1-C 敵か味方かスーパーバイザー➁

〈CASE ONE〉

 「フライヤーセールはお疲れ様でした。販売は上々。1日平均2万2千円。地区でも6位に入っていますね。」

「ありがとうございます。お客様の流れが良く、従業員も頑張ってくれてうまく販売に結びついたと思います。」この間のセールの検証だ。織田SV、谷口店長共に販売数、金額などは把握していて、うまくいった時ほど話はスムーズ、検証は短時間で済むものだ。別にうまくいっているのだ、細々と分析する必要もないのだが、今回のように都合の良い展開の場合には2人の意思が統一されている。目指すべき点が同じで、そこに向けて動き出すことができていて、されに百点満点はありえないとしてもそれなりに結果のついている時は全てが無難に済まされる。ペラペラ話してフンフン聞いて終いにできるのだ。強いて言えば今回の結果を次にどう繋げるか、ということを気が向いたら喋るかもしれない。手を取り合い、まさに同僚、社友であり、味方であることは疑いようもないのだ。

 

 それでも、SVはやはり本部の人間である。お店の為、店舗のことを考えてという類のことをいくら喋っても、聞く者にとってはどうしても素直になれない部分がある。どうせ会社の方を向いて仕事をしているのだろうと、ひねくれて聞き流してしまう。従業員はもちろんのこと、店長も店側の人間だからだ。そう、敵となるのは同僚であるはずの2人が本部側と店舗側に別れてしまう時。話が噛み合わなくなるのだ。店と本部の板挟みという部分では可哀想とも思う。あっちを立てればこっちが立たずという具合なのだろうか。余談になるが、ディストリクトマネージャー(DM、SVの上長だな)まで昇進すれば店と接触する機会は極端に減少するので、会社の方だけ向いていればいいのだ。会社の方針を店舗に落とし、どれだけ貫けるかが自分の成績に結びつくのだ。

 どんなに発注のうまい人間でも、思ったより販売が伸びなかった、という経験をもっている。幾度となく。さて、弁当や惣菜といったようなデイリー商品、つまり販売期限の短い単品が売れ残るとどうなるか。その末路は廃棄処分、捨てられてしまう。捨てる、何だそれだけかと思うかもしれないが、ことはそれほど単純ではない。発注して納品された商品は店舗が仕入れたモノであり、おカネを払って買っているわけだから廃棄処分するということはお店にとって痛手に違いない。原価・税抜き価格で購入した商品を捨てるのだから、その分だけ損をしてしまう。廃棄ゼロということはないが、廃棄金額が膨れあがればその日どころか月の利益がマイナスということも起こりうるシビアな問題である。廃棄が嵩んでいる月ほどその金額に鈍感ではいられない。一例として挙げるなれば、こういう時にSVと店長が敵同士となるのだ。

 本部側は目玉商品の販売数を是が非でも上げたい。会社としてか地区の為か、個人の思いかは知らないが、嫌な言い方をすれば沢山売れれさえすればいいのだ。フランチャイズ全体で『売上100万個』、『売上1億円』といった名目こそが重要なのだ。これだけで大きな宣伝効果が期待できることは確かで、さらなる販売とチェーンそのものの認知も高まるだろう。だから発注を増やすのは売上の為、そしてなによりお店のことを考えて、という言い分も理解できる。それでも、そこに廃棄という項目は排除される。廃棄はお店の責任で、懐を痛めるのはお店。本部の負担はなし、もしくは限りなく少ない。だから、とにかく数を売るべく増発を図るのだ。

 一方の店側。売上、利益の為、従業員一同日々の経営に努める。これは本部も店舗も同様であるが、店舗には廃棄リスクが場合によっては売上げ以上に重くのしかかる。その月の生活費が著しく減ってしまう、場合によってはゼロ、そしてマイナスへ。廃棄金額が過剰な月であれば発注数を抑えることで極力廃棄リスクを回避しようとするのは至極当然の成り行きだとは思うのだが、SVとしても簡単に「はい、そうですか」と引くわけにもいかないだろう。



〈CASE TWO〉

 「ですからこれ以上発注を増やすことはできません。ご存知だとは思いますが、今月は廃棄金額が多くなっていますので。」谷口店長が電話越しにやや声を荒げる。

「でもね、店長。これは会社としての取り組みです。会社として売っていこうという商品ですから。」そりゃ、織田SVも引けまい。

「最低限の発注は入れていますので、これ以上は無理ですよ。」

「売っていける商品じゃないですか。実際に売れていますし、売り切る努力をして下さい。そうすれば廃棄にはなりませんし、売上げも上がります。」

 8~12人ほどのSVを統括するDM(ディストリクト・マネージャー)。SVの上長に当たるのだが、DMのパソコンにはSV毎の発注数がアップされるので、発注の低いSVには電話、メールで追加発注の指示が飛ぶ。そんな時、やはりオーナー店で増発するよりも直営店の方がやりやすい。逆に言えば、直営店で発注を増やせないと数値改善が難しくなるので、谷口店長を説得しようと織田SVも必死だ。

