1-E 安きに流れるは世の常か

 「・・・こんな感じですかね。GOTの使い方は以上です。データの見方は段々と慣れていって下さい。何か質問はありますか。」

 という訳で、早くも発注を任されるようになった俺様。今は8月、コンビニで働き始めておよそ4ヶ月。これが早いか遅いかは分からない。週5日、8時間勤務というのは一般的なバイトやパートよりも店に携わる時間が長いということを考えると、ほぼほぼ適切な時期なのかもしれない。やれと言われれば断る理由はない。そういうわけで俺様は『ソフトドリンク』の発注担当者となった。缶ジュースが絶滅危惧種となって久しいが、ソフトドリンクとはつまりペットボトル入りの飲み物と考えてよい。よく見てみると缶入りの飲み物はコーヒーくらいのものなのだ。本当にペットボトル全盛の時代なのだな。夏真っ盛りのこの時期、店の稼ぎ頭、売上の主役だと谷口店長は言っていたが、別に俺様には関係ない。廃棄がほとんど出ない、粗利50パーセントを考えると弁当よりも利益の貢献度は大きいかもしれない、などと言われても、はい、そうですか、という感想しかでてこない。単に仕事が増えただけだ。やれやれ。詳しく分析したわけではないが、このごろはお茶、炭酸飲料、水の類が良く売れているようだ。


 発注は主にGOTを使って行う。見た目は少し大きめのタブレットといった所か。コンビニで店員が操作しているのを見たことはないだろうか。これで商品名や価格、販売数から分類内の販売ランキング(数量、金額など)を確認することができる。もちろん在庫数も表示されるのだが、これは売場も見ながら極力目視確認することが望ましいそうだ。ソフトドリンクのようなある程度単純(詳しくは後述してやる)な分類はこれだけ情報があれば発注には十分すぎるくらいである。ちなみにソフトドリンクは、毎日深夜帯に納品されてくる。

 さて、発注の仕方であるが、発注画面でポチッと1を押せば1ロット、多くの場合は1ロット=24本の発注ができるという具合だ。冬場や売行きの鈍いアイテムであれば1ロットで十分な発注数なのだろうか、今は夏真っ盛り。定番商品と言われるお茶や炭酸飲料は1日で100本売れるものもある。万が一発注を忘れたり、発注数が少なければあっという間に売場がスカスカな状態になってしまう。谷口店長曰く、

「夏の主役の一つですからね◯」と、ウィンク添えて念を押された。暗に、発注を飛ばしたらぶっ飛ばすということなのだろう。

 ソフトドリンクという分類、発注自体はさほど難しいものではない。弁当や惣菜のように日々の廃棄を気にする必要はないし、人気アイテムであれば多少の在庫を持った発注ができる。むしろ在庫をもたなくてはならない。愚かにも、おっかなビックリ全てのアイテムの在庫を持ちすれば倉庫に入りきらず面倒なことになってしまうが、GOTのデータだけではなく売場と倉庫の状態を目で見て確認しながら発注を行えば、大方の人間はすぐに慣れることができるだろう。では、何がソフトドリンクの売上を左右するのか。自店と他店とで品揃えが全く異なるということは考え肉にくい。自店だけに爆発的な売上を作ってくれるドリンクが存在するということは考えにくい。ソフトドリンクの売上の8割方は、その売場作りにかかっているのだ。

 お茶はお茶、炭酸は炭酸、コーヒーはコーヒーという風に、同じ分類でまとめた売り場を作るというのが基本。客の選び易い、もっと言えば探している商品を見つけ易い売場を作り上げなくてはならない。他業種と比較すればどうしても狭っ苦しい売場に並べられるようアイテムを絞込み、見易いドリンク売場を提案することが大切なのだが、今年に関しては事情が異なった。俺様達でなければ、こうは上手くいかなかっただろう。


 消費税なるものが数パーセント上がったそうだ、ついこの間。ほんとにごく数パーセント。結果大騒ぎ、全く平和な国だ思う。そこまで深刻な問題なのかと理解しがたい部分もあったが、俺様の堕落先が日本国に決まってしまったのだから仕方あるまい。詳しくは知ったことではないが、とりあえず物価上昇導かれるとのこと。結果、自動販売機のドリンク価格が上がった。まぁ、せいぜい10円とか20円だが、これが大きな分岐点となるのだった。

 例えばマクドナルドの100円コーヒーが150円になれば消費者は高いと感じ、スターバックスの300円のコーヒーが250円になると安いと感じる。品質の問題ではなく、一旦その価格が自分の中で定まると、ある商品にいくら出すか、関連ある品物にどれだけ支払うかが方向付けられる。これを「恣意の一貫性」と呼ぶ。言っている意味が通じるだろうか。詰まる所、自分の中のルールを変更するには大なり小なり時間がかかるということだ。



