合の悪さや自覚症状のある問題を治療するだけではなく、潜在する病の芽を積んでいくことが大病を患わない為に大切なのです。そう、無闇に仕事を増やさない為、手遅れとならない為に。
私達のノートパソコンでは様々なデータを閲覧することができます。まずは売上げ。日別、月別はもちろんのこと、時間帯別の売上金額もアップされます。なかなかにおもしろいものですよ。朝帯、通勤・通学の時間に高い販売を記録するお店、とにかく昼ピークの強いお店、夜ピークのあるお店。十店十色、画一的なやり方だけでは通用しないのです。または発注数も見ることができます。弁当、おにぎりといった基本分類はもちろん、○○弁当といった単品についても、代表的な商品、定番のアイテムは個別で調べることができます。全店全単品の販売動向を毎日確認することはしませんが、例えば地区の売込み単品や、季節ごとの重要アイテムは日に何度も数を確かめますね。
それではSVのノートパソコンで見ることのできないデータは何でしょうか。こちらも挙げていけばキリがありませんが、代表的なものは廃棄金額です。お店がどれだけの不良品を出しているかは、各店舗のストア・コンピュータで調べなくてはなりません。もうお気付きですかね。ここ吉森店の課題、それは不良品です。
「今月は廃棄が多いな~。」
これがオーナーさんの口癖だということは聞いていました。
「廃棄が多いからできないよ~。」
これがオーナーさんの言い訳の定石だということも。フフフ・・・私にも同じことを言った記憶がありますが。織田さんとの会話を思い出しながらSCで廃棄金額を見ていきます。ま、大体想定していた金額ですかね。
¥12,600、¥10,100、¥13,000、¥8,000、¥9,200、¥11,000・・・先月の廃棄金額は売価で¥10,000/日といった所。過剰な不良品はもちろん問題です。利益を圧迫し、廃棄を出し放題の発注なんて誰でもできてしまいます。その逆もまた然り。不良品は少なければ少ない程良いのでは―弁当ケースはスカスカでおにぎりは10個も並んでいない。サラダと惣菜は片手で数えられますし、ペストリーはなんかチラホラ。この時間帯に訪れたお客さんが好印象を持つはずがありません。さらに毎度こんな状況が続くようだと、客離れが生じて当然です。
廃棄金額のノートへの写しを終えSCをメイン画面に戻そうという時、売場での対応が終わりそうな雰囲気を感じました。だから画面はそのまま、作業のフリを続けました。オーナーさんに気付かないフリをしながら。
「なかなか廃棄が収まらないんだよね。」
売場から戻り、私が見ている画面を確認しての一言。少しお話を伺いましょうか。
「一日平均いくらにしたいですか?」
「ゼロはさすがに無理だからねぇ。5千円くらいが理想かな。」
なるほど・・・ね。
「ピークで売れなければもう廃棄だもんね。もう少し販売期限が伸びると売り易いよね。だからFFも売るの大変よ。仕込んだら廃棄だもの。そうなるとウチでは沢山仕込めないよね。廃棄にならなければマイナスにはならないしさ。とりあえず、セールの時には売ってあげるよ。」
不良品も一種の必要経費なんですがね。最後の一言にカチンときながら、心の中で呟きました。
「お弁当、スカスカじゃないですか。」
「とりあえず廃棄予算を15,000円にして下さい。」
「機械ロスが大きすぎます。」
「来店したお客さんがおにぎりの棚を見て帰っちゃいますよ。」
「今だけじゃなくて将来の売上も逃がしています。」
「競合店にお客さんを取られてしまいます。」
「売るものがなかったら恥ずかしいでしょう。」
「売場の従業員が可愛そうですよ。」
織田SVも幾度となくお話した内容です。けれども説得することはできず、考えが見直されることはなかったようです。せっかくSCを開いているので一緒に欠品などのデータを参照することもできましたが、それも前任者が自実施済みかと思います。そして最も興味深くかつ恐ろしいことは、こういう現状にも関わらず売上前年比が101.6パーセントということ。ちなみに地区前年比は99.8
パーセント。外的要因は調査してみないとわかりませんが、客数は増えているのです。売上アップ、廃棄ダウン。他の条件に大きな変化がなければ目に見えて利益が上昇しているはずです。つまり、経営が順調だと錯覚してしまうのです。暗影の足音に気付かないのか気付かないフリをしているのか。短期の成果だけを注視しているフリをして長期の、予測可能な悪しき未来に目を瞑る。その目を覚ますこともSVの仕事。腕の見せ所です。
そうそう。どうして廃棄金額が担当SVのノートパソコンでも見ることができないのか。不良品はお店の責任というのが本部の基本的なスタンスです。今はちょっとルールが変わって(契約書の改変も行われたのでそれなりに大事だったのですが)、一部は本部負担となりましたが、廃棄処分の費用は原則店舗側の経費です。あくまでこれは私個人の想像ですが、お店にとってのマイナス情報は簡単には見られないようになっていますね。不良品金額然り、品減り金額然り、人件費然り。これらは決してマイナス情報ではないと思うし、経営指標として絶対に必要なのですが、SVには何が何でも必須というわけではないでしょ、ということなのでしょうか。見たければお店で直接確認なさい、ということなのでしょう。尤も、地区事務ではデスクトップPCを使って見ることができるので、もしかしたら容量とかシステムの問題だけなのかもしれませんが・・・
嘘のような本当の話。自分の店の日販じゃ何となくしか覚えていないけれど、排気金額は1円単位まで把握している、というオーナーさんは少なくないですよ。
おもむろに資料を取り出しました。打合せ資料と一緒に渡しても良かったのですが、吉森店だけの資料ですよ、という点を強調したかったので。内容は様子見程度のものですが、ジャブに対してどんな反応を見せるのか。そこに私が次の攻撃を合わせるのです。
「私が店長の時に使っていた資料を置いておきますので、一度目を通して下さい。」
嘘です。吉森店用に作成しました。主要分類の発注数や販売金額はノートパソコンで調べられますからね。
「弁当、おにぎり、ペストリーの3カテゴリーありますが、まずはお弁当だけでもやってみませんか。」
これも嘘です。全分類でやるんだよ、という話です。出来る限り早急に手をつけたいのですが。
「あとから見ておくけれど、とりあえずはこのままいくよ。」
こちらは半分ホント、半分嘘っぱちですね。発注は変わらずこのままでしょうね。
現状維持を目指すのに現状を死守しようとすれば、待つのは後退です。上を目指して苦心して、労苦に耐えてようやく現状維持の芽が生まれます。吉森店の向かっている先は拡大ではなく縮小。いずれ停滞から下降へと歩みだすかもしれません。今のままではそうなった際に打つ手が無くなってしまうのです。危機に陥ってから始めようにも、何から手をつけたらよいか分からないでしょう。それを何とかして感じ取って頂かなくてはなりませんね。
新米SVということで担当店は5店舗。水曜日の訪店は希乃、吉森の2店舗で終了となります。
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