「売切る努力はしています。だから発注分をしっかりと売り切るつもりです。」

「他のお店さんは発注を増やしてもっと売っていくと言っていますよ。」

「ウチはウチですし、前年比もクリアしています。」

「そうなんです、だからもっと増発する余裕が―」

「店内が混んできたので失礼します。電話、切らせて頂きます。」

 ひとまず会話はここで途切れた。まぁ、谷口店長が区切ったわけだが。


 追加発注の連絡をしているSVの頭の中。そこで売上げ、利益のことを親身になって考えられているものがどれだけいるのだろうか。考えた上で連絡をとっている者がどれだけいるのだろうか。利益を上げることが目的なのか、発注を増やすことで上司の追求から逃れたいのか。自分のサブで合計何個増発しなければならないのか、その為にこの店舗で何個追加するのか、そんなことばかりが廻っているように思えてしまう。


 その後も攻撃は止まらない。DMから直接電話が掛かってくるのだ。発注速報を確認して増発されていないことを知ったDMが織田SVに連絡。そうくれば織田SVは追加発注できなかった言い訳をするしかない。谷口店長がいない中なので幾らかは話を盛ることもできただろう。私は指導したが店長が聞かなかった、暗に自分の責任ではないことを明々白々に伝えたはずだ。

 「お疲れ様です。」

「お疲れ様。店長、昨日は何で発注を増やさなかったの?」挨拶もそこそこ、労いの言葉もなく単刀直入な質問。対する谷口店長もこれは予想の範疇、動揺した様子もなく質問に答えていく。心の準備はできていたようだ。

「はい。織田さんからお話がいっているかもしれませんが、廃棄予算が厳しい状況だったので発注を抑えました。」サラリと答えた。聞いているこっちが落ちつけない。

「店長、直営店の役割に『販売取組と検証』というのがあるのは知っているよね。」

「はい、知っています。」雲行きが怪しいか。

「今回の店長の選択は、直営店の役割を放棄したことにならないかな。」

「ならないと思います。」おいおい谷口さんよ~、大丈夫なのか。せめて即答なんぞせずに少し考えたふりでもしてからだな~。

「発注が少なかったのは初日の販売数を検証した結果ですし、発注を飛ばしたわけではありませんから。それに初日、2日目もそれなりの販売がたっているはずです。」


 しっかし谷口。気が強いも度が過ぎると可愛らしい童顔が台無しだぞ。頭から角が生えてくる幻覚まで見えてきそうだ。今の俺には詳細など分かりはしない。直営店の役割などどうでもいいことだ。各人、其々の言い訳があるのだろう。良かれと思って(あくまで自分にとって良かれと思って)仕事を進める上で衝突が起こるのは仕様がない。仕様がないとはいえ、地位、立場というものが人間族にはあると聞いているぞ。他の種族よりも色濃く存在すると。今回の件について谷口店長は、SVの織田はおろか、上長であるDMに対してさえ一言も謝罪の言葉を発しなかった。悪いとは思わないから謝らないという理屈は分かるが、実践するとなるとよほどの精神力が要求されるだろう。ということは、谷口店長は圧力に屈しないだけの心の強さを持ち合わせているということだ。受話器を握ったまま頭を下げるという愚行も当然見られない。人間族に時々見られるあのペコペコお辞儀は一体誰に向けて頭を下げているのだ。電話越しにでも頭を下げると気持ちが伝わるのだろうか。もしくは本人の気持ちの現れか。理解に苦しむ。

 では、谷口店長の社員としての評価はいかがなものか。言うとおりに動かない、言われたことをこなさないことが少なくない、というのが彼女に対する上司の評価であろう。扱いづらい部分が多分にあるはずだ。ではなぜ、その谷口を店長として起用するのか。店長職をこなせるだけの能力認められてということもあるが、もっと大きな理由はその強腰の性格。指示に対して素直にYESと言わないこともあるが、反面その性格ゆえ責任感を強固に保たざるを得ない。引くに引けない状況を自ら招いているのだ。今日日の若い衆には珍しくへこたれない。弱音を吐かない。他人に面倒と迷惑をかけられない環境に身を置いている谷口。頭にくることもあるが、そこに目を瞑ればやるべきことをやる、実は計算し易い人物なのだ。店の中で起こった問題を自らの責任で解決できる能力。極力、上司の手を煩わせることはない。報告は最低限の必要な内容を不備なく寄越してくる。上司に出来る限り手間をかけさせず、店長自身で片を付けざるを得ない環境をその性格によって確固たるものにしてしまう谷口店長。いいように利用するDMとSV、それを把握した上で利用される店長。その探り合いは続く。

 


 あっ、そうそう。言い忘れていたが、人間族の聴覚と死神族のそれは全くの別物。耳をすませた時の能力値の上昇割合は比べ物にならない。盗み聞きも容易(たやす)い。情報収集にはえらく重宝するのだよ。


※断っておくが、ここまでSVに反抗できる直営店の店長はごくごく稀。実力が伴わなければ勤務先異動を命じられて終いのはずだ。

                                        

                                        【1-C 敵か味方かスーパーバイザー 終】

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