1-A 人間だもの

死神の経営コンサルタント

     ~ 死神の俺様がコンビニでバイトしているが、何か 2 ~




【プロローグ】


 小さな店舗に定価販売、品揃えは決して合格点に達しない。店員はみんなアルバイト、深夜勤務なんかレジで漫画を読んでいる。店員は素人、小売業としても素人だったコンビニエンスストアが今や日本の小売業のトップに躍り出ようとしている。通学中、通勤中、日常生活でコンビニを目にしない日はないし、毎日利用しているという人も多いだろう。そりゃ、死神に目をつけられても致し方あるまいて・・・


 送別会は葵店長と竹田さんが開いてくれました。24時間営業だと皆で集まることができません。どうしても犠牲者(笑)が出てしまいます。誰々を誘った。誰々がシフトに入っている時に会を開いた等と言われても嫌なので、3人で居酒屋へ行きました。実は私、初めての居酒屋さんです。メニューが豊富で思わず目移りしてしまいました。お肉ばかりかと思いきや、ここの居酒屋さんはお刺身が看板メニューだそうで、盛り合わせはとても美味しかったです。お酒も頂きました。葵店長のお勧めで、なんていう名前だったかな。トントコトン?『しそ焼酎』にはまってしまって、そればかり飲んでいました。


 唐突ですが私、谷口と申しますが、死神です。一身上の都合により人間界にて、人間として生活しております。天界で罪を犯したものは下界に堕とされ、そこでの暮らしを強制されます。人間族の特筆すべき特徴として挙げられるのが経済活動であり、それに従事させられます。もう3年になりますか。早いものです。何故、天界に戻らないのか、戻れないのか。もしも機会があればお話しましょう。さっ、もう少しだけ居酒屋でのお話をさせて下さい。とても楽しい、思い出に残る送別会だったので。尤も、送別会といってもすぐに会うことになるのですが。葵店長はお酒が入ってもいつも通り、脳天気な感じでした。普段から口数が多い彼が酔っ払ったらどうなるか興味があったのですが、強いみたいですね。私の焼酎に気を配りながらどんどんビールをおかわりしていました。一方の竹田さんはやや緊張気味。正確には警戒気味。それはそうですよね、ひょんなことから私の正体を知ってしまったのですから。何かと不都合というか、やりづらいでしょうからばらすつもりはなかったのですが、竹田さんの思わぬ行動に思わず彼の死神の名前を呼んでしまいました。そうです、竹田さんも死神。最近、人間界に堕ちてきたいわば新人さん。突然、誰も知る由のない名を呼ばれてさぞかし驚いたことと思います。まさか自分以外に死神が、しかもあろうことか同じ職場に。これは偶然なのか。図られているのか。元々が寡黙な人ですが、加えて警戒の色を解かなかったので、もう笑いを殺すのに一苦労でした。

 何もしませんよ、今の所はね。


 私の店長としての在任期間はおよそ1年と3ヶ月。直営店の店長、つまりは会社の正社員です。竹田さんはアルバイトで、私が面接を行い採用しました。人間族としてはうちの店舗の従業員であり、死神としては後輩に当たります。葵店長は私の社員としての後輩で、後任の店長です。竹田さんとは真逆の性格で、ベラベラ、ベラベラ本当によく喋ります。パートのおばさんや深夜勤務の従業員ともあっという間に打ち解けるだけではなく、お客様とも会話をしている所をしばしば目にします。2人の共通点は大変に優秀であることで、葵店長は社員として。会社の評価はかなり高いと思います。ただしそれだけではありません。異常なくらいに頭が良いというか・・・(もちろん人間のレベルでということですが)以前にもお話しましたが、満点を取れないように設定された入社試験の筆記テストで見事、満点を奪取した人物です。本人は隠しているみたいです。一方の竹田さんは死神としても優秀だったはずです

が。2人でどんな店を作っていくのか楽しみです。いえ、3人ですかね。私の担当店のひとつでもありますから。



【1ーA 人間だもの】


 いいお天気です。気温は高いが湿度は低い。カラッとした暑さという言葉がいまいち理解できませんでしたが、こちらに堕ちてきてから3年以上が経過し、日本の重苦しい夏の気候を体が記憶しました。嫌忌