 「うーん、やっぱり増税の影響はゼロとはいかないわね。」谷口店長の表情は外の夏空とは反対に曇天模様だ。別に励まそうと思ったわけではないのだが、

「日本中で税金が上がったわけですよね。それならばそんなに心配しなくてもいいんじゃないですか。ってか、考えた所でどうしようもありませんよね。」

 ま~た俺は人事のようなことを言っているということを当時はまるで気が付いていないわけだが、続いて発した俺の質問が店舗の勝利に繋がるとは思わなかった。

「自販機の値段も上がりますかね?」

「20円くらい上がるみたいですね。ニュースでやっていたわ、確か。」

「それなら、店の安いドリンクが売れるかもしれませんね。」

「・・・・・・あ・・・それ、おもしろいかも・・・・・・・・ですちょっと待ってて下さい、調べたいことがありますので―」 谷口店長の表情に光が差す・・・わけはないがな。蛍光灯の明かりがそんなに都合よく機能するわけがなかろうて。



 数日後。

 自販機の売上が芳しくないそうだ。値段が上がり割高感が強調された結果、自販機での購入を控える消費者が増えているとのこと。だからどうした、自販機での販売本数などたかが知れているだろうと思っていた俺様に、谷口店長がアドバイスを寄越した。

「竹田さん、知ってました?ドリンク全体の販売数の内、自動販売機のそれが30パーセントも占めるそうです。意外と割合が高いと思いませんか。別に安いわけじゃないのに。」

 この助言が俺様を動かす為だったのか何の意図もなかったのかは知らないが、自店の売上に貢献することとなった。うちのソフドリがよく売れたのだ。

 やれやれ・・・店の評価、店長の評価が上がるのは勝手だが、俺様の仕事を増やすことはやめてほしいものだ。発注担当の分類が増えると面倒、というよりも俺様の刑期は1年間。来年の3月には人間界ともおさらばなのだから。


 「分かりました。その方向で売場作りを進めます。」

「宜しくお願いします。何かあれば声をかけて下さいね。」ということで谷口店長よりGOサインが示された。俺様プロデュースの増税対応ソフトドリンク売場はこうだ。残念ながら何ら目新しいものはない。大したPOPもつけていない。超が付く程の大型新規商品もない。新たな武器はなく、今あるモノで戦いを挑んだ。

 多分、俺様の勤めるチェーン店に限らずプライベートブランドの安いお茶系飲料等は置いてあると思う。あるいはメーカーと本社の契約によって希望小売価格よりも安価に提供できるアイテム。これを自店のお勧め商品として今こそ活用しない手はない。幸い自チェーンでは低価格帯、もしくは割安感を訴求できる商品群が揃っている為にこのコンセプトでリーチイン1本展開することができた。緑茶、麦茶、烏龍茶、水にスポーツドリンク、炭酸飲料(以上、500mlペットボトル)、さらに緑茶、烏龍茶、緑茶に水(こちらは1L以上の大容量ペットボトル)によってお得感をアピールした。無論ソフトドリンクの客単価は落ちるが、数で十分に取り戻す格好になった。

 うまくいったようで、8月のソフトドリンクの前年比は118パーセント。増税直後としては悪くない数字だそうだ。ちなみに地区平均は96.7パーセントなので、明らかな成果と言えるだろう。人間族の心理を少し深堀すればこの位の数値改善はできてしまう。谷口店長は何やら売場写真を撮って報告書を作成している。織田SVに要請されたのだろうか、撮影したあとはPCで何やらチコチコ打っている。情報共有という奴だろうが、おそらくは手遅れとなることだろう。俺様の売場を誰が真似しようと構わないのだが、現状にメーカー側が黙っていることはないだろう。何かしらの手を打ってくるはずだ。もしかしたら自販機ドリンクの値段が見直されるかもしれない。というか、そもそも9月、10月、と月が進めば嫌が応にもソフトドリンクの販売は下降していく。これからの対応ではいか程も刈り取れないのではなかろうか。客単価だけが下がって最悪はマイナスの影響しか現れないのではないか。ついこの間から小売業に参加している俺様が言うのもなんだが、顧客への認知を高めるというのは一日二日で達成できるほど単純・簡単なものではないのだ。

 ただしひとつ断っておくぞ。どれだけ素晴らしい商品が出てこようと、魅力的な売場が作られようと、興味を持っていない奴には響かないということだ。見向きもされない。

「まった来ったよ~ん。」ご機嫌な米山爺の来店だ。どこかいつもよりもお元気そうで。俺様の手掛けたソフトドリンク売場には目もくれず、お気に入りの酒売場へと一直線だ。しっかし毎日毎日よく飽きねぇな、と思いながらも

「いらっしゃいませ。」仕方あるまいて、俺様もレジにて笑顔で応対するのだった。

 

 「あっ・・・」思わず漏れたのは、俺と米山爺の様子を見ていた谷口店長のもの。若干顔が青ざめている。何かを発見したようで、それは俺様が気付くよりも数十日早かった。


                                                      【1ーE 安きに流れるは世の常か 終】

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