1-LAST flame of death
おでんは熱すぎる。出汁は熱い、具も熱い、湯気も熱い。どんなにうまく食べても食べ慣れても、口の中のどこかを必ず火傷する。たかだか気温が1ケタに落ち込んだ程度で夏場とは食が180度反転する。やはり軟弱、もしくは食に対して器用だと言えるのかは知らないが、おでんは冬場のカウンター商品の主役であるようだ。単価が安い商品にも関わらず仕込みから出汁の継足し、具材の劣化の確認など手間がかかる。
効率をとことん追求しているように思えるコンビニ業務に逆行しているようにも感じるのは俺様だけなのだろうか。ただ・・・大根・・・うまいな。あんな何の味もない、ただ辛いだけの植物が、あんなタダ同然の白い個体が変わるものだな。あとは匂いか。多くの商品は密閉されて外に匂いが漏れないようにされているが、コーヒーとおでんは別だ。香気が客を誘う最大の宣伝になるのだ。冷えた体をさすりながら入店したところで鍋の香りが漂ってきたらおでんが夕飯の候補に入ってきてもおかしくはないだろう。
「ほぉ~・・・おでんの季節だの~。」と心にもないことを口走るのは米山爺である。買うのは当然カップ酒だけだ。まぁ、仕事ではあるから
「宜しければおつまみにいかがですか?お取りしますよ。」
「うーん、また今度もらおうかね~。」一応お勧めはしてみたが、やはり断られてしまっ・・・ん?
時が止まった。無論、会計業務は滞りなく済ませ、米山爺は店を出ていった。店内のBGMが耳を通らなくなった。背中を冷たい汗が滴り、米山爺の背中を視界に入れながら2度3度瞬きを繰り返す。見間違いではない。FODだった。
flame of death。死神の目に映る死の炎。死期の迫った人間族の首から上を炎が覆うのだ。初めは白、次に青、死期が近付くにつれ緑、そして赤。別にパチンコではないのでレインボーはないのだが、頭部が赤色の炎に包まれれば死期は間近といえる。俺様の知ったことではないが、米山爺にFODが現れた。毎日酒を飲んで、まともな食事も摂らず、年も年だし。もう直迎えが来るようだ。
死因や詳細な日時が見えるわけではない。FODが示すのは、その人間が近々死を迎えるということ。そしてその宿命から逃れる術を人間族はもっていない。運命に抗うことはできないのだ。尤も人間族には炎が見えないのだから、体の不調でもない限りは忍び寄る死に対して恐怖を抱くこともないだろうが。
数日後、米山爺のFODは青から緑色へと変色していた。死期がまた一歩近付いたということなのだが、当の本人はといえばいつもと何も変わらず、いつもと同じ酒を買うだけ。その様子からはどこか身体に不調があるようには見えなかった。病死よりも事故死の方が可能性は高いか。風呂場で突然の心臓発作ということも考えられる。それとも滑って転んで頭を打つか。
「さ、寒くなってきましたが、お体の調子はいかがですか。」何を聞いているのだ、俺は。
「お陰様で元気、元気。コイツがあれば大丈夫ですよ~。」にこやかにカップ酒を見せびらかして帰っていった。
大丈夫・・・ではないのだよ。
さらに十数日が経過した。
「すまんけども、蓋を開けて10秒チンしてもらえるかの~。」カップ酒を温めてくれとの依頼だ。
自動扉が開いた時に気がついていた。
「はい。少々お待ち下さい。」
今、間近で確認する。
「少しぬるいでしょうか?」
見間違いではない。赤だ。もう、先は短い。
「うんにゃあ、丁度ええよ。ありがとう。」俺様がチンしたカップ酒を渡すと、それを両手で大事そうに受け取り背を向ける米山爺。俺様はその首筋に手をかざした。FODを、赤い炎を消す為に。それが死神にはできるのだ。死を司る神族だから別に不思議なことではあるまいて。ただし、いずれFODは再び光を取り戻すので、言ってみれば応急処置。なのだが、これでもうしばらくは酒を楽しむことができよう。己の所為に戸惑い、息を吐く。店内に客がいなくて良かった。客の前でため息等ついたら谷口店長にどやされてしまう。さて、フェイスアップでもしようか、俺様はレジを離れた。
気配を殺し、一連の様子を一瞥(いちべつ)するものが独り。
その夜、自宅の扉をノックする音を無視していた俺様の目の前に死神が現れた。同族で、現在は俺の監視役とでも言ったらいいか。名をネメシスという。っ言(つ)うか、ノックする必要があったのか、どうせ勝手に入ってくるのならば黙ってくれば良かろうて、そんなことを考えながらネメシスとは視線も合わせず黙っていると、吐き出すようにネメシスが口を開いた。
「何故だ、ローグ。」
「俺は今、竹田という名前なのだが―」
「ふざけるな・・・」静かな口調を装って話が進んでいく。
「人間族を生かすも殺すも死神の自由、いちいちお前に断る必要はないだろう。」
「もう一度言うぞ、ローグ。ふざけるな。」ネメシスの声が少し大きくなった。
「何故、FODを消した?人間族を生かした?」
「さぁ・・・な・・・」明後日の方向を向いて喋る俺様の胸ぐらをネメシスが掴んだ。
「離せ、ネメシス。燃やすぞ。」
「立場をわきまえろ、ローグ。お前は罪人であり、加えて、罪を重ねた死神だ。」ネメシスは掴んだ手を離さないまま、耳元で囁くように語りかけてきた。
「だからどうした。用がないのなら消えろ!」結局声を荒げたのは俺様の方だった。
「刑期を1年延長する、それだけだ。」そう言うとネメシスはすっと姿を消した。ネメシスの質問は死神であれば誰しも抱く疑問である。俺とて同様。そして俺は、その問いに答えることができなかった。
「やれやれ、日に2人も刑期の延長を言い渡さねばならんとは・・・それ程までに人間族は興味深い対象なのだろうか。」
【1-LAST flame of death 終】
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