けんき

の念と共に。数週間後には梅雨を迎え、その後は人間族の命すら奪う夏の到来。体温を自在に操れない種族にとっては寒さも暑さも致命の源となってしまうのでしょうが、気温の変化によって命を落とす。太古の時代から進歩しませんね。

 この位の時間になると渋滞もありませんでした。駐車場の一番奥に車を止め、エンジンを切ります。ミラーで前髪を整えて外に出ます。左手には黒のビジネスバッグ。手提げも肩掛けにもなるお洒落な奴です。中身はノートパソコンと資料が少々。さして重たくはありませんが、仕事が立て込んでくるとみるみる膨れ上がるようです。織田SVがそうでした。人間族のスーツを着こなす女性姿、できるだけスタイリッシュにいきたいですよね。細い腕にパンパンの鞄はちょっと良くないです。

 先週に挨拶などは済ませています。名刺を渡して打ち合わせの日時の調整。毎週月曜日はDOミーティングで、隔週火曜日は東京の本社にてSV会議。よって基本は水曜日から金曜日。打ち合わせ時間は各店舗2時間。これがSVに与えられた時間です。


 水曜A.M.9時30分。打合せは10時から。希乃

きの

三丁目店。私のお店回りは毎週この店舗から始まります。この時間帯、朝ピークも終わり、今は落ち着いて発注をしているでしょうか。それともSV対応とばかりにフェイスアップをしているでしょうか。昼ピークまでに品出しや発注を終えて、嫌だろうと何だろうと打合せも済ませなくてはなりません。お店としては忙しいですよね。息つく暇もありませんね。目が回ってしまいます。それでもやるしかないのです。24時間365日商売をするということは文字通り、肉体的にはともかく精神的には休みなしです。

 車を降りて入口に向かって歩き出します。途中、駐車場に落ちていた紙クズをゴミ箱へ。のぼりOK,サンプルディスプレイに欠けはなし、店頭マットも深夜か早朝に掃除をした形跡があります。SVを迎える準備はして頂けたようですね。それとも、日々これ位のレベルは維持しているのでしょうか。後者だと素晴らしいのですが―入店前に最低限この程度の確認を、しているSVはもう絶滅危惧種だそうです。研修の際にトレーナーさんがおっしゃっていました。理由はSVの業務過剰。増えることはあっても減ることがほとんどない。すると入店前の店舗確認がどんどん後回しにされる。重要度が底辺となる。分かっていても見ないふり。いずれそのうち見向きもしない。言い訳にしてはならないが現実だそうです。3分で片付けられる作業すら放り投げてしまう程、SVに余裕が残っていないのでしょうね。

 「おはようございます。」

入店です。


 希乃三丁目店。地区内では割と名の知れた店舗です。優良店矢として。毎週次々と提示され、入れ替わる様々な取り組み商品。基本的には弁当や惣菜等のデイリー品。店としてチェーンとして、本部として売り込み、売上を作っていこうという商材。希乃三丁目店はその販売上位店にいつも名前の上がる店舗です。優良店、それはSVが仕事をし易いお店という理解が、解釈のひとつとして正解でしょう。例えば電話一本で発注が入るとかね。

 「おはようございます。谷口と申します。宜しくお願いします。」

レジに立つ従業員さん2名に挨拶です。

「は~い、おはようございます。オーナー、中にいますよ~。」

「はい。ありがとうございます。」

私が何者で何しに来たかはご承知のようですね。そして女性SVということで2人の視線の鋭いこと、鋭いこと。笑顔で挨拶を交わしながら一瞬で情報を獲得していきます。これは男性にはなかなか理解できないでしょうか。化粧っ気に髪型、髪質、身長に線の細さ、足の太さに色気。女って怖いんですよ。死神も人間族も。


 「まずはオーナーさんの一番困っていることを解決してあげること。いきなり教えてもらえるかは内容にもよるでしょうが、とても大切です。信頼されるし、仕事がやり易くなります。」

研修最後の講義の、最後の言葉。


 とはいえ。打ち合わせを勧めながら迷っていました。ド新人のSV、しかも年齢的には自分の娘であってもおかしくない。そんな私に果たして打ち明けるかどうか。一番困っていること、それは店の恥であり、オーナーの汚点と換言できてしまう。隠しておきたい、見過ごして欲しいという心理が働いても不思議ではありません。今私は打ち合わせをしながら、打ち合わせ以上の熱量を持ってオーナーさんがどんな人かを探っています。向こうだって同じです。オーナーさんはそんな仕種を見せませんが、売場の2人は先ほどの情報を元にお喋りをしているようですね。内容は、特に悪く言っているということはないようで。ええ、私の聴覚は人間族のそれとは造りが違います。聴こうと思えば盗聴染みたことも可能なのです。最初の方は色々とやりにくいですね。喋りながら耳を澄ます。死神にとっては特に難しいことではありません。そこに踏み込むということは悩みを共有するということ。苦しみを一緒に味わうとういこと。そして、従業員さんのヒソヒソ話を聞いて決めました。

「オーナーさん。今、一番困っていることはなんですか?」


 「まだまだ学生さんみたいね。」

「可愛らしい子じゃない。」

「オーナー、人の相談するかしら。夕方、足りないでしょう。」

「毎日10時まで残っているみたいね。早朝からはしんどい。」

「新人さんにお願い、相談するかしら。」

「少し様子を見るかな~。」


 初っ端のド頭から首を突っ込まなくても良いかしらと、揺らいでいました。まずは無難に終えることが礼儀なのではないか、と。いきなり突っ込んだ質問は失礼に当たらないか。

 「弁当の販売数が伸びないんだよね。」

「販売チャンスが多いのは昼と夕方のピークですよね。ちょっと発注画面を見てみましょうか。」

隠してきましたね。いえ、もしかしたらオーナーさんの中では発注の問題の方が頭の痛い課題なのかもしれません。けれども従業員の目にはシフトの穴が大きく映っているようですね。

「夕方、客数の割に弁当が伸びていませんね。3便の発注を見ると在庫はあるようですね。学生さんが多いですか?」

「いや、仕事帰りのサラリーマンが多いかな・・・」

「なら、チャンスはありますね・・・ん~・・・1ヶ月前、2ヶ月前の方が弁当のベースが高いみたい。」

きっと素直で、従業員さんに対して優しいオーナーさんなのでしょう。だから私の疑問と少しの嫌味に観念してくれました。

「夕勤の子がひとり辞めてしまってですね。」

トーンの下がったオーナーさんは注意されて悄気

しょげ

る子供みたい。ひとりシフトが欠けると弁当の販売が落ちるのか。落ちるんです。スーパーマーケットではないですからね。レジで30秒待たされただけで不満が溜まります。もう片方のレジが空いているじゃないか。この感情が生まれれば店を変える選択肢も誕生するのです。

「シフト表を見せて頂けますか。」

さ、コンサルティングを始めましょうか。

 へぇ、ちゃんとパソコンで作っているんだ。てっきり定規とカラーペンのお手製シフト表だと思っていたのに。いいんですよ、手作りシフト表でも。ただ、シフト表を作るのに時間をかけるのはもったいないですよね。そのパソコンで作られたシフト表の夕方勤務、とある従業員さんお名前にボールペンの二重線が引かれていました。

 「求人誌で募集しようかと思っているんだけど。」

話の導き手がオーナーさんに交代です。

「欠けたのが月、水、金、日の夕方シフトで、ここは完全に俺がシフトフォローです。人件費を削ると思ってシフトに入ってしまえば良いのですが、早朝から出勤している日はしんどいですよね、やっぱり。」

私との距離が10センチ程縮まりました。オーナーさんが前のめりになったようです。

「募集人数はひとりふたりでいいですよね。そしたら店頭ポスターで対応しませんか。求人誌の100分の1の費用で済みますよ。募集POPも作っておきますので、こちらは明日中に持ってきます。」


 オーナーさんと話を進めながら店内の様子を観察していたのですが、やはりと言うべきか当然と言うべきか。確かに雑談もありますが(特に今日は私に関して)、どこのお店も午前中の主婦チームは強いのです。売場を全面的に任せられるのです。そうでなければオーナーさんが発注に集中できません。通学や出勤時間に当たる朝ピークが終わると数時間は客足が引きます。菓子や雑貨などの非デイリー商品の納品がなく、陳列は2便の弁当やサンドイッチのみ。あとは清掃が業務の中心になります。通常業務以外の追加作業がほとんど発生しないシフトということもありますが、何はともあれ、主婦チームの能力がその店舗の昼の顔を決めるのです。きれいなお店、明るいお店、入りやすいお店、親切なお店、丁寧なお店、元気なお店、お喋りできるお店、また来たくなるお店。


 人手不足は思考停止を招きます。人手不足による多忙は嬉しい悲鳴の真逆、何も生み出しません。強いて言うなれば、レジ打ちが少し速くなるかもしれませんが。次週新規商品の情報は頭から抜け落ち、発注は数合わせのいい加減なものとなり、フェイスアップすらままならない。頭は従業員募集のことだけ。けれどもそれは決してポジティブなものではありません。いいバイトが来るだろうか、学生はすぐ休むからな、そもそも募集に引っかかるか、従業員トレーニング面倒だな。そんな脳内環境で真っ当な経営などできるわけがありません。そして仕事が溜まっていき、業務が後回し、疲労が蓄積し、レジ打ちに追われる毎日。いずれ思考は最低な結末を導きます。ずっと立ち読みしててくれ、商品を沢山持ってくるんじゃない、レンジで温める時間がもったいない、カウンター商品頼むなよ。客が来なければ仕事ができるのに・・・


 「それでは募集時間が17:00~22:00、時給は900円でPOPを作りますね。」

「はい、お願いします。」

いつの間にか、オーナーさんの視線が防犯カメラの時計を追わなくなりました。そんなに話がつまらなかったかしら。ちょっとショックです。もちろん明白

あからさま

というわけではなく盗み見でしたが。

「募集時間を絞ると面接希望者が減っちゃうんじゃ―」

聞き手一筋のオーナーさんが問いかけます。

「全く集まらなければ求人誌も含めて改めて手を打ちます。シフトフォローも大変だと思いますので1週間。1週間で目星がつかなければアシスタントの要請も考えましょう。いらない面接に時間を割くのは手間ですよ。まぁ、進展オープンの時とかは別ですけれどね。」

オーナーさんが2、3度、軽く、安堵で頷きました。私の説明に納得したのではなく『1週間』と『アシスタント』という単語にほっとしたのでしょう。そう、それ程人手不足というのは精神的に堪えるのです。だから何も決まっていないにもかかわらず心に希望が生まれたのです。

「従業員トレーニングはどうしていますか?」

「私がやっています。」

「トレーニング後1週間位は3人シフトでもいいですね。」

「教えながらだと接客が疎かになってしまう?」

「それもありますが、既存の従業員さんの負担を増やさない為です。負担と不満を。」

もうひと押し。変わらぬ目的を見失ってはいけません。

「あるハンバーガーショップが、カウンターからメニュー表をなくしたのはご存知ですか。結局は失敗に終わって元に戻しましたけれど。」

「ああ、ニュースで見た記憶がありますね。客にメニューを選ばせないっていうのは、ねぇ。」

「そうですね。おそらくは苦情が殺到してやめたとは思うのですが、会社側の心理は分かります。」

「レジ時間の短縮。」

「正解です。」

 初日の1店目ということで少々緊張していたのかもしれません。店内が賑やかになってきました。時計を見れば12時を回っています。オーナーさんもレジフォローに入らなくてはなりません。弁当を温めるには電子レンジが必要で、ピーク時にはレジもレンジもフル活動。打ち合わせはここで終了です。

 夕方も同じなのです。お客様を待たせてはいけません。出来るだけ素早く捌いていく。それがサービスの一環であり、客数を減らさない為の生命線なのです。

「このお店はいつも賑わっている」であれば好印象に違いないのですが、

「いつも待たされる」

「ずっと並ばないといけない」

「店員がチンタラしている」

「あっちのお店に行こうかな」。

ダメージはジリジリと、音も立てず、けれども着実にお店を侵食していきます。いかなるお店の事情があろうともそのことは忘れずに。


                       【1-A 人間だもの 終】

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